グスターボ・ヒメノ指揮東京都交響楽団コンセルトヘボウ管との来日前に腕前披露

世界最高峰のオーケストラとしてオランダのロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団を真っ先に挙げる人はかなりのクラシック音楽通だ。普通はベルリン・フィルやウィーン・フィルを筆頭に挙げるだろう。そのロイヤル・コンセルトヘボウ管で首席打楽器奏者を務めた経験を持つ指揮者のグスターボ・ヒメノ(39)が来日した。東京都交響楽団を指揮した公演を聴くとともに、ロイヤル・コンセルトヘボウ管を率いて11月に再来日する彼に抱負を聞いた。

東京都交響楽団を指揮するグスターボ・ヒメノ(7月12日、東京都港区のサントリーホール)=撮影 堀田 力丸、提供 東京都交響楽団

「ちょっと心が揺れ動いた。写真を載せるのなら全身写真にしてくださいね」。7月12日、サントリーホール(東京・港)での都響プロムナードコンサート。ある女性客は休憩時間にヒメノについてこう感想をもらした。「姫野」かな、と一瞬思ったが、日系人ではない。つづりは「Gimeno」。長身で痩身、貴公子然としたスペイン人の指揮者である。さっそうとしたそつのない指揮ぶりは確かに格好いい。2日後の14日にヒメノと会ったので、その女性客との約束通り、全身写真を1枚撮った。撮り方がまずかったせいか、指揮をしている時の方がずっとイケている。

その若きマエストロ、ヒメノが、世界最高峰といわれるロイヤル・コンセルトヘボウ管を指揮して11月7~13日に東京や京都など6会場で来日公演を開く。ロイヤル・コンセルトヘボウ管としては2年ぶりの来日となる。優れた音響空間として有名なアムステルダムのコンサートホール「コンセルトヘボウ」が開館した1888年に創設され、旧称はアムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団。作曲家グスタフ・マーラーがしばしば指揮したことでも知られ、マーラーの交響曲の演奏で長い伝統を持つ。20世紀前半に首席指揮者ウィレム・メンゲルベルクによって最初の黄金時代を築いた。

近年の歴代首席指揮者はベルナルト・ハイティンク(1961~88年。うち61~63年はオイゲン・ヨッフムと共同首席指揮者)、リッカルド・シャイー(1988~2004年)ときて、現在のマリス・ヤンソンスで6代目。16年にはダニエレ・ガッティの就任が決まっている。そうそうたる巨匠が名を連ねるなか、今年の来日公演ではまだ日本であまり知られていないヒメノに白羽の矢がたった。

指揮者のグスターボ・ヒメノ(7月14日、都内)

スペインのバレンシア生まれのヒメノは「私の音楽教育とキャリアはほとんどオランダで培われた」と語る。2001年にロイヤル・コンセルトヘボウ管の首席打楽器奏者となり、さらにアムステルダム音楽院で指揮を学んだ。ヤンソンスに指揮の才能を見いだされ、彼の副指揮を務めるなど下積みを経て13年にミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団を指揮してデビューした。昨年にはヤンソンスの代役としてロイヤル・コンセルトヘボウ管にも指揮者デビューした。同楽団を打楽器奏者や副指揮者としての経験を通じて知り尽くした指揮者といえる。となれば、都響を指揮する公演でまずはお手並み拝見といきたくなる。

都響プロムナードコンサートの1曲目はハンガリー出身の現代作曲家ジェルジ・リゲティ(1923~2006年)の「ルーマニア協奏曲」。ヒメノの指揮は機敏で隙がない。すべての拍子を振り尽くすような指揮ぶりからは、都響らしい理知的な響きと相まって、シャープなリズム感と軽妙さが生まれ、リゲティ初期の作品が持つエキゾチズムや舞踊の興奮ぶりを浮き彫りにした。「協奏曲」といっても独奏者はいない。都響コンサートマスターの山本友重によるバイオリン独奏が、控えめな音量ながら、小編成の管弦楽の響きに超絶技巧風のスパイスを利かせた。こうしたバランスの良い音響設計もヒメノの指揮のなせる技なのだろう。「リゲティは大好きな作曲家。初めてこの曲を聴いた時、(旋律の)長いラインが気に入った」と話す。

2曲目はヒメノと同郷の作曲家ホアキン・ロドリーゴ(1901~99年)がギターのために書いた協奏曲「アランフェス協奏曲」。マイルス・デイヴィスのジャズのアルバムやリシャール・アントニーが歌うシャンソンなどに引用された第2楽章が突出して有名な曲だ。独奏は韓国出身の若手ギタリスト、朴葵姫(パク・キュヒ)。日韓両国で育ち、荘村清志や福田進一に師事。国際コンクールで優勝・入賞を重ねるなど実力と人気を兼ね備える旬の女性ギタリストといえる。

ロドリーゴ作曲「アランフェス協奏曲」を演奏するギタリストの朴葵姫(左)とグスターボ・ヒメノ指揮の都響(7月12日、サントリーホール)=撮影 堀田 力丸、提供 東京都交響楽団

彼女のギターはコード弾きの第1楽章冒頭から軽やかで明るい。アルペジオ(分散和音)は評判通り柔らかくて優しい。ヒメノの指揮による都響も控えめな音量で穏やかな響きを出している。情熱の国スペインの人とは思えないほどの落ち着いた指揮ぶりである。でも決して冷静沈着な雰囲気ではない。朴葵姫のギターの軽やかさを支える温かい包容力を示す演奏だ。

