N
ライフコラム
法廷ものがたり

中古マンション売買、苦い後味

2015/7/8

法廷ものがたり

裁判記録をとじた厚いファイルを開き、埋もれた事案に目を向けてみれば、当事者たちの人生や複雑な現代社会の断片が浮かび上がってくる。裁判担当記者の心のアンテナに触れた無名の物語を伝える。

伝えなかったのが悪いのか。確認しなかったのが悪いのか。中古マンションの売買契約が成立した後、水回りなどの「隠れた問題点」を巡って訴訟になった。高齢の売り主も、買い主の若い夫婦も、取引の先に新しい生活を思い描いていたが、双方に苦い後味を残す結果となった。

ある若い夫婦が、東京都心近くに築11年のマンションを購入した。5階建ての4階で、広さは65平方メートル。2人で住むには十分な広さだった。価格は4400万円。JRの駅からほど近く、お買い得に思えた。

夫婦は過去に同じマンションの下の階の部屋を内見し、「いいマンションだけど隣家に近くて圧迫感がある」と購入を見送っていた。インターネット広告で上の階が売りに出ていることに妻が気付き、大手仲介会社に連絡を取った。

担当者がマンションを案内してくれ、立ち会ったオーナーの80代の男性から「ベランダの防水シートが一部切れている」と説明された。「それくらいなら問題ない」と夫婦は購入を決意し、条件面の交渉を経て、契約がまとまった。

待ち望んだマイホームでの生活だったが、問題は引き渡しの当日から現れた。大掃除を始めたところ、洗面台の水が出ない。浴室シャワーの水圧は弱く、浴槽の水もなかなか抜けなかった。夫婦は仲介会社に苦情を伝えた。

流れの悪いトイレ、説明なかった施工ミス

担当者はすぐにリフォーム業者を連れてマンションを訪問した。洗面台は元栓が閉まっていただけ。シャワーの水圧はノズルを交換すれば解決しそうだった。浴槽の排水も「物件の構造によるもので、不自然に遅いわけではない」と説明し、その場は収まった。

数日後、今度はトイレで流したトイレットペーパーがうまく流れずに戻ってきた。何回か試すと数回に1回は同じ現象が起きる。夫が管理組合の総会に出席したところ、マンションの共用部に排水管の逆勾配などの施工ミスがあり、改善工事を巡る施工業者との交渉が暗礁に乗り上げているという。総会では、大規模修繕の修繕積立金が1000万円不足しているという話も出た。

購入時に渡された過去の総会議事録を見てみると、不良箇所の改善工事について「施工業者ともめている」と記載されていた。大規模修繕予定の欄は「協議中」と書かれているだけだった。夫婦は「こんな家に住み続けられない」と仲介会社に契約の白紙撤回を求めた。

「議事録を完全に見落としておりました。誠に申し訳ありません」。面談の席に現れた担当者は開口一番、そうわびた。夫婦に一切の責任がないとも明言した。ところが、日を改めた2回目の面談では「本部と相談したが買い取れない」と態度を硬化させた。夫婦は「会社側が締め付けを強めている」と感じ、訴訟の準備を始めた。

売買代金の全額返還を求めて訴えた相手は、大手仲介会社、売り主の前オーナー、前オーナーが売却の仲介を依頼していた不動産会社の3者。実際の販売手続きは、夫婦側の仲介会社と、前オーナー側の不動産会社との間で行われていた。

仲介会社は、受け取った訴状に対して「夫婦が主張する『隠れた問題点』についての注意義務はなく、仲介業務に欠けるところはない」と争う姿勢を示した。前オーナーは「住んでいて欠陥はなかった。注意義務違反があるなら(夫婦側の)仲介会社だ」と主張。前オーナー側の不動産会社は「夫婦との間で仲介契約を結んでおらず、そもそも説明義務はない」と突っぱねた。

夫は証人尋問で「サラリーマンにとってこの金額の買い物は大きい決断」と強調し、「大事なことは一切教えてもらえず、いざ契約したら明確な損害があるのに自分たちの責任を否定する。私たちのような一般消費者はどうやって身を守ればいいのでしょうか」と訴えた。

老人ホーム入居の前オーナー、「円満な解決」優先

3者の中で最も旗色が悪かったのは、訴訟前の面談で一度は謝罪していた仲介会社だった。前オーナーも、夫婦が主張する「問題点」を「物件状況報告書」作成時に申告していなかったという点で苦しかった。両者は裁判の途中で和解に応じ、仲介会社が100万円、前オーナーが150万円をそれぞれ支払うことで合意した。

前オーナー側の不動産会社との争いは判決にまでもつれ込んだ。東京地裁は、トイレの排水や共用部の施工ミスについて「そもそも欠陥と言えるか疑問だが、仮に欠陥だとしても仲介した不動産会社が当然に調査、説明義務を負うものではない」として請求を棄却した。夫婦は控訴せず、判決は確定した。

前オーナーの男性は80代、妻は70代。マンションを売ったのは老人ホームの入居費用に充てるためだった。ホームでの平穏な暮らしが始まった直後に突然訴状を受け取り、慌てて自治体の無料法律相談に駆け込んだ。

裁判では当初こそ争う姿勢を示したが、まもなく「法的な立場はともかく円満な解決を図りたいので和解案を提示してほしい」と裁判所に求めた。前オーナーの男性は訴えられてから血圧が上昇し、投薬治療を受けるようになっていたという。

(社会部 山田薫)

注目記事