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ノット指揮東京交響楽団のブルックナー「交響曲第7番」 沸き立つ意外性のライブ

2015/6/12

 「ドイツ人よりもドイツ的」と自負する英国人指揮者ジョナサン・ノット(52)が東京交響楽団の音楽監督に就任して2年目。ケンブリッジ大学出の秀才肌と思いきや、「なかなかの不良ですよ」と関係者が評するほど、ライブでは楽団員の自発性を引き出し、意外性のある演奏を繰り広げる。長年ドイツで実績を積み、ドイツ=オーストリア音楽を得意とするノットが6日、リヒャルト・シュトラウスの「メタモルフォーゼン」とブルックナーの「交響曲第7番」を指揮し、またもや既成概念にとらわれない強烈な個性を印象づけた。

ブルックナーの「交響曲第7番」で東京交響楽団を指揮するジョナサン・ノット(6月6日、東京都港区のサントリーホール)=写真 青柳 聡、提供 東京交響楽団

 「オーケストラを完全に管理下に置きながら、同時に各楽団員が非常に自由に演奏できなければならない」。3月に都内ホテルで会ったとき、ノットはこう語った。ムラヴィンスキーやカラヤンのように厳格な管理で一糸乱れない統率をする指揮者は古今たくさんいる。これに対しノットは「(管理と自由という)相反する二つを同時に実現させる」と主張し、楽団員から本番で自発性や即興性をも引き出そうとする。よほど全員が個人技に自信満々のオーケストラでないと普通はできない芸当だ。その理想の高みに一歩ずつ近づけていったのが、過去1年間のノットの“ライブ・イン・ジャパン”での真骨頂といえるだろう。

 特に手応えのあった公演を聞くと、昨年12月のブルックナーの「交響曲第3番ニ短調『ワーグナー』(1873年第1稿)」を挙げた。「楽譜通りにきちんと演奏すれば成果の出るマーラーの交響曲とは訳が違う。こぢんまりときれいにまとめてはいけない。音を引っ張って非常にゆっくりした時間の流れを生み出しつつ、筋の通った大きなアーチを描く必要がある。音の伸ばし方と全体のバランス面で東響は期待に応えた」と振り返る。ちなみにワーグナーに献呈された「第3番」の第1稿は、当時のウィーン・フィルハーモニー管弦楽団が「演奏不可能」として初演を見送ったいわく付きだ。インバルやティントナーらの指揮者が録音しているが、マニア受けのするレアな楽譜で上演を試みるところも、規格外のノットらしい。

 冒険好きの英国人魂か、「安全運転ではなく、演奏にリスクを求めたい」と語るノットの東響音楽監督2年目の最初の定期演奏会が6日午後6時、サントリーホール(東京・港)で始まった。1曲目はR・シュトラウスの「メタモルフォーゼン(変容)~23の独奏弦楽器のための習作」。この選曲にもノットの演奏哲学がにじむ。彼が音楽監督として重視するのはソノリティー(音の聞き取りやすさ、明敏な響き)、ライン(各楽団員の演奏が相互乗り入れするようなヨコの流れ)、それにヴィルトゥオージティ(各楽団員の名人芸的で個性的な演奏)の3点。合奏重視でタテ型にテンポを合わせる集団的な日本のオーケストラには、この3点が欠けがちだ。合奏ではなく「23の独奏弦楽器」とわざわざ明記された「メタモルフォーゼン」では、複雑に入り組んだ多声的な響きの明瞭さやヨコの流れ、各楽団員の名人芸ぶりがまさに求められる。

楽譜分析に余念がないノット(3月18日、東京都内のホテルで)

 この日の東響のソロ・コンサートマスターは、独立したバイオリニストとしても人気と実力を兼ね備える大谷康子。今年デビュー40周年の彼女のソロはさすがに光っている。「各奏者の個性をどう出すか。本番での即興性が大事だ」とノットが要求するまでもなく、大谷の熟練技はR・シュトラウスが創造したつる草のような、フローラルでアールヌーボー的ともいえる繊細かつ優美な弦の線を描いていく。ノットは楽団員の自発性を引き出すために、わざと振らない部分もあるといわれるが、「メタモルフォーゼン」に関しては指揮棒なしの手ぶりですべての拍子をくまなく振った。それに大谷の名人芸が加われば、ノットと大谷の2人が統率して引っ張っていく演奏になりそうだが、不思議にそうはならず、各奏者はヨコに相互乗り入れし、柔軟な演奏を繰り広げた。

 この曲の特徴は、23人の奏者による多声的音響が次第に変容して何らかの形を帯びていき、最後にはベートーベンの「交響曲第3番『英雄』」第2楽章の葬送行進曲の旋律が浮かび上がってくることだ。ワーグナーの楽劇「トリスタンとイゾルデ」を思わせるテーマも登場する中で、最後には「葬送」へと変容する皮肉な構成は何を意味するのか。R・シュトラウスのこの作品の完成時「1945年4月」が作曲の背景を物語る。ナチス・ドイツ時代に帝国音楽院総裁の地位にあった彼はこの曲で何を表現したのか。ドイツの滅亡とドイツ音楽史の総括がすぐに思い浮かぶ。反ナチス分子として米国に亡命していたトーマス・マンは同じ時期、長編小説「ファウスト博士」を執筆した。ナチス政権下での境遇は対照的だが、2人のドイツ人芸術家は晩年の両作品をドイツの破滅と重ね合わせて書いている。演奏からは作曲家自らの破滅の予感や諦念も感じられた。

