今年こそ水虫にさよなら 治療をめぐる5つの誤解
はだしで過ごす場所に水虫あり
「お父さんの水虫、うつっちゃったじゃない!」
夏が近づくと聞こえてくる家族の怒りの声。風邪ならここまで罵倒されずに済むのに、水虫となると話は別だ。水虫は数ある身近な病気の中でも、特にうつされたくない感染症の一つといえるかもしれない。
水虫は、白癬(はくせん)菌というカビ(真菌)の一種が、皮膚の角質層に感染して起こる病気だ。足にできる水虫を足白癬、爪の中に入り込んだものを爪白癬という。感染すると、足の裏に小さな水ぶくれができたり、足の指の間の皮がふやけたりする(表1)。
白癬菌が足に付着しやすい場所は、大勢の人がはだしで利用するプールや温泉、スポーツジムなど。床に落ちた菌を踏んで、足についたまま1日も放置すれば、感染する可能性がある。
続いて起こるのが、家庭への"お持ち帰り"である。菌を踏んで家まで持ち帰った人が、家中に菌をデリバリーして家族が感染し、症状が出始めて「犯人」がののしられる――という図式だ。
水虫が好むのは「高温多湿」、だから働き盛りの男性の足が狙われる
水虫は梅雨時から夏にかけて流行するが、なぜ夏なのか、常深氏に聞いてみた。
「白癬菌はカビの一種なので、お風呂のカビと同様、気温と湿度が上がると繁殖スピードが速くなります。だからといって、水虫に感染するのは夏だけではなく、実は一年中起こります。ただ、冬は、感染しても菌の活動性が低く、症状が現れないのです。元々、水虫に悩む人は菌を一年中ずっと持っていて、梅雨のころから症状が出て、秋に治ったと思ったら、また翌年の夏に同じ菌が活動を始めて症状が出てくる――というサイクルを延々と繰り返しています」
水虫は、小学生でも感染するが、圧倒的に多いのは働き盛りの男性だ。年齢と共に増加して、50代あたりがピークとなり、60~70代には減り始める。リタイアする位の年齢で症状が出なくなる理由は、「靴をはく時間が減るから」(常深氏)。つまり、1日中靴で過ごす生活が、ビジネスパーソンの水虫を増やしているといえるだろう。
こんなにある! 誤解が生む、水虫ケアのNG例
近年は、医療機関で処方される水虫の薬(抗真菌薬)と同じ成分を含む市販薬を、薬局でも手軽に入手できるようになった。そのため、医師に診てもらわずにセルフケアで乗り切ろうとする人も多い。だが、「水虫の薬の使い方には誤解が多く、それがもとでなかなか完治しない人が多い」と常深氏は指摘する。以下に代表的なNG例を紹介しよう。
NG例【1】 治りきる前に外用薬をやめて、菌が復活する
水虫治療に用いる抗真菌薬の塗り薬(表2)は、菌を殺す薬ではなく、菌の増殖を止める薬だ。菌がいる古い角質が新しい細胞に押し出され、垢になって落ちていく、この期間、菌の増殖を止めれば菌はすべて押し出される。しかし、角質が落ちるまでの期間は1~2カ月と長いので、完全に症状が消えてからも1~2カ月は塗り続けなければならない。かなり良くなったからといって、症状が残っているうちに中止するのはもちろん、きれいになってもすぐに中止すると、菌の増殖が再開し、元に戻ってしまう。薬は中途半端にやめず、1~2カ月きちんと塗りきることだ。
形状 | 一般名 | 商品名 | 特徴 |
外用薬 | ルリコナゾール | ルリコン | クリーム、軟膏、液体など塗り心地の違うタイプがある。医師と相談の上で決めるとよい。指の間がジュクジュクしている場合は、軟膏剤(ラノコナゾール、ルリコナゾール、ネチコナゾール等)が適している |
ラノコナゾール※ | アスタットほか | ||
ネチコナゾール | アトラント | ||
アモロルフィン※ | ペキロン | ||
テルビナフィン※ | ラミシールほか | ||
リラナフタート | ゼフナート | ||
ブテナフィン※ | メンタックス、ボレーほか | ||
エフィナコナゾール | クレナフィン | 2014年発売の、爪白癬に対する唯一の外用薬。軽症の場合に用いる | |
経口薬 | テルビナフィン | ラミシールほか | 爪白癬のための経口薬は2種類が発売されている(2015年4月現在)。肝機能障害や血球減少などの副作用は、世間で思われているほど多くない |
イトラコナゾール | イトリゾールほか |
NG例【2】 外用薬の塗り方が不十分である
通常、薬は症状がある部分に塗るものだが、「水虫の場合、それだけでは足りない」と常深氏は指摘する。それでは、どこまで塗ればよいのだろうか。
「菌が多いのは、症状がある場所です。しかし、他の場所に菌がいないわけではありません。塗り残せば生き残った菌が増殖しますから、指の間、足の裏、土踏まず、かかとまで、くまなく塗るとよいでしょう」。毎年繰り返す人や、どこまで塗ればいいか迷う人は、足首の下全体に塗っても構わない。1日1回、塗り残しのないよう注意しよう。
薬局で買える市販薬も成分自体は良いので、正しく使えば問題ない。ただし、市販薬は手軽に買える半面、1本2000円前後と高いのが難点だ。塗る量をケチったがために長引いてしまっては元も子もない。一度は病院を受診して、正しい診断と指導を受けた方が、完治への近道といえるだろう。
NG例【3】他の病気を治さないまま、水虫の薬を塗って悪化する
