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職場の知恵

地味だがこんなに面白い 球団職員という仕事

2015/6/5

プロ野球選手は今も昔も、子供たちにとってあこがれの職業だ。少年時代は夢を描いていても、中学、高校と球歴を重ねるごとに現実が見えてくる。プロに進む者は一部の天才なのだと。プロはあきらめた。でも野球に関わる仕事をしたい……。そんな人に開かれた道が、球団職員という仕事だ。最近は地域に密着した球団が増えており、好きな仕事をしながら生まれ故郷の活性化に貢献できる喜びもある。
球団のマスコットとポーズを決める佐藤拓さん

佐藤拓さん(35)は北海道日本ハムファイターズ球団の職員だ。肩書はコンシューマビジネス部マーケティンググループのグループ長だ。佐藤さんの仕事をひと言に集約すれば、観客を増やすこと、その満足感を高めることに尽きる。まずファンの裾野を拡大する必要があるから、対象は札幌にとどまらず北海道全域だ。本拠地以外にも潜在的なファンがいる可能性があるから、カバーするエリアは日本全国ともいえる。

今シーズンのある土曜日、佐藤さんに密着した。この日は14時プレーボールのデーゲーム。佐藤さんは7時に出勤していた。本拠地札幌ドームの主催試合では毎日、来場者のためのイベントがある。この日は「大谷翔平デー」だ。投打の2刀流で活躍する大谷選手を応援するため、特製の応援フラッグを来場者に配る。イベントが円滑に進むよう、スタッフと準備や打ち合わせに余念がない。

入り口で観客を出迎える佐藤さん

当日のイベント準備と並行して、1カ月から2カ月先のイベントの計画も進める。この日、佐藤さんは1カ月後の大がかりなイベント「WE LOVE HOKKAIDOシリーズ2015」の準備で大忙しだった。これは2007年から続いている来場者増を狙ったイベント。期間中の試合で、選手は普段着用しているホーム用ユニホームではなく、胸に「HOKKAIDO」と描かれたシリーズ限定のユニホームを着る。来場したファンに同じ限定ユニホームをプレゼントする。佐藤さんが中心になって企画したこのシリーズは大反響を呼び、昨年は3連戦で合計12万人超の観客を動員している。今は他球団も似たような企画を手がけるようになった。今年は6月12日からの3連戦、7月10日からの3連戦と、2回やることになり、仕事量は2倍になった。

佐藤さんも野球少年だった。北海道出身、道立砂川北高校の野球部で活躍したが、プロでやるレベルではないと、わかっていた。中央大学を卒業するとき、好きな野球にかかわる仕事をしたいと思った。高校教師になって野球部の監督になることも考えた。スポーツ新聞の記者も考えた。そんな佐藤さんの目の前に現れた選択肢が、球団職員という道だった。まったくの偶然だったが、日本ハム球団が職員を募集しているのを知り、応募、採用された。仕事はひと言で言えば地味だ。外国人選手のケアも仕事のひとつで、来日してまもない選手の妻を買い物や美容院に連れて行ったこともある。

試合、イベントをスムーズに進めるため、佐藤さんはスタッフと打ち合わせに余念がない

14時、試合が始まる。佐藤さんの視線は選手たちがいるグラウンドではなく、観客席に向けられる。「今日は2万7000~8000人でしょうかね」。前売り券の状況や、その日の天候、他でどんなイベントをやっているのかなど、さまざまな状況を頭に入れ、観客動員に神経を使う。チケットの売り方にもコツがあるという。まとまった空席が生じないように、前売りチケットを販売していく。ホームでの試合は地元の放送局がよく放映する。テレビカメラが観客席を映した時、よく入っているなという印象を視聴者に与えることが大事だ。

試合中、佐藤さんはじっとしていない。3回裏の攻撃が終わったところで向かった先は、球場施設の管理スペースだ。照明、電光掲示板、場内アナウンスなどを統括している部署で、観客席よりかなり高い位置にある。5回、7回終了時のイベントのアナウンスや電光表示の最終確認をして、足早に次の目的地に向かう。

