婚約者が浮気 慰謝料額、夫婦の場合とどう違う?

裁判記録をとじた厚いファイルを開き、埋もれた事案に目を向けてみれば、当事者たちの人生や複雑な現代社会の断片が浮かび上がってくる。裁判担当記者の心のアンテナに触れた無名の物語を伝える。

婚約中の若い男女。幸せそうに見えてもマリッジブルーだったのだろうか。女性が職場の同僚と浮気し、それを知った男性は婚約を破棄して2人を訴えた。結婚した夫婦の場合、浮気や不倫は「不法行為」とされ、賠償責任が生じることがある。では、婚約の場合はどうだろうか。

「カラオケ行って帰宅AM6:00(笑)でもほんとうにすっごく楽しくて、イケメン2人に囲まれてハーレムだった。『本当に結婚すんの?』の質問にニヤニヤ(笑)まだ何もしてないしいいよね」

婚約者の女性の日記にその書き込みを見付けたとき、男性は盗み読みを激しく後悔したに違いない。ページの日付は2カ月近く前だ。つい先日、5月の連休に両家の顔合わせをすると決めたばかり。浮気をしているかまでは分からないが、女性が職場の同僚の男と親密な関係にあるのは確かだった。

気になり出すと疑念は膨らむばかり。両家顔合わせの前夜、男性は意を決して女性に直接尋ねた。はっきり否定してほしかったのだろう。しかし、女性は同僚と関係を持ったことをあっさり認めた。「それでも結婚を望んでいる」と言ったが、男性は目の前の女性との未来を信じることはできなかった。

両家の顔合わせ直前、女性が「関係」認める

翌日の両家顔合わせは中止。2人は改めて話し合い、結婚の取りやめを決めた。女性は結婚式場の解約にかかった約10万円と、指輪代などの約55万円を男性に支払った。「これからも友達でいよう」。男性は最後にそう言ったが、半年を置かずして女性と浮気相手に300万円の慰謝料などを請求する訴訟を起こした。

裁判で女性は「当時は正式な結納や両家の顔合わせを済ませておらず、婚約関係になかった。クリスマスイブに受け取った指輪も婚約指輪ではない」と反論した。

口約束でも結婚の意思を確認しあえば婚約は成立する。加えてこのケースでは▽式場を予約した▽それぞれの職場の上司に結婚予定を報告した――などの外形的事実があった。女性の主張は地裁で認められなかった。

浮気相手の男は「女性が婚約しているとは知らなかった」と反論した。婚約中という認識がなければ、浮気によって婚約破棄に至ると予想できたとは言えず、法律上の賠償責任は問われないことになる。

カギとなったのは、発端の日記の書き込みだった。「本当に結婚するの?」と女性に尋ねている以上、知らなかったでは通らない。関係を結んだ翌日のメールも証拠提出された。「ばれないようにね!押切もえで、押し切ってくだしゃい」「いろいろと内緒のとこが多いですけどよろしくです」――。地裁は「婚約中と認識していたと認められ、少なくとも不法行為の過失がある」とした。

一審は慰謝料100万円、男女双方が控訴したが…

地裁は女性と同僚に対して、100万円の慰謝料と弁護士費用10万円を連帯して支払うよう命じた。判決を不服として、2人は控訴。勝訴した男性も「慰謝料額が少なすぎる」として控訴した。

控訴審で高裁は改めて2人の主張を退け、「女性が婚約者に隠れて男と関係を持ったことは背信行為で、婚約解消の責任は明白」と指摘した。ところが、慰謝料額については「2人が関係を持ったと証拠から認められるのは1回のみで、男女としての交際は短い」として50万円に半減させた。

そのうえで「婚約関係にはあったが、まだ同居などの共同生活に至っていなかったし、もともと婚約とは現実の結婚に至るまで不安定な要素を含むものなので、結婚関係と同視すべきではない」と付け加えた。

双方から上告はなく、裁判は終結した。裁判の証拠によると、男性は提訴後に受診した精神科の医師から「不安障害」と診断されている。信頼を裏切られ、心に開いた穴は50万円の慰謝料では埋められなかっただろう。

(社会部 山田薫)