作曲家の新垣隆、相次ぎ新作発表川畠成道が弾く「無伴奏バイオリンソナタ」など

作曲家、新垣隆(44)が注目を集めている。聴覚障害の作曲家といわれた佐村河内守氏のゴーストライターだったことを表明して1年半。実名での作曲活動が本格化し、自作品を中心とした演奏会も相次ぐ。8月には新垣の新作「無伴奏バイオリンソナタ」を収めたバイオリニストの川畠成道(43)のCDが出る。桐朋学園大学の先輩後輩の間柄でもある2人に現代音楽の方向性や新垣ワールドの魅力を聞いた。

インタビューに応える作曲家の新垣隆(7月8日、都内)

新垣は2014年2月、記者会見を開き「交響曲第1番《HIROSHIMA》」などのヒットで有名になった佐村河内氏のゴーストライターを務めていたと明らかにした。会見の模様はテレビ中継もされ、渦中の人物として新垣の名前とキャラクターは一気に知られた。ゴーストライター騒動がさめやらぬ昨年9月13日、川畠の依頼を受けて作曲した「無伴奏バイオリンソナタ」が紀尾井ホール(東京・千代田)で川畠自身の独奏によって全曲初演された。さらに今年8月19日には同ソナタを収めた川畠の「超絶技巧無伴奏作品アルバム」と称するCD「無伴奏の世界/川畠成道」がリリースされる。

新垣 「一連の騒動の中で、音楽の仲間が助けてくれた。川畠さんもその大事な仲間の一人。彼らに支えられて、昨年6月7日にまず白寿ホール(東京・渋谷)で『新垣隆コレクション・ウィズ・フレンズ』というコンサートを開くことができた。その際に川畠さんから大きな無伴奏の作品を書いてくれませんかというお話をいただいた。ピアノ伴奏ではなく無伴奏のソナタが川畠さんの強い要望だった。しかし昨年6月の公演には全曲を仕上げるのに時間が足りず、ひとまず第1楽章だけを完成させて、それを川畠さんに弾いてもらった。その後、さらに書き直したので、昨年6月に白寿ホールで川畠さんが弾いた第1楽章は現在の曲とは異なっている。最終的には全5楽章、演奏時間は30分に及ぶ大きな作品になった」

新垣隆(右)と彼の自作「無伴奏バイオリンソナタ」を弾くバイオリニストの川畠成道(7月8日、都内)

川畠 「私は昨年2月の新垣さんの記者会見をテレビで見ていた。新垣さんとは25年前、彼が桐朋学園大学の1年、私が高校(共学の桐朋女子高校音楽科)3年の頃から面識があった。大学を卒業してからは交流が途絶えたが、あのようなテレビ中継を経て新垣さんに再会するとは驚きだった。騒動のさなか、昨年4月頃、音楽プロデューサーの中野雄さんから、新垣さんをみんなで支え励ますための白寿ホールでのコンサートの計画を聞いた。中野さんの構想は、新垣さんにピアノとバイオリンのための小品を作曲してもらい、それを私が初演するというものだった。しかし私は無伴奏の大作を要望した。昨年9月に紀尾井ホールで全曲を初演し、名古屋市の宗次ホールでも弾いた」

新垣が書いた作品の正式名称は「無伴奏ヴァイオリン・ソナタ嬰ハ短調『創造』」。全5楽章に標題が付き、第1楽章は「創造のプレリュード」、第2楽章「アレグロ―迷想」、第3楽章「追想―古風なメヌエット」、第4楽章「コラール―兆し」、第5楽章「終曲―創世への再起」。新垣は桐朋学園大学長も務めた作曲家の三善晃(1933~2013年)に師事し、無調の前衛的な現代音楽を多く書いてきた。だがこの作品は「嬰ハ短調」から始まる明確な調性、分かりやすい旋律、古典的形式を併せ持つ。一連の標題は、渦中からの創造的再生を目指す新垣自身の内面ドラマも想起させる。前衛的作品と親しみやすいロマン派風の作品の両方を分け隔てなく作曲する姿勢がみえる。

新垣隆作曲「無伴奏バイオリンソナタ」のさわりを弾いてみせる川畠成道(7月8日、都内)

交響曲よりも作曲が難しい

新垣 「無調の前衛的作品を書きながらも、様々なジャンルのいろんな方々の要請に応える形で、調性のある交響曲やバイオリンソナタ、親しみやすい作品も書いていくという姿勢で取り組んでいる。今回の無伴奏バイオリンソナタでは、川畠さんの要望に沿って全体で大きな形式を作る必要があり、前奏曲としての第1楽章を見直した。バイオリン1本による無伴奏作品はある意味で交響曲を作曲するよりも難しい。交響曲が持つ内容を1人のバイオリン奏者が演じるということになる。特にソナタという交響曲に通じる大きな形式の枠組みの中ではそうなる。バイオリン1本でもシンフォニックに響く作品を目指した」