 いよいよ後半はブルックナーの「交響曲第7番ホ長調(ノヴァーク版)」だ。ここでもノットの自由で柔軟な演奏哲学が顕著に出た。これほどゆったりと流れるブルックナーも珍しい。大谷がコンマスを務める弦のアンサンブルが素晴らしい。第1楽章は雄大でも勇壮でもなく、緩やかで穏やかなイメージだ。だがのどかな田園風情とも違う。地の底に巨大な生命体がうごめいている感がある。低音域の弦や金管が息の長いフレーズを奏でると、その巨大な生き物がそこはかとなく滑稽さも漂わせながらゆっくりと胴体を動かすような感覚が生まれる。しかし、その生き物は地上には決して姿を現さず、音響の緩やかな起伏に地の底から影響を与えるだけといった印象を醸し出す。

 白眉は何といっても「とても厳かに、そしてとてもゆっくりと」と指示された長大な第2楽章「アダージョ」である。ノットの指揮は非常に遅いテンポ設定で、時間が止まってしまうのではないかと思わせる箇所もある。「ブルックナー休止」と呼ばれる休止による無音状態の箇所では時間を十分に取り、実に大きなスケールを生み出す。弦の響きの流れが明瞭で美しい。後半のクライマックスで、シンバルの一撃へと向かう場面でもうるさい感じはしない。静寂の中から生まれた森林のざわめきが、満天の星へと羽ばたいていく。旋律ではなく音響空間が広がるおおらかな表現がブルックナーらしい世界を実現している。ふと気が付くと、ノットの目の前に楽譜はなく、暗譜で指揮を続けていた。第2楽章の演奏時間は通常25分程度だが、彼の指揮では30分はかかったのではないか。

 第3楽章「スケルツォ」は一転して速めのテンポで進む。ブルックナーのスケルツォ楽章は鳴らしすぎると野蛮な雰囲気になりがちだが、ノットは派手さや激烈さを避けるように軽快な足取りを忘れない。中間部の「トリオ」も速めのテンポながら、木管が素朴な音色を出し、十分に牧歌的なおどけた雰囲気をつくっていた。楽章全体としてタテ型のテンポ合わせに終始しない自由度の高い演奏によって、柔らかい響きとスムーズな流れを編み出していた。メリハリのあるシャープな演奏で、現代的でもある。

ノットによるR・シュトラウス「メタモルフォーゼン」の楽譜分析のための手書きメモ

 「ブルックナーの音色について言えば、彼には精神的な世界と、理知的で現代音楽のような側面もある。その両面を出す」とノットは話す。「例えば(ブルックナーを得意とした指揮者の)チェリビダッケは、万事ゆっくりと精神世界を強調した演奏だった。しかし僕はそれだけでは物足りない。どうしても彼の現代的でクレージーな部分も出したいと思う」。第3楽章には彼のこうした考え方が音色に反映していた。

 「第7番」は「第8番」や最後の「第9番」と並んでブルックナーの交響曲の中でも屈指の大作である。しかし最後の第4楽章「フィナーレ」が約12分と短く、長大な構成の全曲を総括するには物足りないのが弱点といわれがちだ。しかしノットの指揮では、前半の第1、2楽章にたっぷり時間をかけつつも、第3楽章を軽快かつ迅速に終わらせたため、第4楽章の存在感が増す効果をもたらした。彼の今回の解釈では、確かに重量感はないし、必要もない。だが短さを感じさせず、十分にフィナーレとしてのクライマックスを築くのに成功したといえる。冒頭から穏やかな音楽を心掛けてきただけに、12分程度のフィナーレでも説得力を持つに至るのだ。ブルックナーの意図もゆったりと流れる前半と、第3楽章でのあっという間の場面転換、そして短くても説得性を出せるフィナーレにあったのではないか。

 ノットはフィナーレで金管を思い切り鳴らし、弦のシークエンス(反復進行)も高揚感のある強力なものだった。「音を思い切り出したくても抑える、鳴らさないという姿勢も必要。そうすれば音楽が自然に興ってくる」と語った通り、緩やかで抑えめな前半があったからこそ、フィナーレの強奏が映えた。考えすぎの難しい解釈では、素朴で自然なブルックナーの音楽は失敗する。ノットの熟練はこのワナを回避し、東響の性能を信じて自然体で演奏させる指揮が奏功した。

 ノットは就任して最初の頃、お人よし、ツメが甘いなどと誤解された。実際には楽団や作品に対して先入観を抱かず、柔軟な解釈で指揮をしていたのだ。「東響の演奏技術は非常に高い」と話すように、自然に沸き立つ音楽を目指すノットには高い技術は当然の前提であり、技術の誇示など論外だ。

 2016~17年シーズンにはスイス・ロマンド管弦楽団の音楽監督にも就任する。「若い頃、ドイツ音楽が好きになる前はフランス音楽にはまっていた」と語る。スイス・ロマンドはフランス語圏を代表する名門オーケストラのひとつ。「フランス物も好んで指揮しますよ」。ドイツの古豪バンベルク交響楽団の首席指揮者を長年務めてきた彼は今後、東響とスイスの両輪で走る。ドイツでたたき上げられた英国人カペルマイスターに先入観は禁物だ。

(文化部 池上輝彦)

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