第2楽章でも短調の有名な旋律が人間ドラマを扇情的に盛り上げることはしない。滑らかでしなやかなギターの音色をかき消さないよう、オーケストラの響きはここでも控えめだ。両者の繊細な音響づくりによって、この楽章からは盲目の作曲家ロドリーゴの暗闇での葛藤や感情ドラマではなく、まだ視力のあった幼時に見たほのかに明るいスペインへの追想や郷愁が浮かび上がるかのようだ。

目を凝らすと、朴葵姫の後ろにスピーカーがある。ギターにはマイクが取り付けられていた。もともとギターは音量の小さい楽器だ。その繊細な弱音を美点にする朴葵姫の独奏を生かすためにPA(電気的音響拡声装置)を使っていたのだ。しかしこれは生音至上主義のクラシック音楽といえども悪いことではない。音響のバランスを考えたら、むしろPAを使うくらいの工夫をすべきなのだ。それだけヒメノの音作りはバランス感覚を重視しているともいえよう。

都響を指揮するグスターボ・ヒメノ(7月12日、サントリーホール)=撮影 堀田 力丸、提供 東京都交響楽団

後半はいよいよヒメノの実力が試されるベートーベンの「交響曲第7番イ長調作品92」。驚くほど速いテンポ設定との印象を持ったが、ヒメノは「楽譜が速いテンポで書かれている」とあっけらかんと言う。実際、せわしないくらい速かった。演奏時間はそれほど短くもないはずだが、スピード感は元打楽器奏者の独特のリズム感覚によるものだろうか。賛否が分かれるところだろう。特に彼が熟知しているはずのティンパニ。前のめりになるようなティンパニの打音が続く。すべての拍子をきちんと振り切るヒメノの指揮のもと、前のめりする格好でもリズムがきちんと合って進行していくのが不思議なくらいだ。

緩徐楽章であるはずの第2楽章もかなり速い印象だ。葬送行進曲とも捉えられる楽章なのに、感慨にふける雰囲気ではない。緩徐楽章といっても速度表示は「アレグレット」であり、ここでも「第7番」の“舞踏交響曲”としての性格を強調したかったのか。最後の第4楽章の演奏時間は8分程度か、何かをたたいてやっつけるくらいの勢いで速い雰囲気だった。それでも仕上がりはきちんとしていて安定感がある。

最後に7月14日に交わしたヒメノとの一問一答を挙げる。ロイヤル・コンセルトヘボウ管を巡る話題が中心だ。

インタビューに応じるグスターボ・ヒメノ(7月14日、都内)

――ロイヤル・コンセルトヘボウ管はどんなオーケストラだと思うか。

「独特の音を持っている。ツアーに出てもコンセルトヘボウのホールの響きをそのまま持ち運んでいるのではないかと思うくらいにその音を維持できるオーケストラだ。美しく、透明性があって、丸みがあり、バランスのとれた音であり、私が好きな響きだ。楽団員は演奏技術が高いだけでなく、各人の繊細なやり取りに特徴がある。個々の楽団員が相互に反応し合って感情豊かな響きを生み出している」

――ヤンソンスの助手、副指揮者を務めてきたが、彼から何を学んだか。

「ヤンソンスのような偉大な音楽家と日々一緒に仕事をできたのは大きな学びだ。彼は音楽にすべてをささげる人で、非常に努力家だ。日本ツアーでも米国ツアーでも全力を注いで指揮をしてきた。私のような若手にとっては彼から見習うべき点は多々ある。私は指揮者になる前にロイヤル・コンセルトヘボウ管の打楽器奏者を務めたが、ヤンソンスの指揮の下で演奏したことが最も印象深い。打楽器奏者は弦楽器奏者などよりも時間に余裕があるため、楽団や楽譜について勉強する時間があり、コンセルトヘボウを詳しく知るのにも良い立場だった」

――ロイヤル・コンセルトヘボウ管が世界最高峰といわれる理由は何だと考えるか。

「まずは独特の音。そして素晴らしい音響のコンセルトヘボウというホールを拠点としていること。さらには歴史だ。マーラーのような作曲家兼指揮者が楽団に与えた影響は大きい。マーラーは今ではコンサートで最も人気のある作曲家だが、彼が100年以上も前にこのオーケストラを指揮し、以来、その影響の下で長い伝統と歴史を築いてきたという点も世界的に高い評価を受ける理由だと思う」

――どんな作曲家や作品を自身の中心演目に据えていきたいか。

「11月のロイヤル・コンセルトヘボウ管の来日公演ではベートーベンの交響曲第6番『田園』、チャイコフスキーの交響曲第6番『悲愴』などを指揮する。どちらも人気の高い“第6交響曲”だが、『田園』は自然、『悲愴』は感情が全面に出てくる。それでいて両曲とも共通する人間ドラマがある。今はベートーベンに特に思い入れがあるが、マーラー、ブラームス、ハイドンなどの作品を次々に取り上げていきたい。オペラも指揮したい。今は貪欲に様々な作品に挑戦していきたい」

突如として頭角を現した新進気鋭の若手指揮者と思いきや、実はコンセルトヘボウの厚みのある伝統の中でじっくりと下積みを重ねてきた努力家なのだと知った。都響を指揮しただけでは分からなかったお家芸を11月の来日公演で聴かせてくれることを期待したい。

(文化部 池上輝彦)

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