川畠 「私は最近、無伴奏のコンサートを頻繁に開いている。しかし無伴奏バイオリンのための有名な作品としては、J・S・バッハの『無伴奏バイオリンのためのソナタとパルティータ(全6曲)』、イザイの『無伴奏バイオリンソナタ第1~6番』、それにバルトーク作曲のものがもう1曲。無伴奏のバイオリン曲として一般にコンサートで弾くにふさわしい作品がこの13曲しかない。そこで新垣さんに新たに本格的な無伴奏バイオリンソナタの作曲をお願いして、今後、末永く弾いていけるレパートリーにしたいと思った」

2014年9月28日、名古屋市の宗次ホールにて、新垣隆(左)と川畠成道。この公演でも新垣の「無伴奏バイオリンソナタ」を川畠が演奏した=提供 川畠成道音楽事務所 オフィス・ボー・トゥリー株式会社

新垣 「作曲する際、目指すべきものに達するためにイメージする作品はある。かつて交響曲(佐村河内守名義の『交響曲第1番《HIROSHIMA》』)を作曲した際にはマーラーの『交響曲第3番』などをイメージした。今回の無伴奏バイオリンソナタではフランクの『バイオリンソナタ』をイメージしながら書いた。もっとも、フランクのソナタはピアノ伴奏付きの作品ではあるが、ロマン派の雰囲気をつかもうとした。音楽的イメージとしては、1人のバイオリニストがオーケストラを演じるというものだった。表現の幅、特に音色に気を配った」

21世紀に調性音楽を書く余地

現在、新垣は「ピアノ協奏曲『新生』」(仮題)の作曲を続けている。10月15日、紀尾井ホールで開くコンサート「新垣隆展2015」にて新垣自身のピアノ独奏、新田孝指揮ニッポン・シンフォニーの管弦楽によって初演する予定だ。

新垣 「今まさにピアノ協奏曲を書き進めている。これも無調の現代音楽ではない。調性を持つ作品になる。現代において(ハ長調やイ短調などの旋律や和声を持つ)調性音楽を書くのはどんどん難しくなっている。音楽史をみれば、調性音楽から無調、十二音技法、セリー(音列)など、作曲の成長と発展の流れがあることが分かる。この流れに抗して、かつての先人がたくさん書いてきた調性音楽を現代において書くのは難しい。書くことはできても、音楽史の流れにのっとって作品として成立させ、評価されるのは困難だ。しかし、一方で作曲家は現代の様々なタイプの要請に応えていく必要もある。武満徹や三善晃は前衛作品を書く一方でポピュラーソングも作曲した。私も彼らに見習い、要望があれば親しみやすい調性音楽も書いていきたい」

8月19日にリリース予定の川畠成道のバイオリン独奏による超絶技巧無伴奏作品アルバム「無伴奏の世界/川畠成道」のCD(ビクターエンタテインメント)

川畠 「新垣さんは今回の無伴奏バイオリンソナタによって、現代でもまだ調性音楽を作曲する余地があることを改めて示した。私も調性のある作品を書いてほしいとお願いして良かったと思っている。多くの人々に長く聴いて親しんでもらえる作品がまた一つ加わったと思えるからだ。次のピアノ協奏曲もこの調子でぜひ頑張ってほしい」

新垣 「セリーとかスペクトル楽派とか、今は現代音楽のムーブメントがはっきり分かる時代ではない。前衛的な楽派やムーブメントとは関係なく、デュティユーやツィンマーマン、シュニトケなど多様性を持った現代作曲家が見直されている面もある。今は個々の作曲家が作品を通じてどんな発言をしていくのかが大事だと思う。聴き手に合わせて、いろんなタイプの作品を書いていくつもりだ」

新垣はインタビューの間、どこまでも謙虚で物静かな姿勢を保っていた。しかし時々、子供のような優しい目が、静かな闘志を帯びて真剣なまなざしに変わるのが分かった。「そうはいっても無調の前衛音楽をやはり自身の主要作品に据えていきたいんでしょうね」と聞くと、「書いていきたいですね。でも書けるかな」と首をかしげた。もはや不安な立場を強いられる無名の作曲家ではない。有名な芸術家として堂々と、万人受けしない前衛作品も世に問うていける。

(文化部 池上輝彦)

注目記事
今こそ始める学び特集