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日産自動車、社内ママサークルの声が生んだ「さく乳室」

2015/6/25

日経DUAL

産後1年半以内に職場復帰をした人の半数が母乳育児を続け、職場でさく乳する人の6割がトイレでしているそうです(メデラ社の調査結果)。そんななか、2009年と早い時期から専用のさく乳室を導入しているのが日産自動車です。女性社員約1900人のうち600人がワーママで、産後の復帰率はほぼ100%。さく乳室が誕生した背景には、25年前から活動を続ける社内サークル「ワーキングマザーの会」の存在がありました。この会の世話役を務めていたダイバーシティディベロップメントオフィス室長の小林千恵さんをインタビューしました。

日経DUAL編集部 日産自動車では、2009年の横浜市へのグローバル本社移転と同時にさく乳室が設置されたそうですが、日本企業での導入がなかなか進まないなかではかなり早いほうではないですか。

小林千恵さん(以下、敬称略) そうですね。本社移転の計画が社員の耳に入ったのが移転の5年くらい前。前の銀座本社にはさく乳室が無かったので、移転をするならぜひつくってもらいたいと、「ワーキングマザーの会」の会員達の意見をまとめ始め、移転前に新本社プロジェクトの部長に「保育所、さく乳室、学童」の3つを設置してほしいと要望を伝えました。

―― ワーキングマザーの会とは何ですか。

小林 25年ほど前から活動している社内の自主サークルです。現在は300人ほどが在籍しています。

結局、本社移転と同時に実現したのはさく乳室だけで、13年1月に社内保育所「まーちらんど」が開設しましたが、学童はまだ実現していません。

■トイレでのさく乳、女性社員からクレームも

―― 本社移転前、授乳中の社員はどのようにして乗り切っていたのでしょうか。

小林 現在は子供が2歳になる年の4月末まで育休が取れるので、断乳か卒乳をしてから復職する人も多いですが、10年前は育休が最長で1年だったので、子供が1歳未満で復帰する人が多く、今以上にさく乳室のニーズが高い時代でした。

当時、さく乳の際には社内の医務室を利用することになっていましたが、ベッドの空き状況を事前に確認する必要があるなど不便でした。カーテン1枚で隔てた隣のベッドに誰かが休んでいると思うと気が引けますし。

―― 毎日のことなのにそのたびにアポを取るのも不便だし、何かと気を使いますね。

小林 私自身も上の子のときは産後半年、下の子のときは3カ月で復帰しましたが、医務室を利用しづらく、わざわざ利用者が少ない役員フロアのトイレまで行ってさく乳をしていました。

―― 生後3カ月ならさく乳も頻回ですよね。搾った母乳はどうしていたのですか。

小林 上の子のときは1日に1~2回のさく乳だけで済み、その都度捨てていましたが、下の子のときは復帰が早くて母乳がよく出たので3時間おきのさく乳が必要でした。ちょうど通っていた認証保育園が冷凍母乳を受け入れてくれたので、さく乳したものを役員秘書に頼んで役員冷蔵庫に保管させてもらい、持ち帰っていました。

ワーキングマザーの会のメンバーのなかには、トイレでこっそりさく乳をしていたところ「生臭いからやめて」と言われた人もいたそうです。同性にもそう言われるというのに、ましてや男性の上司には到底理解されないだろうと相談できない人は多いですよね。皆さん、さく乳には苦労していました。

そこで、メンバーにアンケートを取ってさく乳室に必要なものを聞きだし、母乳を保管する冷凍庫、さく乳器を洗うためのシンクを新本社プロジェクト部長にリクエストしたんです。

多種多様な人が活躍できる環境を推進するための、当社のダイバーシティディベロップメントオフィスができたのが04年10月。さく乳室の要望を受け入れてもらえたのはそれよりも前のことです。今思えば、一人ひとりの価値観や多様性を尊重する土壌があったのかもしれません。

■さく乳に限らず、つわり、生理中に休める場としても利用可能

―― さく乳室は今、どのくらいの利用があるのですか。

小林 現在、5~10人の社員が利用しています。復帰直後は頻回のさく乳が必要になることも多いので、年度始めはやはり利用者が増えますね。2席あり、さく乳だけでなく、妊娠中や生理中の女性が体を休める部屋にもなっています。昼休みが比較的混み合うため、ウェブで予約できるようにしてほしいとのリクエストもあるなど、改善点は検討していきたいと思っています。

約2000人が勤務するグローバル本社内に設置されていますが、他の事業所や工場でも当然、希望の声があります。隣のビルや離れた場所にあっても使いづらく、仕事場のすぐ近くに備えないと意味がありません。敷地の広い工場や研究所などでは何カ所も設置する必要があるため、まだ導入には至っていませんが、これは今後の課題と考えています。

