ライフコラム

ヒット総研の視点

若者に人気のクラフトビール、地方創生の目玉に 日経BPヒット総研 石井和也

2015/7/23

日経BPヒット総合研究所

エンターテインメント、トレンド、健康・美容、消費、女性と働き方をテーマに、ヒット案内人が世相を切るコラム「ヒットのひみつ」。いまを象徴するキーワードから、話題の理由、面白いワケなど、「ひみつ」を明らかにします。今回のキーワードは「クラフトビール」。職人のこだわりが、ビールから遠ざかっていた若者たちをパブに引き戻しているようです。

ビール類の出荷額は10年連続で過去最低を更新中だが、「クラフトビアマーケット」など、都内のビアパブに行ってみると、そんな雰囲気はない。ビール離れを指摘されてきた若い客らも大勢集まり、賑わっている。

彼らが手に持つのは、ジョッキではなく、クラフトビール用のグラス。「とりあえずビール」からではなく、「私はIPA(インディア・ペール・エール)」など、好みの味と香りのビールを選ぶところから宴は始まる。

スプリングバレーブルワリー東京の定番6種を味わえる「テイスティングフライト」は、カラフルで気分も上がる。それぞれに合うおつまみのセットもある

クラフトビールは、小規模な醸造所でビール職人が造るこだわりのプレミアムなビールのこと。苦味が強かったり、柑橘系の香りがしたり、いま、さまざまな味わいのビールが誕生している。

酒は嫌いではないが、酒に飲まれることは避けたい。飲むときには、ゆっくりお酒を味わいたい、そして酒をきっかけにコミュニケーションを楽しみたい。そんな若い世代のニーズにこのクラフトビールがジャストフィットした。

「オクトバーフェスト」や「ベルギービールウィークエンド」など、ドイツやベルギーのクラフトビールが楽しめるイベントや、醸造施設を併設するブルーパブも全国に広がり、ゆっくりビールと宴を楽しむ場所がいま続々と増えている。

■ヒットのキーワードが店内に満載

東京・代官山に2015年4月オープンしたキリンビールの「スプリングバレーブルワリー東京」もその一つ。今も夕方以降は、満席になることが多く、仕事帰りのビジネスマンや観光客で賑わう最先端のブルーパブだ。

テーブルがゆったりと配置されたスプリングバレーブルワリー東京。2フロアに200席

店内では仕込み釜や貯蔵タンクなどの醸造設備がガラス張りになっていて、ビールの製造工程を目で追いながら飲食を楽しめる。ビールのメニューに一番絞りやラガーはなく、6人のビール職人によるテイストの異なる6種の定番ビールと、2~3種類の期間限定ビール、さらにホップやフルーツの香りを加える「ビアインフューザー」を使ってカスタマイズしたビールをラインアップする。

定番ビールをミニグラスでテイスティングできる「ビアフライト」、それぞれのビールに合わせたおつまみも楽しめる「ペアリングセット」まで用意されていた。

そのほか、ビールに合う料理、料理に合うビールがわかるメニューや、ホップや副原料の種類、苦みや濃さのスペックがわかるリストもある。色や香り、味わいの違うビールを楽しみながら、ビールの知識を深められる趣向も凝らされている。

ワインのソムリエのような「ビアアンバサダー」もいて、ビールの醸造法や種類、食との相性などの質問にも答えてくれる。まるでクラフトビールのミニテーマパークのような仕掛けが随所に凝らされ、プチプレミアム、工場見学、クラフト(職人、ものづくり)、学びなど、ヒットのキーワードが店内にあふれていた。

「クラフトビール人気で若い世代を中心にビールの飲み方が変わってきた。『グランドキリン』『一番搾り 小麦のうまみ』などで小規模醸造にもチャレンジしてきたが、改めてビールの魅力や楽しみ方を伝え、新しいビール文化を創造していくブランドとして、スプリングバレーブルワリーを展開する」(キリンビール)と話す。

大手が資金と人材を投入して本気で仕掛け、一過性のブームではなく、ムーブメントを作ろうという意気込みが感じられた。

■地方創生の時代に地ビール回帰

コンビニやスーパーなどでも販売されている「COEDOビール」のコエドブルワリーでも、同様の取り組みを始めている。同ビール発祥の地である埼玉県川越市の工房をリニューアルし、「COEDO Craft Beer 1000 Labo」 を2015年6月に開設。1000Lの小さなタンクで1000種類のビールを試作し、併設した飲茶「香麦-xianmai(シャンマイ)」で販売するというのがコンセプトだ。

[左]コンビニでも販売されているCOEDOビール。左端がCOEDO紅赤 [右]香麦-xianmaiの店内。COEDOビールと本格的な飲茶を堪能できる

店内奥には小ロットの醸造ができる仕込み釜があり、ビール職人らの作業をガラス越しに見ながら、テーブルで各種COEDOビールとペアリングした飲茶を楽しむこともできる。料理長は、元キハチチャイナの長瀬和雄氏が務め、川越産小松菜の広東焼売とカリッと焼いた大根餅は絶品だ。

「今は、ビールのルネサンス期。世界中でいろいろな種類のビールが誕生している。例えば飲茶に合うビール、ビールに合う飲茶などをこの場所から発信していきたい」(社長の朝霧重治氏)。

