もし、がんになったら 仕事と治療を両立する公的制度
仕事を続けるかどうかの問題
30~40代の働き世代とがん罹患数の統計を見ると、男性よりも女性の方が、はるかに罹患数が多いのです。
がんというと、命をも脅かす深刻な病気だというイメージから、以前と同じように仕事を続けるのは無理なのでは、と思う方もいるかもしれません。
これは、がんの種類やステージ(病期)、治療方法などによって相当の違いがあり、何よりも本人の意向が大事だといえるでしょう。
がんにかかった人に、退職の有無について調べた実態調査では、約75%が退職をしておらず、約80%の患者が治療と仕事を両立したいと考えています(出典:「がん患者の就労等に関する実態調査」平成26年5月 東京都福祉保健局)。
それは、生活の糧を得るということもありますが、働くことが自分自身にとっての生きがいである、というのが上位の理由です。
がん医療の進歩等を背景に、生存率は大きく向上し、がんにかかっても早期発見や適切な治療により治るケースや、仕事と治療を両立できるケースも増えてきました。
がん患者の入院日数も、平成8年には平均35.8日だったものが、平成23年には19.5日へと飛躍的に短縮されています(出典:「厚生労働省 患者調査」)。これは、入院中に行われていた薬物療法や放射線治療が、近年は通院をしながら受けられるようになったことが要因とされています。
公的な社会保険制度を活用しよう
突然のがん宣告に、ショックを受けない人はいないはずです。仕事をどうするか、経済的な問題や生活のこと、どこで治療を受けるか、治療方針や副作用のことなど、たくさんの選択を前にして、戸惑いや不安でいっぱいになってしまうものでしょう。
治療方針を確認して今後の見通しが立てば、主治医と相談のうえ、働き続ける選択肢も大いにあり得ます。そうしたときに、職場の社内制度について、どのようなサポートが受けられるか確認しておきたいところです。
たとえば、私傷病の休職制度が整っている場合、どのくらいの期間、どのような条件で利用することができるのか、復職のプロセスなども就業規則で確認できるでしょう。そのほか時差出勤や時短勤務制度、時間単位の休暇制度など、治療と仕事の両立のために利用できる制度について、相談してみることをおすすめします。
公的な社会保険制度についても、自分がどの制度を利用できるのか押さえておくと安心です。
がん治療はかなりの医療費がかかると言われますが、「高額療養費制度」を利用すれば、一定の自己負担限度額以上の支払いをしなくても済みます。
以前は、高い医療費を支払ったうえで、高額療養費の申請をしていましたが、現在は「限度額適用認定証」を事前に発行しておくことで、入院だけでなく、外来診療や調剤薬局での医療費の支払額を、自己負担限度額までにとどめることができます。
また、病気等で継続して3日以上働けないときは、4日目から「傷病手当金」の給付を申請することができます。健康保険の被保険者であることが前提ですが、休業1日あたり標準報酬日額の3分の2相当額の手当をもらうことができます。給与の支払いがある場合でも、その給与が傷病手当金の額より少ない場合は、傷病手当金と給与との差額が支給されます。
この制度が優れているのは、要件に該当していれば、支給開始日から最長で1年6カ月間もらえるということです。
会社を辞めてしまったらもらえなくなる、という誤解もあるようですが、退職するまでに健康保険の被保険者期間が継続して1年以上あり、すでに傷病手当金を受けているか、受けられる状態にあれば、退職後も引き続き手当をもらい続けることができます。
がん患者の4割「傷病手当金知らなかった」
一般にがんの治療は、長期にわたって続くものですが、傷病手当金をもらいきってしまっても、一定の障害状態に該当して受給要件を満たせば、障害年金を申請することも可能です。
障害年金というと、障害者手帳を持っていなければ受けられない、と思われがちですが、障害者手帳とは関係ありません。障害の程度によりますが、職場の援助を受けて、仕事を続けながら受給することも可能な場合があります。
それぞれに要件はあるものの、公的な社会保険制度として、どこまでサポートが受けられるか、その仕組みを知っておくことは大切です。
がん患者への実態調査では、傷病手当金制度を知らなかったので利用しなかった割合が約4割と高く、大変もったいないことだと思います(出典:「がん患者の就労等に関する実態調査」平成26年5月 東京都福祉保健局)。
いざというときのために、こうした制度があることを頭の片隅に記憶しておいてもらえたらと思います。公的保険は働き方によって、利用できる制度も異なります。自分に合った保障を民間の保険でプラスしておく、というのも選択肢のひとつといえるでしょう。
国は、がんになっても安心して働き続けられる社会の構築を目指し、動き始めています。職場においても、健康問題をはじめ様々な事情を抱える従業員が支え合えるような仕組みや柔軟な働き方が広がっていくことを願っています。
社会保険労務士。米国企業日本法人を退職後、社会保険労務士事務所等に勤務。平成17年3月、グレース・パートナーズ社労士事務所を開設し、現在に至る。女性の雇用問題に力を注ぎ、「働く女性のためのグレース・プロジェクト」でサロンを主宰。著書に 「知らないともらえないお金の話」(実業之日本社)をはじめ、新聞・雑誌、ラジオ等多方面で活躍。
[nikkei WOMAN Online 2015年7月7日付記事を再構成]
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
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