―― 設置に当たっては社内に賛否両論あったと思います。日本全体で見ても必要か不要かは意見が分かれるところですが、そのことについてどう思われますか。

小林 さく乳はトイレに行くのと同じように、ごく自然な生理現象の一つですよね。乳房の張りをそのままにしておけば乳腺炎になって高熱が出ることもあります。よく、「喫煙所があるんだからさく乳室もつくるべき」とか、逆に「喫煙所も無いんだからさく乳室だけつくるのはおかしい」という意見がありますが、そもそも、タバコを吸う・吸わないという趣味嗜好と、さく乳を同列に語るのが間違いだと思っています。

さく乳室は小部屋と椅子、冷凍庫、洗面所と、比較的コストをかけずに準備ができます。スペースや予算の都合など、もし企業側にさく乳室をつくれない事情があるなら、育休を2年しっかり取って断乳してから復職するように働きかけるべきであり、早期の復帰を促すなど女性の社会進出、労働力に期待をするのなら、さく乳室とセットで考えるべきだと思います。

―― たとえさく乳室があったとしても、1日に何度も席を離れるのは「さぼっているのではないか」と思われそうで気が引けるとの声もあります。

小林 労働基準法では生後1年未満の子どもを育てる女性は、1日2回、それぞれ少なくとも30分の「育児時間」が認められているので、午前・午後と30分ずつさく乳の時間は取ってもいいわけです。

それでも「やりにくい」という声が上がるのは、さく乳室の認知が広がっていない部分もあると思います。当社でもさく乳室の存在を広く告知していないので、特に男性社員は部屋の存在すら知らないと思います。幅広く認知を広げて、さく乳しやすい環境を整えることも必要かもしれません。

■自宅の最寄り駅、子どもの習い事……子育て情報をシェアできるサークル

―― ワーキングマザーの会は、普段はどんな活動をしているのですか。

小林 ワーママに限らず、妊娠中のプレママや男性も入会できます。現在、シングルファーザーの方も3人在籍していますし、育休中の方もいます。もちろんすべての子育て社員が入会しているわけではありませんが、各事業所に世話役を置いて、事業所単位でランチ会を行ったり、メールで情報シェアをしたりするのが主な活動です。

入会すると、会員同士に個人情報の名簿が開示されます。名簿にはメールアドレス、子供の年齢、自宅の最寄り駅、子供の習い事(どんな習い事を何歳から始めたか)、小1の壁をどう乗り越えたか、学童・お受験・社内託児所の経験の有無、アトピー・持病の有無、離婚経験……など、細かい項目が一目で分かるようになっているんです。

お互いの顔は知らなくても、知りたい情報があればメンバーにコンタクトして、子育てのための情報交換ができるのが一番のメリットです。

―― 忙しいワーパパ、ワーママは、地域のパパ・ママ友から子育て情報を得るのが難しい部分もあるので、こうしたネットワークがあると心強いですね。

小林 例えば、保育園の情報はネット上に結構出ていて比較的集めやすいんですが、学童の情報は口コミに頼るしかない部分が大きかったり、病後児保育、転勤先情報も集めにくかったりしますよね。そんなときは名簿を見て経験者にコンタクトを取ることができます。

さらに知りたい情報があれば、世話役を通じて会員にアンケートを取ったり、ランチ会を開催して情報交換をしたりすることもあります。以前、海外出向しているワーママにどんな生活をしているのかアンケートを取ったときは、「ママでも海外赴任ができるんだ!」と多くの人の後押しになったようです。

25年前に会ができたときは、出産を機に退職する人が多かったので7人の小規模な活動だったと聞いています。今のようにネットで子育ての情報を得ることもできませんし、育休制度はなくて産休制度だけの時代を生き抜いてきた少数派のワーママ同士が、子育て情報を紙にプリントして配るなど情報をシェアしていたそうです。

■東日本大震災の節電時は困った50人以上が集結

―― 具体的な情報を得ることができれば、育児と仕事の両立の助けになり、仕事のパフォーマンスも上がりますね。

小林 そうですね。他にも東日本大震災のときには全国的な節電の動きから、製造業の多くが電力需要の少ない「土日稼働、木・金休み」でした。土日に子供を預ける場所に困った会のメンバー達が、対策を話し合うために本社で会合をしたこともあり、そのときは50人以上が集まったうえ、電話会議で在宅勤務や他事業所の人も参加して、大盛況でした。

このときは結局、ワーキングマザーの会の意見が吸い上げられる形で在宅勤務の利用上限に土日の追加在宅を認めてもらったり、土日に社内託児所を開所し、託児年齢を引き上げて学童児も預かるなどの特別対応をしてもらったりすることで、何とか乗り越えることができたんです。

―― ワーママ達の声を会社側がきちんと吸い上げる形ができ上がっているのですね。

小林 その分、商品企画の現場では子育て世代の女性の意見として会の意見をまとめたりと、協力することもあります。今後も、会社側とこうしてうまく連携して、子育てしながら働きやすい環境をつくっていけたらと思います。

(ライター 中島夕子、イメージ写真 鈴木愛子)

[日経DUAL 2015年5月13日付記事を再構成]

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