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朝・夕刊の「W」

津村紀三子 能楽、女性禁制のカベと戦う ヒロインは強し(木内昇)

2015/6/14

たとえば、女性の運転は危ない、はたまた、女性鮨職人は違和感がある、などと言われることがある。いずれも「そんな気がする」程度のことで、さしたる根拠はない。事実、巧みなドライビングテクニックを持った女性も、優れた女性鮨職人もいる。ただし語られる対象が、歌舞伎や能のような伝統芸能である場合、話は少し難しくなる。

イラストレーション・山口はるみ ■芸術一家の末っ子 1902~74年。兵庫県明石市に生まれる。実家はネル・綿布商。6人兄弟の末っ子で、兄姉とも謡曲や演劇、日本画をたしなむ芸術一家に育つ。22歳のとき京城(ソウル)で緑泉会を発足。国内外での公演を重ねる。同じ頃、ふたりの姉や母、師匠の山階徳次郎を立て続けに亡くすが、紀三子は婦人能を盛り上げるべく尽力し続けた。42歳のとき、一回り年下の大内正美と結婚。東京郊外の小金井に稽古場を設ける。

津村紀三子は、女性能楽師の草分けだ。三歳から日本舞踊を習い、十三歳で観世流シテ方・山階徳次郎に弟子入りした。女性が能舞台に立つことがかなわなかった大正初期に、能の奥深さに感銘を受けた紀三子は脇目もふらず研鑽を重ねる。小柄な身体に見合わぬバイタリティで能の道を切り開いていくのだ。

当時、能を習う女性は少なからずいたが、多くは良家の娘の手習いとしてだった。反して紀三子の実家は裕福とは言えず、生活のために、生徒を集めて謡や仕舞を教えながらの修業となった。だが一廉の「先生」にはなれても、舞台に立つことはままならない。女に着せるわけにはいかないと能装束を貸してもらえない。面をつけずに舞う直面(ひためん)は女性がやるべきではないと一刀両断。といって顔の小さな彼女にサイズの合う面はない。新たに作ろうにも、請け負う職人もなく、自身も先立つものがない。八方塞がりとはこのことである。

能楽協会では大正十一年、女性に演能を許すか否か話し合いを持っている。これも結果、決定は保留となった。やっと公演が決まっても出演してくれる囃子方がなく、ほうぼう駆け回っての膝詰め談判でようやく小鼓方に了承をとりつけ、徹夜で合わせてなんとか本番まで漕ぎ着けたところで、装束を借りる約束をしていた先から断りの電話が入る、といった、聞くだけでもドッと疲れる災難にも再三見舞われた。

このとき、紀三子が舞台で語った言葉がある。

「なぜ私が能を演じようとすると、こうまで障害が多いのでしょう。他の芸術の分野では女性の進出が当たり前になってきているのに、能の世界だけがなぜ女性を締め出し、可能性の芽まで摘み取ってしまおうとするのでしょうか」

能の世界には大切に守ってきた流儀がある。だから一概に紀三子の言を肯んずることは難しい。ただ、心から魅入られ真摯に取り組んできたことが、その芸の質ではなく性別によって断たれる無念は、察するに余りある。

しかしその障害ゆえ彼女は、演じる上で何より尊い「型」にまっすぐ向き合えたのではないか。女性を演じる鬘物(かずらもの)も、弁慶のように男性を演ずるにも、性別という垣根、さらには自身をも捨て去って、型を重んじ、純粋に身の内に役を取り込むしかないと気付けたのではないだろうか。

写真を見ると、若い頃可憐だったその容貌は、歳を取るごとに凄みを増している。苦労からくる年輪というより、舞台を通して多くの役を憑依させたがゆえの凄みに、私には見える。

[日本経済新聞朝刊女性面2015年6月13日付]

木内 昇(きうち・のぼり) 67年東京生まれ。作家。著書に「茗荷谷の猫」「漂砂のうたう」(直木賞)「笑い三年、泣き三月。」「ある男」など。

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