水ぶくれがつぶれてジュクジュクしている、ふやけて擦り切れている、など、弱った皮膚に抗真菌薬を塗ると、水虫への効果以前に、皮膚への刺激で悪化してしまう。これもよくあるNG例だ。この場合は、かぶれや湿疹など、水虫以外の病気を先に治すことが先決。湿疹ならステロイド薬の外用、化膿しているなら抗菌薬を服用して、きちんと治してから水虫治療に入るべきで、そうした判断は素人には不可能。皮膚科専門医による見極めが必要だ。
NG例【4】 自己判断で抗真菌薬を塗ってしまい、検査で菌が見つからなくなる
白癬菌を減らす抗真菌薬は、効果が高いだけに落とし穴もある。水虫を診断するには顕微鏡検査で菌を探す必要があるが、医療機関で検査を受ける前に抗真菌薬を使ってしまうと、菌の増殖が抑えられるので、顕微鏡で菌が見つかりにくくなってしまうのだ。
そうすると、いくら水虫の疑いがあっても「証拠」がなく、他の病気の可能性も残るため(水虫そっくりの皮膚病はたくさんある)、医師は抗真菌薬を使うことができず、再検査まで1カ月ほど待たなければならない。市販薬を使ったがために菌の発見が遅れ、治療開始も遅れる、ということのないよう、見切り発車で薬を塗る前に、まずは受診してきちんと検査を受けることをおすすめする。
NG例【5】 かゆいから水虫だと思い込み、薬を塗って悪化する
「足の裏の皮がむけてかゆい=水虫に違いない」と思う人が多い。テレビのCMを見ても、いかにも水虫はかゆいというイメージが強いが、実は、かゆくなるのは水虫の約1割にすぎない。かゆい病気の代表は湿疹で、かゆいならむしろ水虫ではない可能性が高いのだという。
抗真菌薬は、自己判断で水虫ではない皮膚に塗れば、良くならないばかりか、悪化することもあるから要注意だ。「よくあるのは、良くならないからといって、ムキになって市販の抗真菌薬を塗り続けて悪化するパターンです。まさか薬で悪化するとは思わないのでしょう」(常深氏)。悪化すれば、最初はわずかだった病変が、足の甲まで広がってしまう。耐えかねて受診する頃には「よくここまで塗りましたね…」と医師も驚く状態になりかねない。
なお、水虫に悩む人にお勧めしたいのが、5本指ソックスだ。「その効果は顕著です」と常深氏も太鼓判を押すほど。皮膚の病気全般に言えることだが、指の間や脇の下のように密着した部分は湿度が高く、皮膚同士がこすれるため、湿疹であれ何であれなかなか治らない。皮膚と皮膚を引き離す5本指ソックスは確実に効果があるというから、ぜひ試してみたい。また、可能であれば、デスクワークの際はサンダルを履くなど、通気性を良くすることもポイントだ。
リタイア時期から目立ち始める「爪白癬」には経口薬が効く
足の皮膚にできる水虫の発症年齢は50代あたりがピークで、リタイアして一日中靴を履かなくなると、徐々に症状が軽くなっていく。それに対し、リタイア前後を境に目立つのが、爪の水虫、「爪白癬」である。長い間、足の水虫を繰り返しているうち、爪に白癬菌が入り込んで爪白癬となり、皮膚の水虫が治った後も残るからだ。
外用薬で治る皮膚の水虫とは異なり、爪白癬治療の基本は経口薬となる。体の内側から攻めなければ、爪に入り込んだ白癬菌まで薬が行き渡らないからだ。服用期間は、爪が伸びきるまでの半年か、長いと1年程度。ごく軽症なら外用薬(※)でも効果があるが、中等症以上では完治はなかなか難しい。
最近では、爪白癬へのレーザー治療も存在する。常深氏は「ごく軽症であればレーザー治療で治ることもあるのでは」と話す。ただし、外用薬同様、治療した部分にしか効かないので、治療した爪は治っても、他の爪に菌が残っていたりする。しかも、爪白癬へのレーザー治療は自費診療で、一指だけで1万円以上かかることもある。外用薬もレーザーも、経口薬を飲めない人がある程度の改善を目的とするなら良いが、完治を目指すなら、現時点では第一選択ではないようだ。
(※)2014年9月2日、日本で初めて爪白癬に適応を持つ外用の抗真菌薬エフィナコナゾール(商品名クレナフィン、科研製薬)発売
水虫は完治する!
水虫対策の基本は、菌をもつ人自身がしっかり治療を受けることと、再びうつされてないこと、そして周りへの感染を防ぐことだ。対応策は下の表に示した通り、まったく難しいことではない。それでも水虫に悩む人が減らない状況について、常深氏はこう話す。
「水虫は治らない病気だと言われてきましたが、それは患者さん側に多くの誤解があってこじらせてしまうためです。また、治療する側も、正確な情報を伝えたり、的確な指導をしていない医師が多いのも事実です。根気よく正しく治療すれば、水虫は完治します。治療には数カ月かかりますが、自己流の対処でこじらせる前に、専門医のいる医療機関を受診してください」。
(田中美香=医療ジャーナリスト)
常深祐一郎(つねみゆういちろう)
東京女子医科大学皮膚科学教室准教授
1999年東京大学医学部卒業。東京大学医学部附属病院、国立国際医療センター(現・国立国際医療研究センター)皮膚科で研修後、東大皮膚科医員、助教を経て、2010年東京女子医科大学皮膚科講師、14年から現職。
専門は、皮膚真菌症、乾癬、アトピー性皮膚炎、角化症。日本皮膚科学会認定専門医、日本医真菌学会認定医真菌専門医。著書に『毎日診ている皮膚真菌症 ちゃんと診断・治療できていますか?』(10年南山堂)ほか。
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