同社は、1990年代後半の地ビールブームを経験している。1994年の酒税法の改正で小規模醸造が解禁になり、200社を超えるミニブルワリーが誕生し、もの珍しさもあって地ビールは大ヒットした。しかし、町おこしの名のもと、粗製乱造されたビールも多く、ブームは数年で吹き飛んでしまった。コエドはそのなかで醸造技術を磨き、販路を開拓して生き残ってきたブルワリーだ。

ブームの終焉後は、地ビールではなく、クラフトビールとしてCOEDOビールを売り込んできた。だが、朝霧氏は、「いま地ビールに戻ろうと思っている」と話す。「Laboを地域の食材を使った飲茶とうまい地ビールのペアリングが楽しめる川越の名所に育てたい」と豊富を語る。

もともと地元の農商工連携で川越名産のサツマイモ「紅赤」を副原料にした「COEDO紅赤」を手がけるなど、川越とのつながりは強い。いまや大勢の外国人も押しかける観光名所となった商店街でも、COEDOは定番ビールとなっている。「うまい地ビールが飲める川越」「川越生まれの地ビールCOEDO」といういい関係が生まれている。各地の取り組まれている地方創生に、再び、地ビールは有効ではないかと思わせる。

店内の仕込み釜の前でさまざまホップ特徴について説明する朝霧社長。店内ではセミナーなども計画中だ

■ローカル性が重要に

日本ビアジャーナリスト協会会長の藤原ヒロユキ氏も「クラフトビール人気を、一過性のブームに終わらせないためには各ブルワリーがローカルアイデンティティーを持つことが必要ではないか」と話す。

実は、キリンがスプリングバレーブルワリーでもう一つ重視していたのも、ローカル性だった。代官山という感度の高い人達が集まる土地柄もあり、期間限定で、ここでしか味わえない最先端のビールも発信していく予定だ。そして、全国9工場の9人の醸造長がその土地の風土や郷土ならではの味覚に合わせて作った一番絞りをその地域限定で5月から販売を始めた。福岡は九州産麦芽で仕込み、神戸は山田錦を副原料に使うなどして醸造されたもので、ローカルビールを意識した取り組みを始めている。

「ドイツにはローカルビール(地ビール)がたくさんある。『うちの町のビールが一番うまい』と、語られるくらい。そうなるには、さらにビールの醸造技術を高め、設備に投資する必要がある」と藤原氏。クラフトマンショップ(職人的精神)もつビール職人が、こだわりを追求して、その土地に根ざしたローカルビールを醸造していくことが、クラフトビール人気を定着させることにつながると見ている。

観光地への誘致を目的とした“おざなり”のビールでは、客は一度飲んだとしても、二度と飲まない。「米国でも人気の常陸野ネストビールを製造する木内酒造には、酒蔵に行く感じで工場に外国人が訪ねてきている。都市部のビアパブや小売店で評価を得ながら、地元だとさらに鮮度の高いビールが飲めるとなれば、おいしいビールを求めて観光客も集まってくる」と話す。

■国産ホップで魅力アップ

ローカルビールの魅力アップや地域創生策として藤原氏が、期待しているのが国産ホップだ。

京都・与謝野町では与謝野ブランド戦略事業などの一環で、藤原氏をアドバイザーにホップ栽培を4月から始めた。それに先立つ試験栽培では、英米から取り寄せた29種類のホップ苗のうち半数以上が生育し、8月には摘花してビール造りに使える見込みだという。

国産ホップは大手ビールメーカーとの契約栽培がほとんどで、クラフトビールのメーカーは、海外からの輸入に頼るしかないのが現状だ。

「もともと、クラフトビールブームは米国からやってきた。ヨーロッパのホップを米国で栽培して醸造してみると、レモンのような柑橘系のフレーバーが香り、人気を呼んだことに始まる。栽培する風土によってホップの香りが変わってくる。海が近い京都の与謝野町で作るホップも独特のフレーバーを持つ可能性がある。すでに国内のクラフトビールメーカーからの引き合いがきている」という。

もっとも、町は醸造所を持っていない。有力クラフトビールメーカーのなかには、自社農園で国産ホップの栽培に乗り出そうとしているところも出てきている。それに先駆けて与謝野町でも醸造所を建設あるいは誘致すると面白い。

地元のホップを使って、地元のクラフトビールメーカーが醸造するプレミアムなビールを味わってみたい――。うまい地ビールでの地方創生に期待したいものだ。

[左]藤原ヒロユキ氏。日本ビアジャーナリスト協会会長。季刊『ビール王国』編集主幹。各国のビアフェスティバルなどの審査員も務める [右]日本ビアジャーナリスト協会監修『日本のクラフトビール図鑑』(マイナビ、1750円)。特集雑誌やビール検定本など、クラフトビール関連の出版は多い
石井和也(いしい・かずや)
日経BPヒット総合研究所 研究員。コンシューマー局プロデューサー。『日経トレンディ』『日経ゼロワン』『日経キッズプラス』の副編集長、『日経おとなのOFF』の編集委員などを経て現職。キッズからシニアまで各世代のライフスタイルをウォッチ。共著に『ものづくりの未来が見える 3Dプリンター完全マスター』(日経BP社)がある。
[参考] 日経BPヒット総合研究所(http://hitsouken.nikkeibp.co.jp)では、雑誌『日経トレンディ』『日経ウーマン』『日経ヘルス』、オンラインメディア『日経トレンディネット』『日経ウーマンオンライン』を持つ日経BP社が、生活情報関連分野の取材執筆活動から得た知見をもとに、企業や自治体の事業活動をサポート。コンサルティングや受託調査、セミナーの開催、ウェブや紙媒体の発行などを手掛けている。

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