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宮本亜門演出の東京二期会「魔笛」 プロジェクションマッピングが誘う異界の冒険

2015/7/30

欧州で成功を収めた宮本亜門演出のモーツァルトのオペラ「魔笛」が日本に初上陸した。東京二期会とオーストリア・リンツ州立劇場との共同制作。凸凹した物体や建物にも正確な位置取りで映像を映し出すプロジェクションマッピング技術を採用し、広大で幻想的な風景、素早い場面転換が印象的な舞台だ。東京二期会による7月16日と同18~20日の東京公演はほぼ完売の盛況ぶり。同29日には鳥取県倉吉市でも上演。現代日本の家族を想定した日常生活から異界への冒険が、新たな「魔笛」の世界を切り開く。

現代日本のホームドラマからファンタジーが始まる宮本亜門演出のモーツァルトのオペラ「魔笛」(7月16、19日公演組、東京文化会館)=撮影 三枝 近志、提供 東京二期会

ごく平凡そうな現代日本のお茶の間。夫婦に子供3人。おじいさんもいる。テレビの大画面には何かのゲームの映像がみえる。その画面に飛び込むお父さん。会社をクビになり、ヤケ酒をして帰宅したという設定だ。画面が砕け散る。液晶というよりも窓ガラスのようなかけらの飛び散り方だ。こうしたホームドラマは、デニス・ラッセル・デイヴィス指揮の読売日本交響楽団が「魔笛」の軽快な「序曲」を演奏している間に繰り広げられる。家族の誰がどの役を演じるのかはすぐには分からない。ただプロジェクションマッピングによるガラスの破片のイメージが強く印象に残る。

東京二期会オペラ劇場「魔笛」の7月16、19日組の公演を東京文化会館(東京・台東)で見た。「日組」と書いたのは、実際に見たのが本番ではなく、7月14日のゲネプロだったからだ。ゲネプロ(ドイツ語でGeneralprobe)は「総合稽古」と直訳される本番直前のフル装備の舞台による通し稽古のこと。つまり本番と全く同じように上演して仕上がりを点検する。一般客はいない。客席にまばらに座っているのは東京二期会の関係者や音楽評論家、写真家、メディア関係者らだ。ガラすきの会場をいいことに、音響の善しあしは別にして、普段はめったに座れない前の方の客席に座り、舞台をまじまじと眺めた。

画面が砕け散った後、素早く場面が転換し、リストラされたお父さんが王子タミーノ(テノールの鈴木准)となって舞台中央で慌ておののいている。後方の壁いっぱいに巨大な蛇がアニメーション映像のように登場し、タミーノにかみつく勢いだ。プロジェクションマッピングは最近では2012年の東京駅の丸の内駅舎をスクリーンに見立てた映像ショーが記憶に新しい。単なる投写ではなく、物体や建物の形状も生かした映し出し方が特徴の一つであるため、現実の舞台装置から夢のような異界へと場面を飛躍展開させるのに適している技術だといえる。

ゲームの画面に飛び込んで「魔笛」の冒険が始まる。プロジェクションマッピング技術がガラスの飛び散るイメージを演出(7月16、19日公演組、東京文化会館)=撮影 三枝 近志、提供 東京二期会
プロジェクションマッピングで描かれる第1幕冒頭の蛇とタミーノ役の鈴木准(7月16、19日公演組、東京文化会館)=撮影 三枝 近志、提供 東京二期会

ようやく「魔笛」の本来の台本のストーリーが滑り出した感じだ。タミーノが気絶して倒れているところへ、蛇を退治した3人の侍女(日比野幸、磯地美樹、石井藍)が登場する。3人とも黒いタイトスーツに胸のはだけたように見える衣装。「魔笛」はファンタジーであり、蛇のぬいぐるみや熊のかぶりものを使った子供向けの演出もある。ドイツではフンパーディンクの「ヘンゼルとグレーテル」と並んで「魔笛」も子供向けオペラとして上演される。しかしいくら夜の女王の手下だからといはいえ、夜の歓楽街をイメージさせる侍女3人の衣装はとても子供向けとは言い難い。子供が見られないわけではないが、大人のファンタジーと考えよう。

鳥刺しのパパゲーノ(バリトンの黒田博)が登場し、蛇を退治したのは自分だとうそぶく。夜の女王(ソプラノの森谷真理)が現れる。まさに夜の歓楽街の映像がプロジェクションマッピングで映し出される。演歌や昭和の歌謡曲の方がこの歓楽街の雰囲気には合うのではないか。オーケストラピットに目を移すと、デニス・ラッセル・デイヴィスが読響を指揮し、均整がとれて典雅で端正なモーツァルトの音楽を淡々と奏で続けている。その違和感がものすごい。現代日本の飲み屋街と、モーツァルトが生きた18世紀のオーストリアとは日常世界と異界ほどの差がある。どちらが異界なのかは分からない。村上春樹の小説みたいだ。

