決め手は「義侠心」、日本初「春画展」実現の舞台裏

今年9月、浮世絵の春画を紹介する大規模な展覧会が東京・目白の永青文庫(細川護熙理事長)で開催される。葛飾北斎、喜多川歌麿ら江戸の人気絵師が腕を振るったにもかかわらず、男女の性愛を大胆に描写しているため、長くタブー視されてきた春画。国内初となる本格的な展覧会実現の裏には、多くの美術関係者の意地と努力があった。

「一言で言えば義侠(ぎきょう)心」。自らが理事長を務める永青文庫で「春画展」を引き受けることを決めた理由について、元首相の細川護熙氏は21日、日本外国特派員協会で開かれた記者会見で語った。「(春画は)出版物では二十数年前から自由に流通しているのに、本物の鑑賞が禁じられているのはおかしな話。そういうタブーは破っていかないといけない」とも。同展の実現は多くの関係者の「悲願」だった。

それを果たすべき動き出したきっかけは、2013年秋から14年にかけてロンドンの大英博物館で開かれた最大規模の春画展「Shunga:Sex and Pleasure in Japanese Art」展だ。ヨーロッパの国立博物館で大々的に紹介された春画の数々は大きな話題を呼び、ロンドンの主要紙がこぞって4つ星を付けるほどの人気ぶり(最高の5つ星は過去に例がない)。入場無料の同館としては珍しい有料展示であり、混雑を避けるための入場制限も設けたにもかかわらず、およそ3カ月の会期中、9万人近い来場者でにぎわった。同展はそもそも大英博物館とロンドン大学、京都市の国際日本文化研究センター(日文研)と立命館大学の3年半にわたる共同プロジェクトの集大成として企画されたものだった。20年以上にわたり春画を収集してきた日文研、収集のほかウェブ上でのデータベース構築などを進めてきた立命館が、研究の成果を世に問う格好の機会としても期待されていた。

大英博物館の要請を受けて、画商で組織する東京美術倶楽部社長(現・会長)の浅木正勝氏、友人で古美術商の浦上満氏が私財を投じ、同展のスポンサー探しを請け負う「Shunga in Japan LLP」を設立したのは12年9月。本家・日本での巡回展を開くため、東京の美術館・博物館を中心に商業施設も含めた20以上の会場に打診して回ったという。一度はある美術館が開催に関心を寄せ、大英博物館による施設設備等のチェックもクリア。合意に達すると思われたが、「ほかの浮世絵も展示し、その一部として春画を展示する」との意向に大英博物館側が「趣旨がちがう」と難色を示して頓挫した。「(美術館などの)トップは自分が館長の時には騒がれたくないという思いの人が多い。日本には古い体質があるとしみじみ感じた」と、先の記者会見で浅木氏は語った。

「巡回展は実現しなかったが、日本で独自にできないだろうか」。大英博物館の展覧会閉幕後、日本を訪れた大英博物館の日本セクション長、ティモシー・クラーク氏の提案を受け、浅木氏らはまず支援者探しに奔走した。支援に賛同を示して集まった人々が今回の「春画展日本開催実行委員会」のメンバーだ。東京大学名誉教授で文化庁長官の青柳正規氏や細川氏、法政大学総長の田中優子氏、日本画家の中島千波氏のほか、辻惟雄氏、河野元昭氏、小林忠氏といった日本を代表する美術史家ら総勢31人が開催への支持を表明。この熱意が細川氏の「義侠心」に火をつけ、「勇気ある決断」(浅木氏)へつながった。

細川氏が指摘するように、春画は書籍や雑誌にはすでに無修正で掲載されている。一方、美術展では「大歌麿展」(1998年、福岡市美術館)、「ヒューマン・イメージ」展(2001年、京都国立博物館)、「LOVE」展(13年、森美術館)などが展示のごく一部として春画を出品しただけにとどまってきた。永青文庫館長の竹内順一氏によれば、69年に竹内氏が学芸員を務めていた五島美術館の「肉筆葛飾北斎展」で春画を展示したところ、管轄の警察署の事情聴取を受けたという。近年でも「LOVE」展は入場に年齢制限を設けた別室を準備するなど、公的な場で実作を並べる際には常に主催者が慎重な対応をしてきた。

今回の「春画展」も18歳未満の入館は禁止とする予定だ。「若い人には身分証の提示を求め、チケット売り場、エレベーター前、会場入り口で3重にチェックする」と竹内氏は記者会見で対応策を強調した。英国では16歳未満の入場者に保護者同伴を求めたという。

「春画展」の出品作は約120点。165点が展示された「Shunga」展と共通の作品は70点にのぼる。武具をまとった2人が組み合う「春画屏風」は、男性の草摺(くさずり)の一部をめくると男女の交接部分が表れる珍しい作例。喜多川歌麿の「歌満くら」はコトの後の余韻を漂わせる優美な作品で、あからさまな描写の多い春画の印象も変わりそうだ。永青文庫学芸課長の三宅秀和氏は「江戸期の著名な絵師のほとんどが版画や肉筆画で春画を制作しており、春画を除いて浮世絵師の全貌を知ることはできない」と指摘する。古美術商の浦上氏は「春画にも優れた作品、そうでない作品がある。あらゆる人が鑑賞する類いのものではないが、いい作品をじかに見られる機会を作りたい」と話す。

(編集委員 窪田直子)

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