地酒の「久保田」、銀座に新たな高級アンテナショップ

日経トレンディネット

朝日酒造直営店「久保田」(中央区銀座8-8-8)。営業時間は平日が11時半~14時、17~23時。土日・祝日が11時半~22時

日本酒に詳しくない人でも、「久保田」という名前は耳にしたことがあるだろう。日本中の日本酒の蔵元が口当たりの良さを追求していた1980年代に、“淡麗辛口”を売りにして大ブレイク。日本酒のイメージを大きく変えたといわれている。その久保田の蔵元である朝日酒造(新潟県長岡市)が2015年5月19日、銀座8丁目にアンテナショップ「久保田」をオープンした(店舗運営は朝日商事)。

同社はこれまでも、都内では「越州」というブランド名で日本橋、水道橋、京橋、新橋に4店、新潟県内では「あさひ山」というブランド名で3店、直営の飲食店を展開している。

しかしなぜ、日本酒で圧倒的なブランド力を持つ久保田のアンテナショップを、発売30年目の今になって銀座にオープンしたのか。これまで展開してきた飲食店とは、どう違うのか。さまざまな疑問を胸に、同店に足を運んだ。

席数は約70。カウンター席や半個室、銀座中央通りが見下ろせる席もある
久保田シリーズをはじめ、朝日酒造の酒が季節商品を含めてほぼ全種類そろう

久保田を温度別で飲み比べ、純米酒だけで作る鍋も

同店の最大の特徴は、久保田の飲み比べができること。「萬寿」「碧寿」「千寿」の3種を飲み比べできるだけでなく、同じ種類を違う温度で飲み比べることもできるという。

これまでの直営店では久保田の最高峰とされる萬寿(グラス/税込み1350円)を、冷酒が最もおいしいといわれる10℃で提供してきた。しかし同店ではそれより10℃高い20℃も推奨しているという。「20℃なんて生ぬるいのではと思われるかもしれません。でも実際に飲んでみると、米のうまみや甘み、香りが引き立ちます。ただそれは、20℃だけを飲んだのでは分からない。ほのかにキリリとした味わいが感じられる10℃と交互に飲んでみて、初めて20℃のおいしさが分かるのです」(柏木邦彦店長)。

10℃の萬寿は平盃で
20℃の萬寿はワイングラスで飲むと香りの広がりが楽しめる

燗酒でも、ぬる燗(40℃)、上燗(45℃)、熱燗(50℃)での飲み比べができる。ちなみに同店での推奨は、山廃仕込みの純米大吟醸「碧寿」(250ml/税込み1980円)が45℃、吟醸酒「千寿」(250ml/税込み950円)が40℃。「軽快なうまみ、スッキリとした飲み口が特徴の碧寿は、45℃の熱燗で飲むと甘みも酸味も強調され、瞬時に消えるすっきり感も味わえます。上品でやさしい香味のある千寿は40℃のぬる燗で飲むと味わいに厚みが増し、凛とした強さも感じられます」と、柏木店長。

また、酒の種類と温度によって酒器の種類も変えて提供する。平盃とぐい呑みでは舌に触る量、立ち上がる香りの量も違うため、それぞれの酒の種類、温度帯で最も味を引き立てる酒器を研究したという。例えば萬寿は10℃では平盃だが、20℃ではワイングラスで提供するといった具合だ。

純米酒によって柔らかくなり、うまみが引き出される
宝水鍋には新潟特産の豚肉やイカの一夜干し、季節の野菜などが入る。

フードメニューは、新潟の地魚を使った料理や郷土料理が中心。特に同店でしか食べられないのは、「宝水鍋(たからみずなべ)」。なんと、もうひとつの看板商品である「朝日山」の純米酒だけで素材を煮るのだという。味付けは、ほんの少量のしょうゆを色付け程度に入れるだけ。味覚の基本は五味(酸味・苦味・甘味・うま味・塩味)といわれるが、料理長によると日本酒には塩味以外の四味が含まれているので、少量の塩味を足すだけで味が完成するのだという。いろいろな酒で試したところ、吟醸酒ではなぜかうまみが足りず、朝日山の純米酒が素材の味を最も引き立てたとのこと。直営店でしかできないぜいたくな鍋だが単品メニューにはなく、「紅寿コース」(税込み7000円)か「萬寿コース」(税込み9000円)内のみでの提供だ。

「紅寿コース」(税込み7000円)。前菜、油揚げ、御造り、焼物、宝水鍋、煮物、食事、甘味の全8品。純米酒は、目の前で一升瓶からたっぷり注ぐ

あまりに有名になりすぎて飲まれなくなった?

しかしアンテナショップといえば、新商品や新ブランドに対する消費者の反応を探るために出す店、というのが相場。もはや知らない人がいないほどブランドが確立している久保田が、なぜ発売後30年たった今、アンテナショップをオープンしたのか。

朝日酒造の細田社長

朝日酒造の細田康社長によると、同社の調査では久保田の認知度は決して落ちていないという。しかし「久保田という名前の日本酒があるのは知っているが、飲んだことがない」という人や「有名すぎる」と敬遠する人が増えてきていることが分かった。そこで同社では、そうした層に対して正確な情報を積極的に打ち出していく必要性を痛感したのだという。そのために1年以上をかけて自社商品を再研究し、「なぜおいしいのか」という情報を提供するための科学的なアプローチにも取り組んでいる。

「そうした取り組みの中から、『20℃で飲むと意外においしい』という、作っている自分たちにとっての新発見もあった。久保田という日本酒の魅力を明確にすることで新しい価値メッセージを伝え、知っていても飲んだことがない人、最近飲んでいないという人にも新しい気づきを持ってもらいたいと考え、発売30年を機に、久保田の名を冠したこの店をオープンさせた」(細田社長)。

ブランディングが成功し、全国的な人気を得たことで、地酒の大きな魅力である“知る人ぞ知る”稀少性、地方色が薄れてしまったこともあるのだろう。「知ってはいるが飲んだことがない」層は、「知っているから、今さら飲む必要を感じていない」層ともいえる。久保田の新たな試みの数々は、同社のそうした危機感の表れともいえる。

銀座の地を選んだのは、日本橋の再開発など、新たなエネルギーを感じさせる場所であること。まだこれまで展開してきた越州のロケーションがオフィス街であり、日曜の営業ができなかったため、365日稼働できる場所を探したとのこと。今後は越州各店にも同店で得たノウハウを広めていきたいという。

(ライター 桑原恵美子)

[日経トレンディネット 2015年5月25日付の記事を基に再構成]

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