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吉田誠演奏会シリーズ「五つの記憶」 クラシック離れしたメタリックな音色、新スター誕生の予感

2015/5/28

 新進のクラリネット奏者、吉田誠(27)が、弦楽合奏との共演によるライブ・プロジェクトを始める。東京・銀座の王子ホールでの「五つの記憶」という2年半にわたる5回シリーズで、28日に第1回「旅立ち」を催す。アートディレクターの田村吾郎がビジュアル面を統括し、最初に各回のイメージ画像を作り上げ、その画像の世界観に合わせて吉田が選曲した。演奏のみを重視するクラシック界において、若手演奏家のスター性も打ち出した異例のプロデュースだ。

 公演前にすでに公演が始まっている、そんなプロジェクトだ。しかも聴衆への認知が浸透するとも思えないうちに。ここに5枚の凝った写真がある。アートディレクションを担当する田村吾郎を中心に、写真家、スタイリスト、グラフィックデザイナー、ヘアメークなど異業種の美術家が共同で作り上げた「五つの記憶」のイメージ画像である。その写真に収まっているのはクラリネット奏者の吉田誠。クラシックの演奏家としては異例のアイドル扱いの写真といえる。

 撮影は東京・品川の倉庫街でロケ班を組んで行われた。チラシやポスター、インターネット上でのマーケティングなどに使うこの5枚の写真に基づいて、「イメージに触発されながら、クラリネットのいろんな可能性を提示する曲を選んだ」と吉田は言う。1回目「旅立ち」の写真は、クラリネットを握る吉田が年代物の旅行カバンに囲まれ、地球儀も見える。そこで選んだのがモーツァルトの「バイオリンソナタ第34番変ロ長調 K.378(クラリネット四重奏編)」やウェーバーの「クラリネット五重奏曲変ロ長調 作品34(弦楽合奏版)」。若手バイオリニストの森岡聡ら8人の弦楽合奏団と上演する。2016年秋の第3回「収穫」では、農作業姿の自分の写真に合わせて「ドボルザークらの土臭い曲を選んだ」と吉田は話す。

 同シリーズを主催するクラシック専門アーティスト・マネジメント会社のKAJIMOTOでは「従来のコンサート企画はまず演目を考え、共演者を決める。今回はこの手順から全く離れた試み」(コーポレートリレーション室の森岡緋沙子氏)と説明する。「まず倉庫に行ってアンティーク家具や小物など5回公演のインスピレーションになるものを挙げていった。そして倉庫内のスタジオで5回分の撮影をし、仕上がった写真を見て、曲目を決めた」(同)という。

 マーケティングまでも芸術の域を目指しているといえよう。それほど凝った制作プロセスは、説明しないと聴衆には伝わらない。一種の芸術至上主義ともいえるが、演目にはアーティストのこだわりとすごみが色濃く反映され、芸術性の高い雰囲気が通常の公演よりも増す可能性はある。王子ホールでの実際のステージは、照明の工夫のほか映写も使った舞台演出になるようだ。

 15歳からクラリネットを始めた吉田は、06年に東京芸術大学に入学後、渡仏。首席入学したパリ国立高等音楽院で多くの優れた弦楽器奏者と交わり、フランスでの活動実績が豊富なバイオリニストの森悠子に室内楽も師事した。このため「弦楽器の音作りや表現法を自分のクラリネットの演奏に取り入れたい」と話す。5回のシリーズは基本的にクラリネットと弦楽合奏との共演による新鮮な響きを目指す内容になるという。第2回は「灯り」と題して12月18日に開催の予定。16年秋の「収穫」、17年春の「回帰」を経て最終回の「祝宴」は17年冬を予定している。

 それにしても力は未知数の若手演奏家にアートディレクターが付き、共演者や後援者が集まって5回も演奏会を準備するのは珍しい。量販されているCDもまだ1枚しかない。期待の背景には、限られた回数の公演で生演奏を耳にした聴き手の口コミの評判による。

 彼の才能の一端を聴いたのは5月2日、東京国際フォーラム(東京・千代田)で開かれた「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン《熱狂の日》音楽祭2015」でのことだ。夜9時、暮れなずむガレージにも似た雰囲気の小ホールで、オリヴィエ・メシアンの「世の終わりのための四重奏曲」の演奏が始まった。今年のラ・フォル・ジュルネでは、田部京子のピアノとプラジャーク弦楽四重奏団によるブラームスの「ピアノ五重奏曲ヘ短調作品34」と並ぶ室内楽の秀演と思われる。

 原題が“Quatuor pour la fin du temps”なので、文字通りには「時の終わりのための四重奏曲」となる。フランス兵として従軍したメシアンが、ナチスドイツの捕虜収容所で作曲し、捕虜の仲間と初演した。このため風変わりな楽器編成となっている。この日はチェロが堤剛(72)、バイオリンが成田達輝(23)、ピアノが萩原麻未(28)、そしてクラリネットが吉田という年齢幅の大きな精鋭メンバーだった。

 その中で吉田のクラリネットはジャズを思わせる新鮮な響きを発したのだ。この曲は時間を超えて「イエスの不滅性への賛歌」へと至る。永遠を想起させるほどの極めて遅いテンポの時間性というイメージがある。聴きどころの一つが、メシアン好みの鳥の歌による3曲目「鳥たちの深淵」でのクラリネットの独奏。ここで吉田のクラリネットが時間の深淵を垣間見る休止、異様に引き伸ばされたクレッシェンド(だんだん強く)などをアドリブ風の大胆さで存分に聴かせた。

 捕虜収容所でこの曲を初演したクラリネット奏者アンリ・アコカについて、非常に「メタリック」な音色で演奏したとのメシアン自身の証言がある。吉田のクラリネットもクラシック離れしたメタリックな響きを放つ。ホールを揺さぶるほどの大きな音。弱音でのポップスのような親しみやすい滑らかな響き。そんな規格外の音色を持つ吉田は、「五つの記憶」シリーズの最終回でガーシュウィンやベニー・グッドマンらの古き良きアメリカを思い起こさせるジャズ風の演目も考えている。個性的な実力派としてクラシック音楽界をかき回しそうな予感がある。

(文化部 池上輝彦)

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