育休への不安や周囲の不満、代替要員の配置で解消
育児休暇が定着する一方で、仕事を肩代わりする人の不公平感が生じている。2014年の出生率は9年ぶりに低下したが、少子化対策として育休の重要性は大きい。企業や自治体には代替要員の配置で不満を抑え、育休を取りやすくする動きが広がっている。
「周りに迷惑をかける不安はあったが、代替の人がいたおかげで安心して育休に入れた」。三井住友海上火災保険で法人向け営業や事務を手掛ける田岡美緒さん(30)は14年4月から産休・育休を取った。休みに入る2週間前に40代の経験豊富な社員が代替要員として登場。ともに営業先へのあいさつや書類の引き継ぎをした。田岡さんは「お客さんも担当が代わると不安だが、直接会って話をすれば安心する」と話す。
育休から復帰した今も代替要員は残っている。田岡さんの短時間勤務が終わるまで続く予定で、育児をする社員と職場の双方の負担を軽くしている。同社は07年度に現在の制度を導入した。以前から代替はあったものの、産休に入る際に配置していた。人事部企画チームの笠原直子課長(45)によると「引き継ぎが十分にできず、周りの社員には負担だった。そこで早めに置くことにした」。
妊娠した社員が上司に報告し、人事と相談して早ければ妊娠5カ月目から代替要員を置く。復職後に短時間勤務なら、その終了時まで、フルタイム勤務なら6カ月まで配置できる。代替要員は原則、正社員を充てるなど他社と比べて手厚い。
年初には社員の退職や産休・育休取得に備えて多めの人数を割り振る。産休・育休が重なって足りなくなれば、余裕がある人員を配置転換する。「それでも埋められない場合、パートや派遣社員を雇用する」(笠原さん)
制度を導入した効果は出ている。06年度に77人だった育休取得者は14年度には315人に増えた。女性社員の復職も、しやすくなった。「出産を機に一度は退職を考えたが、制度を知って復帰することにした」と田岡さん。「2人目の子どもも考えている」という。
代替要員を置くのは大企業だけとは限らない。北九州市にある建築業のゼムケンサービスは社員9人の中小企業ながら、育休の代替要員の配置を掲げる。籠田淳子社長(49)は「制度を変えるのに時間がかかる大企業より、中小企業はいろんな施策を打ち出しやすい」と話す。同社はワークシェアリングにも積極的だ。
支援策は籠田社長の体験から生まれた。社長に就任した際、子どもは3カ月。育休をとれず、乳飲み子を抱えながら仕事をせざるを得なかった。このため社員だけでなく家族にまで目を配る必要を感じた。「小さな工務店では昔からおかみさんが会社を支えてきた。女性の果たす役割は大きい」と籠田さんは考える。
女性が働きやすい環境作りはビジネスに結びつく。同社は12年に女性の建築デザインチームを結成した。女性の視点を生かした売り方や設計、施工を打ち出し、ケーキ店といった女性が多く利用する施設の依頼が舞い込む。
これまで女性の活躍が遅れていた業種でも改革が進む。神戸製鋼所はあらかじめ代替要員を見込んで採用を積み増し、職場の負担を和らげる。16年度の総合職の新卒採用は140人が適正のところ、育休取得者のカバー要員15人を上積みし、155人採用する予定だ。「女性社員から安心して休めないとの意見があったほか、上司から代替要員の配置を求める声が多かった」(広報グループ)という。
同社は16年度の新卒採用で総合職の女性比率を2倍にする。総合職の女性比率を事務系は30%、技術系で10%と見込む。急速に女性の採用を進めるため、代替要員の重要性は大きい。
愛知県は16年春の県職員採用に育休取得者の代替要員を見込む。これまでは臨時職員で対応してきたが、段階的に正規職員に切り替える。「臨時職員の場合、仕事を覚えても期限がくればいなくなる」(人事委員会)。最近は女性の新規採用が増えているうえ、男性の育休取得者が増える見込み。大村秀章知事は4月の会見で「職場の戦力低下を招かないよう、代替要員を確保していく必要がある」と話した。
岡山市は今年、代替要員として臨時職員のほかに任期付職員を採用した。「事務補助は臨時職員を充てやすいが、技術職や専門職では対応が難しかった」(人事課)ためだ。
ただ、多くの企業は「代替を制度として導入しておらず、現場の判断でフォローしているのが現状」(建設業大手)だろう。制度の変更には時間がかかるうえ、人件費などのコストがかさむ。
第一生命経済研究所の上席主任研究員の宮木由貴子さんは「業務内容によっては代替できない例もある。残された社員の業務配分や、負荷が多い人に配慮するのが重要だ」と話す。育児に理解のある「イクボス」や仕事しながら子育てする人を評価しても、実際に育休取得者の穴を埋める人間が褒められないのでは、やる気をそぐ。宮木さんは「育休を取る人は上司だけでなく、不在中の業務をカバーする同僚や部下への気配りが必要」と指摘する。
(田中裕介)
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