行き先は球場入り口から観客席に向かう途中にある「キッズダム」と呼ばれる空間だ。ここでは母親と娘という組み合わせが目立つ。家族で観戦に訪れるファンは多いが、父親と息子は応援に熱中しても、ルールがよくわからない母親や娘は飽きてしまう。そんな時に足を運ぶのがキッズダムだ。様々な遊具施設があり、小さな子供も退屈しない。佐藤さんは家族連れのお客に声を掛け、要望などがあれば聞いていく。

ドーム内に設置されたキッズスペースにも足を運ぶ

次に向かうのは普段は開けていない3階席だ。満員の時は立ち見席として開放する。佐藤さんがここに足を運ぶ理由は、レフトスタンドに集まるファンの背中を見るためだ。レフトスタンドには最も熱心なファンが集結する。リピーターが大半で、応援グッズなども多く購入する。このコア層は、ほぼ確実に応援用のレプリカユニホームを着ている。どの選手のユニホームが多いのか、さりげなく調査しているのだ。レプリカユニホームをまとい、腕には応援用リストバンド、手にはメガホンなどの応援グッズ。「あとは頭なんですよ」と佐藤さん。ドーム球場なので帽子をかぶる観客は少ない。「残された頭のスペースを埋める応援グッズ、何か考えたいですね」

8回の攻防が終わると佐藤さんの携帯にメールが届く。この日の観客動員数が集計された。「3万を超えましたね」。佐藤さんがほほ笑む。事前の予想を大きく上回った。「大谷グッズの魅力と有原効果もありましたかね」。前日、ドラフト1位入団の期待のルーキー、有原投手が初登板、初勝利を挙げ、地元は盛り上がっていた。

試合が終わる。佐藤さんの仕事はまだまだ続く。足早にグラウンドに降り、スタッフに指示を飛ばす。札幌ドームでは試合終了後、ファンにグラウンドに降りてもらい、そこで様々なイベントをしている。この日の目玉は「仮面ライダーショー」だった。他にもファイターズ・ガールと呼ばれる女性応援チームのダンスショーや選手が実際に使った打撃用ゲージを使った打撃教室など盛りだくさんだ。試合終了後、観客が一斉に帰路につくと、出口は混雑し、最寄り駅も混む。シニア層も多いので事故も心配だ。佐藤さんは「試合終了後もこうしたイベントがあれば、混雑緩和につながるし、選手がついさっきまでプレーしていたグラウンドを歩くことで、球団をより身近に感じてもらえばうれしい」。

試合終了後に解放されたグラウンドでイベントを楽しむ観客を見守る

観客をいかに増やすか。佐藤さんは語る。「競争相手は動物園だったり、百貨店、ショッピングモールなどもそうですね」。貴重な休日をいかに過ごすか。多くの選択肢の中から球場を選んでもらうにはどうすればいいのか。この日は百貨店などでどんな集客イベントをやっているのか、常に把握している。6月になれば札幌は「よさこいソーラン」という街を挙げての一大イベントがある。よさこいソーランの日だから観客が少ない、と初めからあきらめていては仕事にならない。例えば、土曜によさこいを見物したら、日曜はドームでファイターズをみてもらうために、どんな方策が考えられるか。これが佐藤さんの仕事だ。

北海道には最近、海外、特にアジアからの観光客が増えている。ファイターズには陽岱鋼(よう・だいかん)選手という台湾出身の外野手がいる。台湾からの観光客に札幌ドームに足を運んでもらうため、台北まで出向き、試合観戦を組み込んだ観光ツアーの検討を要請した。

球団職員という仕事は、派手なプロ野球という世界の中で、最も地味な仕事の一つだろう。スポットライトを浴びるのは、あくまで選手や監督。自分たちに光が当たることはない。労働時間は不規則だし、土日も休めない。苦労は多い。それでも野球が好きだから、裏から支えたい。併せて地元の活性化に役立てるなら、こんなやりがいのある仕事はない。ここ数年は一流大学を卒業見込みの優秀な学生が、球団職員を志望して就活にやってくる。採用は年に1人か2人。狭き門だが、子供のころの自分の夢を、違った形でかなえる仕事の魅力は尽きない。

(編集委員 鈴木亮)

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