松阪牛、「特産」先細りに危機感 発祥の地をゆく
日本一の銘柄和牛とされる「松阪牛(まつさかうし)」。その中でも兵庫県但馬・淡路産の子牛を900日以上長期肥育した松阪牛は「特産松阪牛」と呼ばれるのをご存じだろうか。「匠(たくみ)」といわれる牛飼いたちが一頭一頭手塩にかけ、現在のトップブランドの地位を築いた「特産松阪牛」だが、松阪牛全体に占める「特産」の比率は年々減少している。「特産」の先細りは、松阪牛のブランド力を揺るがしかねない深刻な課題だ。大きな変革期を迎えつつあるなかで、和牛の原風景が残る「松阪牛発祥の地」を訪れた。
スキンシップを大事に
三重県松阪市の中心部から車で30分。山あいにある同市飯南町深野地区は、明治時代から牛の肥育が盛んで「松阪牛発祥の地」と呼ばれている。
深野地区には「日本棚田百選」の一つにも選ばれた約500枚の棚田が広がる。棚田や茶畑の間を縫うように、つづら折りの坂道を上っていくと、棚田を見下ろす一角に、肥育農家の森本武治さん(68)の牛舎がある。標高約350メートルの山間地とあって夏は涼しく、恵まれた気候と滋養豊かな谷川の天然水は、肉質の良い牛を育てるには最適な条件だ。
森本さんは肥育農家の三代目。兵庫県北部の但馬産で未出産の雌牛を900日以上育てるという、祖父の代からの伝統的な肥育法をかたくなに守り続けている。
朝7時、森本さんの1日は自宅前の牛舎で10頭の牛に声をかけることから始まる。一頭一頭を触り、健康状態を確かめる。エサは麦と大豆、ふすまなどを独自に配合したもので、昼間には間食のワラを与える。夏バテで餌を食べなくなると食欲を増進させるためにビールを飲ませたり、背中に焼酎をかけてマッサージをしたりもする。
牛とのスキンシップを大事に、家族のように大切に育てる伝統が130年間も受け継がれてきた。「頭数は少ないが、じいさん、親父から独自の考えを受け継ぎ、伝統の肥育法にこだわり続けて今日まできた。これまでクレームもなく『今のままの肥育法でがんばってや』と肉屋からも言葉をもらっている」と森本さんは語る。特産松阪牛の最大の特徴は、見事な霜降りというよりも手で触っただけで溶けてしまうという良質の脂にあるという。「但馬産の牛は肉質がきめ細かい。目に見えない細かい霜降りがあるので独特の脂のうま味がある。焼いても炊いても肉の甘い香りが出てくるのが特長だ。うま味は但馬産牛の持って生まれた血統的なものではないか」
そもそも松阪牛のルーツは、和歌山で調教された但馬産の子牛を家畜商が田畑を耕す役牛としてこの地域に連れてきたものだ。深野では50年前まで、現役の役牛がいた。かつては3~4年働いて引退した牛を、約1年かけて肉牛に育て、出荷していた。
牛肉食が一般化する明治以降は、肉用肥育に移行。良質の牛の産地として県外に出荷するようになり、牛を歩かせて東京へ運ぶこともあったという。昭和に入るころには、深野をはじめ松阪近郊からは毎年7000頭を県外に出荷するまでになっていった。
1935年の博覧会で注目
松阪牛がブランド牛として不動の地位を築くきっかけになったのは、1935年(昭和10年)に東京芝浦で開催された「全国肉用畜産博覧会」。深野産の肉牛が、神戸牛や近江牛と競って名誉賞を獲得し、一躍、注目を集めるようになった。1958年(昭和33年)に肥育農家や精肉業者らが松阪肉牛協会を発足し、行政も加わって東京へ本格的に進出。トップブランドに育て上げた。
松阪牛といえば、一般に理解されている定義では「但馬産の黒毛和種で未出産の雌牛を雲出川から宮川までの松阪近郊の区域で3年間肥育したもの」。そう認識している食通は多いだろう。だが、実は現在の松阪牛には「特産松阪牛」と「松阪牛」の区別がある。
