伊東四朗さん 「おしん」の大根飯、疎開中の味食の履歴書

「あれは初めて食べる味じゃなかった」。今から30年以上前、国民的なテレビドラマ「おしん」で主人公の父親を演じた時のことだ。口減らしのため7歳の娘、おしんを奉公にやり、普段の食事にも事欠く貧農の役どころ。白米に大根を混ぜた「大根飯」を口にする場面で、不思議と懐かしい気がした。「なんでこの味知ってんのかなあ、って思ったら、疎開先でお袋が作っていたんです」

(いとう・しろう)喜劇役者。1937年東京都生まれ。58年、石井均の一座「笑う仲間」に参加、浅草の松竹演芸場でデビュー。62年、三波伸介、戸塚睦夫と「てんぷくトリオ」を結成し、人気を博す。テレビ、映画、舞台、CMと幅広く活躍。7月からテレビ東京系連続ドラマ「僕らプレイボーイズ 熟年探偵社」に出演 【最後の晩餐】やっぱり白米。あと、タラの塩焼きとぬか漬け、納豆があればそれで十分。毎日、ずーっとそれでもいいくらい。あとは何にもいらない。大体、白米とちょっと塩分のあるものを食べりゃいいんでね。女房の料理がなによりのごちそう =写真 嵐田啓明

東京都台東区生まれ。戦時中は静岡県掛川に疎開した。母が作るごはんに入っていたのは大根だけではない。「他にもトウモロコシだとか、いろんなものが入っているのを先に食べて、お茶わんの底に残ったスプーン1杯ぶんのごはんをパクっと食べるのが楽しみでしたね」。白米は「おしん」さながらに貴重だった。

一番好きなのは白米

だからいまでも一番好きなのは白米。「あんなにうまいものはないと思ってますから。ナントカ米とか雑穀米はいらない。いくら栄養があっても」

戦後、両親は掛川に残ったが、自身は東京に戻った兄と姉を頼って帰京、3人で暮らした。バレーボール部だった高校時代のこと。夕食に米を4合たき、味噌汁を作って家族を待ったが、なかなか帰ってこない。先に食べ始めたら、止まらなくなった。「4合全部、いつの間にか食べていた。味噌汁だけで。あとでこっぴどくしかられましたね。食べ盛りとはいえよく食べられたもんだな」

高校を卒業しても就職先が決まらず、兄のツテで大学の生活協同組合でアルバイトを始める。平日は早稲田大で牛乳やパンを売り、日曜日は東京大の食堂でチャーハンやラーメンを作った。その頃、生協の仲間と編み出したのが「100円で酔っ払う方法」だ。新宿の縄のれんの居酒屋で1杯40円の焼酎を2杯飲む。つまみは1本10円のやきとりを2本。それだけ飲み食いして、街を勢いよく走る。「これが一番手っ取り早い方法。ネオンがぐるぐる回ってね」。生協のパンが9円だった時代のことだ。

働き通しの毎日でも、大好きな舞台には通い詰めた。浅草で喜劇役者の石井均率いる一座の芝居を年中見るうち、客席の有名人に。ある日、楽屋から顔を出した石井が「おい、寄ってけ」。楽屋に入り浸るようになり「出てみるか」と誘われた。

駆け出し時代は焼きそばパンばかり

同じ頃、生協からも正社員にという話があったが、思い切って劇団へ。生協の正社員なら月給は1万円にはなったはずが、劇団では4000円。よく食べたのは浅草の「セキネ」という店で売っていた焼きそばパンだ。小さめのパンにソース味のやきそばが挟んである。10円か20円か、とにかく安かった。浅草時代はそれ以外に食べたものの記憶がない。不安定な身分に「えらいとこ入っちゃったなあとは思いましたが、笑ってもらう快感で抜けられなくなった」。

お笑いの「てんぷくトリオ」を結成後、舞台やテレビで一気に人気者に。高級料理を口にする機会も増えたが「豪華な料理って一体何だろう? よく分からない。好きな料理が出てくるのが豪華なんだと思う」。

夫人の手料理、何よりのごちそう

ごはんと味噌汁、納豆、焼き魚、ぬか漬け。夫人の手料理が何よりのごちそうだ。長期のロケなどで家を空ける時以外は、ほとんど自宅で食べる。「うちで食べるのが一番気兼ねがない。女房は食べに出たいって言うんだけど」

一見、普通の献立に見えて手が込んでいる。味噌は夫人の手作り。ほどよい塩気の合わせ味噌で、キュウリにつけて食べてもおいしい。共演した女優にあげたら「もうほかの味噌は食べたくない」と言われ、会うたび渡すようになった。納豆につける塩こうじや、からし味噌も手作りだ。

家ではぬか漬け作りを担当し、ぬか床を混ぜるのが日課。「一日一回かきまわさないと機嫌を損ねるんですよ、アイツは」。つけるのは大根、カブ、キュウリにナス。「結構うまいのが新ショウガ。セロリもいけるかな」。うちで飲む時も最後はちょっとの白米でしめる。「ごはんを食べないと終わったような気がしない」そうだ。

外食はあまり好きなほうではないが、楽しみにしている食事会がある。角野卓造さん、佐藤B作さんとの「西荻の会」だ。10年ほど前、2人とドラマで共演したのを機に年に数回、西荻窪に集う。あめくみちこさん、松金よね子さんもメンバー。夕方から午前3時まで飲んだことがあった。

そこでは「自分のことを自分で褒める」という。会がある日は夫人にも「お父さん、今日はうれしそうね」と言われるのだとか。1次会はいつも決まったすし屋。「2次会の店へ向かうのに、西荻窪の駅前を歩くのがまた楽しくてね。すれ違う人たちが『何だこの人たちは』ってな顔で見ていく。そりゃあね、あたしと角野、B作が大きな声でしゃべってりゃ気がつきますよ」。何のことはない空騒ぎ。しかし、これが元気のもとになっている。

(関優子)

◇ ◇

中華と味わうお新香

中華料理店「オトメ」の自家製お新香

たまの外食で訪ねるのが、JR国分寺駅南口の中華料理店「オトメ」(電話042・326・0678)だ。焼きギョーザ(税抜き450円)や春巻(同400円)エビのチリソースいため(同1800円)をよく注文する。ラードを使わないあっさりした優しい味わいで「誰を連れて行ってもいい。うちの小さな孫でも食べられる」と家族で行くことが多い。量がたっぷりあるので、大勢で取り分けて楽しむのにぴったりだ。

自家製のお新香もお気に入り。ぬか床は30年前の開業時から使っているもの。店主の落合芳光さんが1日に1回かき混ぜ、ほどよい塩加減になるよう注意を払っている。「僕自身がぬか漬けが好き。そういう人がかき回さないと、ぬかも喜ばないんじゃないでしょうか」と落合さん。演劇公演中は差し入れに持って行くという。