ならず者のモノスタトス(テノールの高橋淳)に襲われそうになるパミーナ(ソプラノの幸田浩子)。リストラお父さんの妻は、夜の女王の娘パミーナだったのだ。高橋の暴行未遂の演技が一瞬リアルで、ファンタジーにしてはやや皮肉なヴェリズモ(現実主義)風だ。ちなみに高橋はオルフの「カルミナ・ブラーナ」を得意とし、黒焦げに焼かれた白鳥の歌ではデフォルメした演技を交えて迫真の歌を披露する人である。台本に「奴隷たち」とある人々は作業服のようなつなぎを着ている。モノスタトスのムチにおびえる一方で、パミーナと一緒に写真撮影をするなど、カフカ風の荒唐無稽ぶりが笑いを誘う。

パミーナ役の幸田浩子(前列右から2人目)とパパゲーノ役の黒田博(同3人目)、台本では「奴隷たち」となっている取り巻きの男たち(7月16、19日公演組、東京文化会館)=撮影 三枝 近志、提供 東京二期会
大祭司ザラストロ役の妻屋秀和(手前突端)と神官たち(7月16、19日公演組、東京文化会館)=撮影 三枝 近志、提供 東京二期会

大祭司ザラストロ(バスの妻屋秀和)が神官たちを引き連れて勢ぞろいする場面はワーグナーの「ニーベルングの指環」や「パルジファル」みたいだ。神話の世界をワーグナーの楽劇さながら思い切り大げさに描こうとしたのか。大掛かりな舞台装置は要らない。ここでもプロジェクションマッピングが大気圏外から地球を見渡すような壮大なSF的風景を描く。

夜の女王役の森谷真理(左上)とパミーナ役の幸田浩子(7月16、19日公演組、東京文化会館)=撮影 三枝 近志、提供 東京二期会

第2幕では夜の女王役の森谷が驚異的な高音域で装飾音を盛んに施した有名なアリア「地獄の復讐(ふくしゅう)にこの胸は燃え」を歌う。速いテンポで音の情報量が異常に多い技巧的かつ装飾的な「コロラトゥーラ」の最たるアリアだ。読響と歌唱との間にリズムにややズレが生じた気がした。まだゲネプロだ。本番では改善されたと聞く。

大祭司ザラストロが課した様々な試練を乗り越えて、タミーノとパミーナが晴れて結ばれる。パパゲーノの前には女房となるパパゲーナ(ソプラノの九嶋香奈枝)が現れ、こちらも結ばれて大団円となる。ストーリーは別に難しくない。ハッピーエンドだ。それなのに何度見ても「魔笛」の真意が分からない。

夜の女王とザラストロの戦いや、蛇、弁者(おじいさん役でもあるバリトンの加賀清孝)らは何を意味するのか。モーツァルトが入会した友愛結社「フリーメイソン」にも関係する深い意味や象徴が込められているのだろう。つかみどころがない。しかし、だからこそ様々な解釈も可能になる。

宮本亜門の演出はテーマを「家族愛」に定め、謎のオペラの一側面を一貫したイメージで切り取った。ワーグナーの楽劇もそうだが、どんなに斬新で現代的な演出を施しても、新たな生命力を宿す普遍性を持つオペラなのだ。子供向けのオペラではない。聴き手を未知の世界に向き合う子供に変えてしまうオペラなのだろう。「魔笛」を前にしては誰もがいつでもビギナーである。

東京二期会は、10月2~4日には東京文化会館でリヒャルト・シュトラウスのギリシャ神話を題材にした純愛劇のオペラ「ダナエの愛」を日本舞台初演する。映画監督で脚本家の深作健太が演出を手掛け、準・メルクル指揮の東京フィルハーモニー交響楽団が演奏する。日本のオペラがなかなか面白いことになっている。

(文化部 池上輝彦)

短剣を握るパミーナ役の幸田浩子(中央)と3人の童子、後方に弁者役の加賀清孝(7月16、19日公演組、東京文化会館)=撮影 三枝 近志、提供 東京二期会
魔法の笛を握るタミーノ役の鈴木准(左)とパミーナ役の幸田浩子(7月16、19日公演組、東京文化会館)=撮影 三枝 近志、提供 東京二期会
出現したパパゲーナ(九嶋香奈枝)を抱くパパゲーノ(黒田博)(7月16、19日公演組、東京文化会館)=撮影 三枝 近志、提供 東京二期会

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