現在、松阪牛とされる牛はすべて「松阪牛個体識別管理システム」に登録され、三重県松阪食肉公社のホームページで検索すると出生地や肥育地などがわかる。システムはBSE問題や食肉偽装事件が起きたのを機に2002年に導入された。
それまで松阪牛の定義は、3つの認定団体で異なっていたが、システム導入にあたり定義を一本化。「黒毛和種の未出産の雌で最長で最終の肥育地が松阪市周辺の旧22市町村」と定められ、その際、兵庫県産子牛を生産区域で900日以上育てた牛は「特産松阪牛」とされ、通常の松阪牛とは区別されるようになった。
今年1月、松阪牛が米国に初めて輸出され、現地のバイヤーらに向け試食会が開かれた。国内市場の縮小が見込まれる中で、海外に販路を開拓しようという取り組みで、このとき、米国に輸出されたのは特産松阪牛だ。
「日本の肥育農家の情熱と伝統文化を守る思いのこもった松阪肉の魅力を感じていただきたい」。米フロリダ州オーランドで開かれた松阪牛のプロモーションで、松阪牛協議会会長の山中光茂・松阪市長はこう呼びかけた。試食会では焼き肉やステーキがふるまわれ「本物の和牛の味を知った」と好評を得たという。
肥育法の二極化が背景に
現在の松阪牛の地位を築いた特産松阪牛だが、14年度に出荷された松阪牛(6951頭)のうち、特産松阪牛は3.4%にすぎず、その比率は年々減少している。
背景にあるのは肥育法の二極化である。特産松阪牛を育ててきた匠と呼ばれる肥育農家が減少する一方、台頭してきたのが短期間で体重が増える血統の子牛を多く飼う多頭肥育の経営だ。
松阪牛の肥育農家は04年度の138軒をピークに14年度は106軒まで減少した。高齢で廃業した農家も多い。かつて農家約80戸が500頭以上を育てていた深野地区でも、高齢化や後継者不足で残るのは5戸だけ。肥育する牛は計20頭ほどにまで減少した。
ところが肥育農家数は減ったものの、他地域からの新規参入組を中心に多頭肥育が増えたため、14年度の肥育頭数は1万1080頭と01年度に比べ4倍になった。いま、子牛のうち兵庫県産は1割ほど。最も多いのは宮崎県産で、成長が早く飼料代を抑えられるため、利幅も大きいという。
「出荷月齢が900日以上と決まっているのは特産松阪牛だけ。特産の出荷月齢は平均41カ月だが、特産ではない松阪牛に比べると10カ月も長く飼う必要があり、それだけ餌代などにコストはかかる」(松阪市農水振興課)。そうした事情が伝統的な但馬牛(兵庫県産)の長期肥育離れを招き、特産の先細りにつながっている。
もちろん特産以外の松阪牛だからといって品質が劣るわけではない。日本食肉格付協会の格付けでは、特産より特産以外の松阪牛のほうが高い格付けになる割合が多い。しかし、東京都内の牛肉大手卸売問屋の担当者は「やはり昔からの純但馬産の特産松阪牛と比べると、特産以外の松阪牛は脂質ではかなわない。昔に比べ甘みが減り、正直売りにくくなってきている」と打ち明ける。
伝統の飼育法を守り、特産松阪牛だけを肥育してきた肥育農家の森本さんは「本来の但馬産の味が幻になった時、先人が築き上げてきたトップの地位を守れるか」と心配する。松阪市は特産松阪牛の肥育農家の認定など知恵を絞るが決め手を欠く。特産松阪牛がいてこその松阪牛。トップブランドを守る次の一手が急がれる。
(津支局長 岡本憲明)
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