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子どもを叩いていいほどの「正しい理由」なんてない

2015/7/17

日経DUAL

茅ヶ崎市役所こども育成相談課職員の伊藤徳馬さんは、むずかしい子を育てるコモンセンス・ペアレンティング(CSP)という手法を伝授する「怒鳴らない子育て練習講座」を開設した立役者です。2013年夏には『どならない子育て』を出版しています。伊藤さんにインタビューし、CSPについて詳しく教えてもらいました。

■CSPは、褒めてしつける子育てのプログラム

2007年に茅ヶ崎市役所のこども育成相談課に異動した私は、親御さんに「叩くのはまずいです」と言っていましたが、「じゃあ、叩かずにしつけるにはどうしたらいいんですか?」と聞かれたときに答えられませんでした。自分自身、保育士資格も無く、心理学を勉強したわけでもなく、素人でしたから。「これは税金をもらっているプロの仕事としてまずい」と感じていました。

伊藤徳馬さん

虐待の予防策が欲しいというのは、職場の一致した見解でもありました。そんなとき、一緒に仕事をしていた家庭児童相談室の相談員さんにCSPの資格を取得していた方がいて「これはいいよ」と薦めてくれたんです。

CSPとは、神戸の児童養護施設の職員だった方が作った、子どもへの伝え方、ほめ方、叱り方などをロールプレイで練習して身に付ける子育て講座です。

この内容は、子育ての基本と言われる「褒めましょう」「目を合わせましょう」「諭すように話しましょう」など、当然やれば成果が出る、いわば子育てでは“当たり前のこと”を体系的に分かりやすくまとめたものです。講座ではDVDを見たり、ロールプレイをしたり、行動療法的に練習して、日々の実践に生かせるような実力を身に付けていきます。

しかし、CSPの勉強を始めた当初は、私自身もさほどこの手法の力を信じていませんでした。「そんないい話なら、もっと普及していなければおかしい」と斜に構えてさえいました。それが「いける!」という考えに変わったのは、当時2歳半だった長女を叱るときに使ってみて成果を実感したからです。

■食卓に落書きした娘に「クレヨン好きだもんね」

娘があるとき、家でお絵描きをしていて食卓にクレヨンで落書きをしてしまいました。最初はいつも通り「ごめんなさいは?」という一言を強要してしまったんですが、「やだ~」と大泣きで猛反発されました。

そのときは珍しく、たまたまこちらの気持ちに余裕があったので、CSP講座で教わった通り「分かった、分かった。クレヨン好きだもんね。テーブルにクレヨンで絵を描いてみたかったの?」と聞いてみたところ、子どもが泣きやんで「うん」と返事をしてくれました。「あっ、会話が通じた」と驚きましたね。

今までは、やっぱり親としても引いちゃいけないところもあると思ってしまい、大泣きしていても無理やり謝らせていました。それで、子どもを寝かせた後、「あ~、さっきの言い方はまずかったな~」と自己嫌悪に。「明日からはあんな叱り方は絶対しないぞ」と心に誓うという日々でした。親のほうはしつけたつもりでも、実際は子どもの側には何も身に付けられていないので、また次の日に「コラ~!」と叱りつけてしまうことに。 

それなのに、前述の通り、CSPの手法を使ってみたところ、叱ってはいるんですが、初めてコミュニケーションが成立している感じがしたんです。

私:「パパはクレヨンを使うなら、紙に描いてほしいんだよね。紙ってどれだっけ?」
娘:「コレ」
私:「そう。じゃ、次からクレヨン使うとき、どこに描くの?」
娘:「紙」
私:「そうだよ、できるじゃん」

こんなふうに、すごく丸く収まった感じがしました。

■CSP 講座開始。年間100人以上が受講

翌日、登庁して課長に「これ、いけると思うんです。うちでも講座を事業化しましょう」と提案しました。子育て支援は市の重点施策でもあったので、課長もすぐに賛成してくれました。虐待してしまった経験のある親御さんだけでなく、広く一般的な保護者向けに開講することにしました。例えば、保育園や小学校の先生だって、家に帰れば、自分の子どもには怒鳴ってしまうことがあるというのはよくある話ですし、虐待関係の学会に参加する人達ですら「ご自宅で自分のお子さんを怒鳴ってしまう方は?」と挙手を求めてみると、意外に多くの方が正直に手を挙げるものですから。

日本は子育ての分野の考え方がまだまだ遅れています。保育園・幼稚園・学校といったプロの現場でも、子どもとの接し方に関して明確な指針は無い場合が多く、先輩の背中を見て学んでいるといった状況なんです。

何を褒め、何を叱ればいいのかが曖昧で、ただ「子どもを叩いてはいけない」と言われても「では、何をすべき」なのかは教えられていない。プロも一般家庭もそんな状況にあるから、全方位に対して発信することに意義があるということになりました。

2010年に記者発表をして、3月1日の茅ヶ崎市の広報紙にCSP講座「怒鳴らない子育て練習講座」参加者募集の記事を載せました。大勢集まり過ぎても大変なので、「子どもを叩いてしまうことがあって、虐待へ進む心配を抱えている方を対象とする」というただし書きを付けたのですが、それでもすぐ30人集まるほどの人気ぶりでした。

年々開催数を増やし、現在では2時間×7回の講座を市役所で平日に年間12セット、市内の公立保育園6園で土曜日に年間6セット開催するまでになりました。それにより、通常講座はこれまでの累計で約500人、1年当たり約100人。2時間×1回のダイジェスト版は年に200~300人が受講しています。講座はいずれも託児付きで無料で行っています。

■日本に“褒める子育て文化”を根付かせたい

私達、現在の親世代は、ぎりぎり“叱られて育てられてきた世代”ですよね。厳しく育てるほうが、子どもに向き合える立派な親だという風潮もあったと言えるでしょう。今は「子どもは叩いてはいけない」「褒めて育てなければ」という社会になってきているわけです。でも、私達自身は褒められて育てられてきていない。時には怒鳴られたり叩かれたりしながら育ってきたから、“褒める子育て”の具体的なやり方が分かっていない。それが本音ではないでしょうか?

今、私達世代が頑張って“褒める子育て文化”をつくっていけば、子ども達の代には褒める文化が根付いているのではないか。私はそう考えています。

褒める子育ての方法の一つがこのCSPです。茅ヶ崎市は「日本の子育てを変えます」と宣言して、この講座を始めました。既に神奈川県だけでも17~18、全国で約50くらいの市町村がCSPの講座を開設しています。ご興味のある方は、お住まいの町でCSPの講座があるかどうか、ぜひ調べてみてください。

(ライター 大友康子、撮影 稲垣純也)

[日経DUAL2015年6月9日付の掲載記事を再構成]

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