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「今が一番かわいいでしょ?」と言われて思うこと フリーアナウンサー・八塩圭子

2015/5/29

日経DUAL

■「おぎにり」「ケパップ」「かーしーて」…も~、かわいくてたまらない

 「今が一番かわいいでしょう?」とみ~んなから言われる。

 特に子どもがもう高校生、大学生だったり成人していたりする人たちは、男性も女性も遠くのほうを眺めながら、昔を懐かしむように言う。自分の子どもの成長を振り返ってみると、言葉がだんだん達者になってきて、意思疎通が図れるようになってくる2歳から3歳が一番かわいかったという結論に達するようだ。

お友達5家族でイチゴ狩りに行ったときの虎

 わが子、虎(呼称)はまさに2歳4カ月。もちろん、かわいいですとも。これまでもず~っと最高にかわいいと思ってきたので、「今が一番」という感覚はないのだが。やっぱり、言葉をどんどん覚えて、みるみるおしゃべりになってくるのは驚きの連続だ。ついこの前やっと「ママー、パパー」が言えるようになったと思ったら、今は普通に二語文、三語文を話す。

 子ども特有の言い間違いもかわいい。「おにぎり」が「おぎにり」になったり、「ケチャップ」が「ケパップ」になったり、結構笑わせてくれる。一方、大好きな車関係だと、「ブルドーザー」や「キャンピングカー」などの長い言葉も間違えずに言えたりする。キャンピングカーは、たまに「パンピングカー」になったりもするが。

 「かーしーて」「いーいーよ」や、「おーかーわーりーくーだーさい」など、節をつけて童謡でも歌うようにしゃべるのも、この年ごろならではだろうか。

 知らず知らずのうちに自分の口調をまねされていて、ドキッとすることもある。犬がワンワンほえると、私や夫が怒る前に、虎が率先して、「うるさいよ、はる(犬の名前)!」ともっともらしく怒るようになった。

 私がよく「これはママの大事だから、触っちゃダメよ」と言っているのをまねして、何かを取り上げようとすると、「だ~め!これ、たーたんのだいじ!」と言って怒る。ご丁寧に眉間にしわを寄せて口をギュッと結んで。それを見て、「え、私ってこんな表情して怒ってるの?」と気付かされ、こっちが反省させられちゃったりしているのだ。ちなみに、虎は自分のことを「たーたん」と呼ぶ。

 本当におもしろいな。見ていて飽きない。かわいいな。

 でも、これだけでは終われないのが、子育ての大変なところだ。

■「かわいい」には、「わがまま」だって「イヤイヤ」だってついてくる

 例えば、「おかわりください」のその後。最近そのおいしさに目覚めてしまったギョーザばかりおかわりするので、ごはんやお味噌汁を食べさせようとすると、その手をはねのけ、さらに強い口調で「ぎょーざください!!」と叫び、あげないとギャーッと泣き出す。イヤイヤ期の息子にバランスよく食べさせるのは至難の業だ。

 また、「たーたんのだいじ」のその後。砂場でお友だちのダンプカーに魅せられてしまった虎は、なんとしても離そうとしない。「かして」でなんとかなる時間をゆうに通り越しても、すっかり自分のもののように遊んでいる。言い聞かせたり、気持ちをそらせたりでなんとかならないときは、最後は実力行使で「だいじ」を取り上げざるを得ない。そして、また泣かれる。

 「かわいい」の後には、「わがまま」だって「イヤイヤ」だってついてくる。「かわいい」に「意志」が加わり、「知恵」も「体力」も増してくるに従って、成長に合わせた対応が必要になり、「かわいいな」と思うのと同じくらい、あるいはそれ以上に「大変だ」と思うことも増える。時にはかわいく見えないこともあるし、憎たらしいと思う瞬間だってある。

 これが親の現実だと思うのだが、「かわいい」のその後まで世の中の視線は行き届いていないような気がする。ところが以前、ソーシャルメディアを通して、こんな意見も飛んできた。

