米国では最近、マリファナの使用を認める州が増えている。その目的は病気の治療。禁断の植物、大麻をめぐる研究の最前線を追った。
大麻と人間の関係ははるか昔から続いている。
約5000年前にシベリアで造られた墳墓から、炭化した大麻の種子が出土しているし、中国では何千年も前から薬として用いられてきた。米国では長年、大麻は合法的に栽培され、人々の身近にあった。
それが1930年代後半になり、マリファナ(乾燥大麻)が青少年に悪影響を及ぼし、より依存性の強い麻薬へと導く薬物であるとして使用禁止を求める運動が広まった。以後70年近く、大麻は違法薬物に指定され、医療分野での大麻の研究はほとんど行われなくなった。米国で大麻を研究すれば、犯罪者扱いされかねない状況だったからだ。
相次ぐ合法化の動き
だが近年、大麻の薬効が注目され、科学的な研究が再び行われるようになった。そして、この禁断の植物に秘められた驚くべき力が、次々に明らかにされつつある。米国の連邦法では現在もマリファナは違法薬物に指定されているが、公衆衛生局の長官は最近、「ある種の病気の症状」に大麻が「有効」である可能性が示唆されたとして、マリファナ研究の進展に注目したいと発言した。
米国の23州と首都ワシントンD.C.では、すでに医療用の大麻は合法化され、一部の州では嗜好品としての使用も緩和された。世論調査では、大多数の米国人が嗜好品としての解禁にも好意的だ。
ほかの国々も大麻の規制を見直し始めた。ウルグアイでは大麻の栽培や売買が合法化され、ポルトガルでは非犯罪化されて条件付きで少量の使用が認められた。イスラエル、カナダ、オランダでは、政府が医療用大麻の製造販売を支援する計画を推進している。近年では、大麻の所持を容認している国も多い。
国連の調査によれば、2012年に嗜好品としてマリファナを使った15歳以上の人は全世界で2億2700万人にのぼる。各国の国内法や人々の意識の変化を受けて、国連は来年、これまで規制の対象にしてきた薬物に対する方針を再検討することにしている。
マリファナの弊害と効能
大麻にはちょっと変わった作用があることも確かだ。吸引すると笑いが止まらなくなったり、じっと一点を見つめたり、ふと記憶をなくしたり、無性にジャンクフードを食べたくなったりすることがある。マリファナの過剰摂取で死亡した例は報告されていないものの、強力な作用があり、常習的に使用すると有害な場合があることは否定できない。
だが一方で、痛みの緩和や睡眠導入、食欲増進といった効果を求めて大麻を使用する人も多い。不安や精神的なショックを和らげるともいわれ、鎮痛薬や吐き気止め、気管支拡張薬、抗炎症薬としての利用も期待されている。
大麻に含まれる数々の化学物質は「カンナビノイド」と総称されるが、これらの物質には人間の生体機能を調節する働きがあるのではないかと考える科学者もいる。脳を心的外傷から守る、免疫機能を高める、耐えがたい体験をしたときに「記憶の消去」を助ける、といった働きだ。
当局の規制の下で大麻の栽培や取引を合法化する動きが急速に進むなか、重要な問いがいくつか浮上している。大麻の成分にはどのような作用があり、私たちの体と脳にどのような影響を及ぼすのか。大麻に含まれる化学物質から、人間の神経系の機能を解明する手がかりが得られるだろうか。そして、それらの化学物質から有用な新薬を開発することは可能なのか。
「大麻研究の父」
イスラエルの有機化学者ラファエル・メコーラムは、1960年代から大麻の化学成分を研究し、“大麻研究の父”と呼ばれている。彼に言わせれば大麻は「秘薬の宝庫」。医療に役立つ数々の有効成分が、いまだ発見されずに眠っているというのだ。
メコーラムの研究室を訪ねると、文献が壁を埋め尽くし、賞状やトロフィーが所狭しと並んでいた。マリファナ文化が生まれたのは「あなたのせいですよ」と冗談めかして言うと、温和な老教授は笑いながら、ラテン語で「メア・クルパ!(ああ、私のせいだ)」と答えた。
メコーラムらは1960年代に、多幸感をもたらす大麻の代表的な有効成分テトラヒドロカンナビノール(THC)を発見し、もう一つの主要成分カンナビジオール(CBD)の化学構造も明らかにしたほか、90年代には脳内でTHCと同じ受容体と結びつく化学物質(大麻様物質)が、人間の体内でつくられていることを突き止めた。
こうした大麻様物質がエンドルフィンやセロトニン、ドーパミンと似た形で、脳内の特定の神経回路に作用することもわかってきた。「ジョギングをする人たちに“ランナーズハイ”と呼ばれる現象が起きるのも、このためでしょう」。ほかにも記憶、平衡感覚、動作の制御、免疫系の働き、神経細胞の保護など、脳の基本的な機能において重要な役割を果たしているようだという。
嗜好品として解禁すべきか?
イスラエル政府は世界屈指の先進的な医療用大麻の利用支援プログラムを実施している。プログラムの策定に大きく貢献したメコーラムは、その成果を誇りに思っているという。イスラエルでは現在、緑内障やクローン病、炎症、食欲不振、トゥレット症候群(脳機能障害の一種)、ぜんそくなどの治療のために、2万人以上が大麻の使用許可証を所持している。
それでも、メコーラムは大麻の嗜好品としての合法化は支持していない。所持するだけで逮捕されるのはおかしいと言いつつも、特に青少年にとって大麻は「無害な物質とは言いがたい」と主張する。メコーラムは嗜好品としての大麻の解禁よりも、医療の用途に限定して、厳しい規制の下で真摯に研究を進めるべきだと考えている。「今のところ、(大麻については)わからないことが多すぎます。医療に役立てるには、定量的な研究が必要です。数値を示さなければ、科学とはいえません」。
(文 ハンプトン・サイズ、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック 2015年6月号の記事を基に再構成]