社会の実相映す仏作品 現地紙、日本作品に高評価
カンヌ映画祭リポート(5)
映画は世界を映し出す鏡である。カンヌに集まった作品からも時代の諸相が見えてくる。経済格差の拡大、雇用不安、子育ての難しさ、介護の重荷……。グローバル化が急速に進む今日、ヨーロッパの社会問題の多くは日本のそれと重なっている。
コンペティション部門に出品されたフランスのステファヌ・ブリゼ監督「市場の法則」はそんな一本だった。主人公は51歳の男ティエリーで、失業してもう20カ月になる。望むような職はなく、職業安定所で係員と押し問答する。障害のある息子を抱え、生活は苦しい。住まいを売ることを勧められるが、それも不安だ。再就職のためのセミナーを受講して模擬面接をすると、若い受講者にさんざん批判される。
ようやく見つけた仕事がスーパーマーケットの警備員。最新鋭の監視カメラを駆使して、売り場を見張る。万引きを見つけたら、別室に連れてきて、上司と共に追及する。つい商品に手が出てしまった貧乏な老人を詰問し、ディスカウントクーポンをくすねた同僚のレジ係も厳しく叱責する。そして悲劇が起こる……。
求職と金策に奔走する様子も、様々な万引き犯を問い詰める様子も、手持ちカメラで、あたかもドキュメンタリーのように生々しく撮っている。中産階級の没落は多くの国で起きており、日本のサラリーマンにも身につまされる話だ。
オープニング作品として上映されたフランスのエマニュエル・ベルコ監督「スタンディング・トール」も、ドキュメンタリータッチのカメラが社会の実相に鋭く迫っていた。
6歳から家庭裁判所のやっかいになっている不良少年の物語だ。頼りない母親に代わって、厳しく温かく少年を見守る判事を大女優カトリーヌ・ドヌーブが演じる。熱心に更生に導くカウンセラー役はブノワ・マジメル。トリュフォーの「大人は判ってくれない」に比べれば、ずいぶん理解があり人間的な大人がいるのだが、それでも少年の居場所のない思いは消えない。不良少年はいつの時代もその社会の息苦しさを鋭敏に感じとる。
女優でもあるベルコが主演し、やはり女優のマイウェンが監督したコンペティション部門のフランス映画「私の王様」も面白かった。
けがをした女性弁護士トニー(エマニュエル・ベルコ)がリハビリに励みながら、暴君のような元夫ジョルジュ(ヴァンサン・カッセル)との狂乱の日々を回想する。レストランのオーナーである自由人との出会い、奔放なセックス、常軌を逸した結婚式、元恋人の自殺未遂、妊娠中の別居、家財の差し押さえ、薬物依存、度重なる浮気……。強い意志をもっているように見えて、男に振り回されてしまう現代女性。マイウェンとベルコはそんなヒロインにリアリティーを与えている。
会期前半に上映された日本映画に対する現地の新聞評はおしなべて好意的だ。
まず是枝裕和監督「海街diary」。ルモンド紙は「この驚くべき映画の奇跡は、人生の浮沈にもかかわらず、彼女たち(4姉妹)の幸福の天分とも言うべき気さくさが明らかだということだ。カンヌのコンペ部門で幸せをもたらす作品は、それほど頻繁に見られない」とその明るさを好感。「是枝の映画の中で最も洗練された作品である。趣味のよい女優、感情、そして演出」と積極的に評価した。
リベラシオン紙は「甘ったるい感情主義やあだっぽさすれすれのひらめき」を批判しつつも、「20年前から深く掘り下げ、再編成し続けている家族の形態(孤独な子供、父と子、姉妹)を通して、日々の旋律に主題を限定し、繊細なレースのような仕事を足音を忍ばせて追求している」と是枝の映画作家としての一貫性を支持した。
河瀬直美監督「あん」の評価も高い。ルモンド紙は「驚くべきショットの美しさは、世界の厳しさ、社会の深い不公平、孤独と死の残酷さと協定を結んだからこそ価値がある」「小さなお菓子のレシピに人生すべての神秘を託した、これ以上有益な映画を我々は見たことがあっただろうか?」と称賛。フィガロ紙も「美しく、おごそかで、寛大で繊細」と評した。
黒沢清監督「岸辺の旅」にも強い関心が寄せられている。ルモンド紙は「黒沢清は、なお特異性を持ち続けつつ、一種の厄介者のような扱いをされたジャパニーズホラーの枠から、彼の芸術を素晴らしく明快に超越することに成功したようだ」と、その作品史を踏まえた上で高く評価。「この映画は黒沢映画でおなじみの一種病的な不安を催すシーンからかけ離れた場所に到達し、男と女がついに再び肉体的に一つになる」と評した。
日本映画の海外PRを国が後押しする試みも始まった。映像産業振興機構などは経済産業省の支援を受け、今年度から映画、テレビ、アニメ、漫画、音楽、ゲームなどの海外発信事業「ジャパンデイプロジェクト」を開始、世界各地の見本市などで日本のコンテンツをPRする。その第1弾にカンヌ映画祭が位置づけられた。
具体的には、資金難のため3年前から設置が見送られていた「ジャパンパビリオン」を復活させた。外国映画のキャスティングディレクターや国際共同製作に取り組むプロデューサーらを招いてセミナーを開催。18日には角川歴彦KADOKAWA会長、島谷能成東宝社長、迫本淳一松竹社長、椎名保東京国際映画祭ディレクタージェネラルら国内の業界トップによるプレゼンテーション「オールジャパンサミット」もここで実施した。
またジャパンパーティー「カンパイナイト」も開催。グランドホテルで日本食がふるまわれ、1100人が来場する盛況となった。ジャパンパーティーはかつては東宝東和が主催し、その後は東京国際映画祭のパーティーがその役割を果たしてきたが、予算削減のため2年前に途絶えた。
これらすべてのイベントの中身がカンヌに集まった世界の映画人のニーズに合致していたとは言い難いが、「場」を設けたことは評価したい。ジャパンパビリオンは以前の失敗を反省し、運営スタッフを十分に配置。日本の出品作の記者会見にも使われた。
パビリオンもパーティーも、映画祭に参加する有力国のほとんどが開いている、いわば「インフラ」だ。これが消えたり、復活したりすること自体が、国の政策の一貫性のなさを示している。収穫のないパーティーには二度といかないし、「あそこに行けば人と会える」という評価を得るには年月がかかる。本当に日本映画を後押しする気があるのなら、国は責任をもって継続してほしい。
(編集委員 古賀重樹)
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