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ライフコラム
法廷ものがたり

偽装労災? 労働局員は見た

2015/7/22

法廷ものがたり

裁判記録をとじた厚いファイルを開き、埋もれた事案に目を向けてみれば、当事者たちの人生や複雑な現代社会の断片が浮かび上がってくる。裁判担当記者の心のアンテナに触れた無名の物語を伝える。

通勤中の事故で左足の靱帯を損傷し、労働災害と認定された女性。療養のために20年以上、仕事を休み続けてきたが、あるとき労働基準監督署から、労災給付をカットされた。撤回を求めて起こした裁判で、相手の国側が証拠として出してきたのは、街で労働局職員によって偶然撮影されたという動画。そこには痛みで歩けないはずの女性の「歩く姿」が映っていた。

不幸な事故だった。1980年代の終わり、バブル景気に華やぐ春の夕暮れ。首都圏の食品会社に勤めていた女性(当時21)は、帰宅のため同僚の車で会社から駅まで送ってもらい、車を降りた際に右足をひねり、足首を捻挫してしまう。その後、自宅方面に向かう電車に乗ったものの、今度は駅の階段を右足をかばいながら不自然な姿勢で下りたため、左足の足首と膝を同時にひねってしまった。

医者は「左足関節外側靱帯損傷」と診断。歩くのが困難になり、労災保険法が定める「通勤災害」と認定された。大学病院で人工靱帯を入れる手術をしたが、「左足首に体重をかけると骨にクギを刺したような激痛を感じ、松葉づえなしに歩行できない」として、療養のための休業生活は続いた。

通勤事故で労災給付20年超、突然の大幅カット

そして20年余りが過ぎた。2010年、女性がいつも通り労災給付を申請すると、労基署は突然、「通院日以外は療養のため働けなかったとは認められない」として、給付を大幅にカットした。

労基署が態度を一変させたのは、女性を診断した医師らの聞き取り調査から「女性は既に治癒している」と判断したためだった。医師の一人は「医学的には労働可能」と断言。別の医師は「以前から労災終了を提案していますが本人が納得されず、当院も困っております」と書面で回答した。

一方的な通知に怒った女性は処分の撤回を求め、国を相手取って裁判所に訴え出た。こうした訴訟では、訴えた側が「働けないこと」を立証しなければならない。女性は裁判所に「労働不能」などとする6人の医師の診断書を提出した。

労働局側は、それぞれの医師に診断の根拠を確認して回った。ある医師は「本人が痛くて動けないと訴えるので診断書を作った」と釈明。労働局の確認調査に対し、「労働困難」という判断を変えなかった医師は1人しかいなかった。

互いに主張を繰り返し、裁判が煮詰まってきたころ、国側はある1枚のDVDを証拠として提出した。労働局の職員が街中の書店で偶然女性を見付け、撮影したという動画だった。スマートフォンで撮られた縦長の映像には、歩けないと訴えていた女性が松葉づえ2本を携えながら両足で立って雑誌を立ち読みしたり、痛いはずの左足に体重をかけながら本を探したりする様子が映っていた。

この「盗撮動画」に女性側は強く反発した。「書店の同意がないので建造物侵入罪に当たり、女性の同意がないのでプライバシー権を侵害している。違法収集証拠であり証拠能力は認められない」

職員が「偶然」撮影、書店の動画が決め手

しかし、流れは完全に決まった。地裁は女性の訴えを退け、判決理由で診断書について「これだけでは女性が労働不能だったと認められない」と指摘した。動画については「裁判官は自由に心証を得ていいのが原則で、撮影された状況にも違法性は認められない」とし、「動画を見ても松葉づえに頼らず歩行でき、左足に体重もかけている」と認定した。女性は受け入れずに控訴した。

ところで、平日の夕方に労働局職員がデパート9階の書店で、裁判で争っている女性を見かけて撮影するという「偶然」は本当にあるだろうか。

実は撮影した職員は訴訟を扱う部署に在籍し、この裁判の国側指定代理人の一人でもあった。女性側は裁判の中で、当初から撮影が目的だったとして「容認すれば国は今後もこのような証拠収集を繰り返し、労災給付の請求者を不当に萎縮させる」と訴えた。国側は「不当な申請を踏みとどまらせることはあっても、問題になりそうな萎縮効果は想定できない」と反論している。

(社会部 山田薫)

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