和菓子は男性の必須教養、覚えておきたい6種類

和菓子を単なる「お茶のお供」と思っていたら大間違い。江戸時代、男子には重要な知識であり、コミュニケーションツールだった。そんな和菓子の奥深さに、改めて触れてみる。

和菓子は、「ご馳走(ちそう)」の最たるものです」。

茶人の木村宗慎さんはこう明言する。「和菓子のルーツとは、祭事で神仏に捧げられたもの。懐石料理も、和菓子なくしては完結しません。食事を締めくくる一品として、迎える相手に対する『もてなしの気持ち』を集約するもの。いうなれば、もてなしの席で、最後に加えられる「熨斗紙(のしがみ)」のようなものと、私は思うのです」。

『男重宝記』は江戸時代の男子が日常生活で心得ておくべき教養・教訓が記された本。内容は、菓子のこしらえ方のほか、茶の湯、立花、書状・献立の書き方、言葉遣い、しつけ方など多種多様。元禄6年の初版以降、全6冊が刊行された。(写真 国会図書館)

江戸時代には武士が生き抜くためのたしなみ

和菓子のルーツは、「果物」や祝いの席に欠かせなかった「餅」にあるといわれる。現代のようなデザイン要素が加わったのは、江戸時代中期に砂糖が入手できるようになってから。江戸時代、町民から武士まで広く浸透していた教養本『男重宝記(なんちょうほうき)』には、約250種類もの和菓子と銘が記されている。この頃、和菓子は男子の必須教養だったのだ。

「江戸の町は、各藩の武士でにぎわう男子の社交場でした。茶の湯と同様に、和菓子はそこで生き抜くために必要なたしなみだった。相手の懐具合から教養の深さまでも推し量る手段だったのだと思います」

貴重な砂糖と、限られた素材を使い、日本人は自らの知恵と工夫で和菓子を創作していった。同じ素材・製法でも、色味や季節、銘を変えれば、全く別の菓子に「見立て」ができるのも和菓子の真骨頂である。古いにしえからの行事にちなみ、四季折々の自然をかたどったり、和歌や物語から銘を付けたりして仕上げていく。さらには、菓子の意味合いに沿った滋味あふれる器に盛りつけ、体裁を整えて供することで完成する。小さな和菓子一つに、日本文化が凝縮されているのである。

「和菓子は、豊かさへの憧れを形にしたものです。菓子の美しさは自然のなかにはありません。人の願いのなかにあったものです。貧しい時代に、『この世になき贅沢(ぜいたく)とは何か』を考え、人が知恵を働かせて作り出したものが和菓子だったのではないでしょうか。時には『ハレの日を演出したい』『大切な人と豊かさを分かち合いたい』という、人間の切実な思いと努力が生み出したのです」

和菓子には季節や格がある

客人を迎える際は、もてなす相手にも「ご馳走」と思ってもらいたい。ならば、どんな基準で和菓子を選べばいいのだろうか。

「和菓子には季節や格がありますから、まずそれを知っておくこと」と木村さん。しかし、そこには正解やマニュアルはない。

「進物の場合、日持ちすることにこだわる方がいますが、相手次第では、日持ちしないからこそ尊い場合もある。相手との関係性や、シチュエーションに想像力を膨らませ、自らの目線で選ぶことです。また、自分がお菓子をいただく側になっても、相手がどんな気持ちで選んだかをる慮(おもんぱか)る知識と想像力が求められます」

客を迎えてお菓子を出す際には、菓子切りの類いも添える。黒文字であれば、ぬらすのが正式。

「木地をぬらすのは、清浄であることを演出するため。みずみずしさが残るように、ぬらしたらさっと拭き、菓子器に添えます」

菓子器は余白をつくるためにも、ある程度の大きさが欲しい。黒や赤の塗り盆があると重宝する。

最低限覚えておきたい和菓子の種類

餅菓子(もちがし)
糯米(もちごめ)に砂糖と水を加え混ぜ、蒸してついたり練ったりしたもの。神様に献上する尊い食べ物とされた。米、粟(あわ)、葛などでも作られる。餅は稲作とともに東南アジアから伝わり、平安時代には欠かせない食べ物になった。甘い餅菓子は江戸時代から普及。
きんとん
そぼろにしたこしあんや着色した白あんを、丸めたあんの周りに栗のいがのように一つ一つまぶして作る、柔らかい口溶けの和菓子。小麦粉に砂糖やあんを加えた唐菓子の「こんとん」が由来といわれる。関東では、茶巾絞りの和菓子を指す場合もある。
饅頭(まんじゅう)
小麦粉をこねて蒸籠(せいろう)で蒸したもの。中国の饅頭(まんとう)が伝来したといわれる。一説には、鎌倉時代の禅僧・聖一国師が中国から酒饅頭の製法を伝えたとも。室町時代に砂糖饅頭ができるまでは、塩味や味噌味が一般的だった。
こなし
白あんに小麦粉や上用粉などを加えて蒸し、熱いうちに砂糖を加えながらもみ込んだ生地、またはあんをいう。京都を中心に関西で作られ、練り切りと同じく、上生菓子(茶席、おもてなしや贈答品に使われる菓子)を作る生地として活用。
羊羹(ようかん)
現在は寒天を溶かし、あんと砂糖を加えて練った練り羊羹が主流。17世紀半ばに寒天が製造されるまでは、葛や小麦粉を使った蒸し羊羹だった。ルーツは中国の点心「羊の羹(あつもの=スープ)」で、肉の代わりに小豆を使い、変化したものといわれる。
練り切り
上生菓子の素材の一つで、白あんにみじん粉やぎゅうひなどのつなぎを加え、練り上げて作る。季節や用途に合わせてさまざまに成形し、上生菓子に仕上げる。山芋を使った薯蕷(じょうよ)練り切りもある。関西はこなしが主流となるが、関東は練り切りが多い。

この人に聞きました

茶人 木村宗慎さん
1976年生まれ。少年期から茶道を学び、97年に茶道『芳心会』を設立。京都と東京で教室を主宰する。執筆活動や、雑誌、テレビ、イベントでも活躍。著書に『利休入門』(新潮社)『千利休の功罪。』(CCCメディアハウス)など。『一日一菓』(新潮社)は和菓子と器に見とれる1冊。

(ライター 辻 啓子)

[日経おとなのOFF 2015年4月号の記事を再構成]