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万年筆で手書きの快感 気持ち伝える1本育てる

2015/6/28

万年筆を楽しむ若者が増えている。スマートフォンやパソコンが普及し、手書きの機会は減った。だからこそ、ぴったりの1本を探し当て、気持ちを紙に表す作業が新鮮に映る。

都内の大学1年生、中沢直美さん(18)のペンケースには、万年筆が18本入っている。青、オレンジ、ピンク、紫……講義ノートはインクの色で華やかだ。中でもお気に入りは、祖父母からの入学祝い金の7割を費やして買った1本。透明感がある青の濃淡で彩られた軸と、抵抗なく柔らかに紙の上を滑る14金のペン先の感触に、夢中だ。

「私も書いてみたい」と友人も興味津々。ノートの貸し借りの対価はインクということも珍しくない。

万年筆が売れている。セーラー万年筆の2014年の万年筆の売り上げは10年前の2.2倍に。業界全体の万年筆の国内出荷本数は13年、約341万本と、5年で80万本増加。国内出荷額と輸入額は、ともに3割以上増えた。

興味を持ち始めたのは若者だ。ここ数年で大手3社が相次いで入門者向け商品を発売。各地の文具店が独自色のインクを開発し、ご当地インクを製造するセーラー万年筆の14年のインクの販売本数は12年の1.6倍に。品数が増え、表現できる色が広がり、手に取りやすくなっている。

パイロットの入門者向け万年筆「カクノ」は13年秋の発売から累計140万本売れた。子供用に開発し1本税抜き1000円と低価格だが「ペン先は3000円の商品と同等。瓶からインクを吸入するコンバーターも使える本格派」(同社)。購入者は20~30代中心で、自分用に何本もまとめ買いする人が多い。

「若者にとって万年筆はかっこいい」というのは女性書道家の涼風花さん(29)。昨年から使い始め、デザインや書き味だけでなく、書くことに新鮮さを感じるという。

なぜ若者は手書きに注目するのか。「原始的な作業だからこそ新しい」と、涼風花さん。スマホやパソコンの文字は誰のものでも同じだが、万年筆の字はその人にしか書けない。「とめ・はね・はらいを付けやすく、美しく見えるのも魅力」(涼風花さん)。

東京都台東区の文具店「カキモリ」では1000~3万円程度の万年筆に力を入れる。同区の雑貨店店員、大橋裕さん(31)は、昨年初めて万年筆を買った。カキモリで表紙と紙を選んで作ったノートに、自分で色を合わせて作ったインクで、予定やアイデアを書き込む。「万年筆は書けば書くほど自分に合った書き味になり愛着が湧く。何でも書きたくなる」という。

若者は万年筆で書くことを純粋に楽しんでいるようだ。書道教育が専門の横浜国立大学教授の青山浩之さん(47)は「手書きは気持ちや考えを相手に届ける行為として再認識されている」と指摘。「万年筆は手や指の動きが筆跡に表れやすい。書く感触が心地よく楽しめる」とみる。

手書きは心理学的にも効果がある。「書くことで頭の中にある記憶や感情が整理される」と、同志社大学の余語真夫教授(心理学)は話す。

雑誌「趣味の文具箱」(エイ出版社)編集長の清水茂樹さん(50)は「手で書くことが必須でなくなった今、筆記具は趣味の道具として注目されている」として「パソコンもスマホも頻繁な買い替えが当たり前。何十年も使える万年筆は新鮮で、書きたいという“筆欲”をそそる」という。

とはいえ万年筆はボールペンの手軽さに押され、一時は廃れかけた。高級文具店「書斎館」(東京・港)の赤堀正俊さん(62)は、次世代の愛用者を増やそうと小中学校に呼びかけて万年筆で書いた手紙を募るなどの活動に取り組む。「まず手に取り、長く使って自分にぴったりの書き味が育つ楽しみを感じてほしい」と話す。

「万年筆楽しすぎ。まさか文字書くのがここまで楽しく感じられるとは思ってなかった」。ツイッターでは万年筆の喜びがつぶやかれている。

書きたいがために用途を考え出す人もいる。「万年筆で字を書くためだけの自由ノートを買ってしまいまひた」「誰かに手紙出したい欲は正直ものすごく高まってる」

難しさの報告もある。「元々筆圧が高いから、力入れてないで書くのが難しい」「左利きだから(ペン先を押して文字を書くので太さがきれいに出ない・紙が破れる)」

それでも「一般筆記ならボールペンでいいし、インク補充めんどくさいし、最低限メンテ必要だし、そもそも価格も無駄に高いんだけど……カッコいいから万年筆がいい」と、難点を承知でいとしくなるようだ。

この調査はNTTコムオンライン・マーケティング・ソリューション(東京・品川)の分析ツール「バズファインダー」を用いた。

(大賀智子)

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