 「そうは言っても、かわいいんだから」

■「かわいい子どものためなら何でもできるでしょう、母親なんだから」という攻撃

 そう来たか…。そういう人が、世の中にはいるのだった。しかし悪気はない。その方は仕事上とても尊敬できる方で、専業主婦の奥様がいて、2人のお子さんを有名私立校に入れて、幸せな人生を歩まれている。

 恐らく、この方以外にも、「かわいい子どものためなら何でもできるでしょう、お母さんなんだから」と思っている人たちは世の中にたくさんいる。子育てをしていると、社会からの無言のプレッシャーというか、既成概念というか、目に見えない重しをひしひしと感じる場面が多々ある。

 面と向かって反論することはしない。「いやぁ、もちろんかわいいですよ」と明るくごまかすくらいでいいかなと思っている。が、本音は――、

 かわいいなんて、言われるまでもなく分かっている。抱っこして「チュッ」ってしてハグハグして、甘えさせるだけ甘えさせて、かわいがれるだけかわいがっている。毎日毎日。かわいいだけで子育てできればそんな楽なことはない。けど現実は違う。かわいいにはその続きがある。イヤイヤやわがままにも付き合わないとならないし、家庭によっては家族の協力や理解が得られない場合だってある。心が辛くなって、誰にも助けを求められずにいる人だっているだろう。

 人それぞれ様々な事情があるというのに、何もかも「かわいいんだからできるでしょう」で済まされるのは、プレッシャーを通り越して、パンチに近い。子育てに疲れてしまって、ちょっと休みたいと思っている人も、このパンチを浴びせられたら、もう立ち上がれなくなる。「かわいい子どものためなのに、どうして自分はできないんだろう」と思い悩むことになってしまうだろう。

 以前、立て続けに母親が子ども2人を殺してしまうという痛ましい事件が起こった。2つの事件とも、犠牲になった子どもは就学前の年齢だ。手にかけてしまった母親は、育児で悩んでいたという。

 「かわいい盛りの子どもをなぜ」という疑問だけでは、答えは見つからない。かわいくても疲れてしまうことだってあるという子育ての現実を、優しく受け止められる社会にならないと、こういう事件は防げないと思う。「母親が育てるべきだ」という「べき論」では何も解決しない。

■「子育てから逃げてもいい」というメッセージが必要だと思う

 むしろ、子どもの命を守るという観点からは、「子育てから逃げてもいい」というメッセージを社会から出すことも必要ではないか。家族や友だちや地域の助けも、行政や民間のサービスも、利用できるものは何でも利用して、それでもどうしようもない場合は、一時的に子どもと離れて暮らしたり、子育てから逃げたりしてもいいのだと。その間、母親に代わって、社会が喜んで子育てしてくれると思えれば、それだけで気持ちが楽になるかもしれない。それぞれ違う事情も苦しみも全て受け止められるふところの深い社会であってほしいし、そうした社会を作らないといけない思う。

 世の中の至るところに、子どもたちを受け止める「親代わりの手」や「親代わりのぬくもり」を作るにはどうすればいいのか。かわいい子どものためなんだから、何だってできるでしょう。

八塩圭子
フリーアナウンサー。1993年テレビ東京入社。報道局経済部で記者を務めた後、同局アナウンス室に異動。2002年より法政ビジネススクールでマーケティングを専攻し、04年に修了(MBA取得)。03年同局を退職しフリーアナウンサーとして活動を開始。テレビ、ラジオ出演の一方で、関西学院大学商学部准教授、学習院大学経済学部経営学科特別客員教授を歴任。趣味はオペラ、クラシック音楽。「朝ズバッ!」(TBSテレビ)コメンテーター、ANA SKY AUDIO「クラシカル・ウェーブ」パーソナリティー、日経MJで連載中。トップ企業との対談やイベント・コーディネートなど、活躍の場も幅広い。長男誕生から1年は仕事をセーブしていたが、徐々に増やして、大学の教授職も復活予定。著書に『仕事と人生を豊かにする 八塩式マーケティング思考術』などがある。公式ホームページは「KEIKO YASHIO LABORATORY」。

[日経DUAL2015年3月6日付の掲載記事を基に再構成]

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