近年、慢性痛の研究が進み、その治療を目的とした「痛みセンター」などを設置する医療機関も増えてきた。従来、慢性痛の原因としては、ケガや病気で傷ついた神経が原因の「神経障害性疼痛」、痛みを感じる脳の働きが変化することで起こる「中枢機能障害性疼痛」などがあるとされてきた。
これに対し「局所で起きている変化へのアプローチが不十分だったのでは」と話すのは江戸川病院運動器カテーテルセンターの奥野祐次センター長だ。
奥野センター長は、がん医療に携わっていた際に、新しく発生した微細な血管(新生血管)にカテーテルという細い管を通して薬剤を届けて血管をつぶす治療を施すと、多くの患者が「痛みが楽になった」というのを聞いた。そこで慢性的な肩やひざの痛みで悩む人の局所の血管を血管造影で調べてみると、痛みのある部分に綿花のように細かく枝分かれした新生血管「もやもや血管」が発生しているケースが多数でみられた。

なぜ、もやもや血管が痛みの原因なのか。「炎症が引き金になり、体内で血管が伸びると、同時に神経も伸びる。この増えた神経が痛みの主な原因」と奥野センター長。血管はレントゲンには写らないので、これまでは分からなかったのだ。
現在奥野センター長は、いくつかの臨床研究を経て治療を始めている(下グラフ)。「私の専門はカテーテル治療だが、痛みの発生部位を明確にとらえることで、従来の治療法の有効性も高まる」と話す。例えば、ステロイド注射は肩やひざの関節に漠然と打つより、もやもや血管がある場所を狙って打つ。ひざの痛みなどに使われるヒアルロン酸注射も、同様のアプローチで効果が上がるそうだ。
最近は大学病院の痛み治療の専門家も、こうした血管への治療に興味を持ち、数多くの臨床研究が始まっている。現在のこの治療は江戸川病院でしか行われていないが、いくつかの医療機関が2015年内に導入を検討中だという。


■この人に聞きました

江戸川病院(東京都江戸川区)運動器カテーテルセンター センター長。慶應義塾大学医学部医学研究科修了。「慢性的な痛みは患者さんにとって最もつらい症状の一つ。その治療法の一つ『もやもや血管』へのアプローチは、特に肩、ひざ、ひじの関節周囲の痛みに有効性が高いことが分かってきた」。
(ライター 荒川直樹)
[日経ヘルス2015年8月号の記事を再構成]