2015/6/30

これは体内時計時刻の光位相反応(朝型シフト効果)とよばれる現象で、「朝の光で体内時計をリセット」などのフレーズが雑誌に載っているのを目にした読者も多いだろう。一見、早起きが翌日の目覚めを良くする好循環が得られそうな感じがするが、いざ実践するとなかなか理屈通りに進まないのである。その理由を幾つかご紹介しよう。

成人の3割は夜型。そして、朝型シフト効果は1日のみ

第1に、この光位相反応は基本的に1日しか持続しない。「土日も含めて」毎日継続しなければ安定した朝型の睡眠習慣が維持できない。7割以上の人では体内時計周期が24時間よりも長いため、早起きの努力を怠れば寝起きの時間は自然に夜型にずれ込むようになっているのだ。特に夜型傾向が強い人では、平日5日間早起きを続けても週末に寝だめをしてしまうと睡眠リズムはあっという間に逆戻りしてしまう。早朝の光が寝坊(閉眼)でシャットアウトされるためである。平日に日銭を稼いでも、週末に休めばすっからかん、なのだ。

第2に、休日も含めて毎日早起きを続けても、朝型の睡眠習慣が安定化するまでに時間がかかる。睡眠を支える深部体温やホルモンなどのさまざまな生体リズムが朝型勤務のスケジュールにしっかり同調しなければ、早起きはできても早寝ができない。朝7時に起床していた人が、N氏を模範として朝5時に早起きしても、就寝時間が早起きの2時間分早まるのに3週間程度かかる。夜型が強い人はさらに長期間かかる。その間は睡眠不足に耐えなくてはならない。

しかも、働き盛りの世代でN氏のように6時間睡眠で満足できる人は多くはない。百歩譲って睡眠時間を最低6時間確保するとして、若い世代で23時に寝つくのは体内時計の特徴や夜間照明の影響などでかなりハードルが高い(「米学会が若者に寝坊のススメ 眠気に打ち勝つ力[2]」を参照)。

第3に、実に残念なことだが、救われるべき夜型の人ほど光による朝型シフト効果が出にくく、また休日に逆戻りしやすい。体内時計が後方へシフトする力が強いためで、エンドレスの努力が必要になる。そのため朝型勤務への適応度については夜型を中心に「落ちこぼれ」が出てくるだろう。夜型は決して少数派ではない。成人の3割は夜型である。気になる方は国立精神・神経医療研究センターが作成した「睡眠医療プラットフォーム」(http://sleepmed.jp/platform/index.html)を訪れていただきたい。自分のクロノタイプが何型なのか、一般成人の中でどの程度に位置するのか算出してくれる。

自分が何型かわかる「朝型/夜型診断」サイト

・「睡眠医療プラットフォーム」
 簡易睡眠診断 → 朝型/夜型診断

( http://www.sleepmed.jp/q/meq/meq_form.php )

このサイトで判定されるクロノタイプは、1日のどの時間帯に目覚めやすく、パフォーマンスが高まり、疲労を感じ、そして眠りやすいか包括的に評価する指標である。体内時計の周期が長いことは夜型体質になる最大の原因であるが、そのほかにも必要睡眠時間が長いために早寝しても起床が辛い、早朝低血圧で起床後の能率が上がらないなど人によって事情はまちまちである。このような体質的な夜型の人にとって、朝型勤務は仕事のパフォーマンスを低下させる大きなリスクになる。短期的な調査では見落とされがちである。

朝型夜型チェックリストによるクロノタイプの分布(国立精神・神経医療研究センターで実施した1170名での調査結果)。夜型生活をしていると夜型になるのではなく、夜型になりやすい体質がある

夜型体質の人の苦労を理解するには、下流(夜型)に向かう川に小舟を浮かべて、流されないように毎日必死にオールをこぐ船頭をイメージしていただきたい。朝型の人は流れが緩やか、時には流れが止まっていることもある。このような人々は朝型勤務も全く苦痛でない(体内時計の周期が24時間よりも短すぎて、アマゾン川のポロロッカのように逆流し、ひどい早寝と早朝覚醒に陥る遺伝性の睡眠障害もある)。これに対して夜型の人は激流との戦いである。流されないようにするのが精いっぱい。どうやって上流に行けというのか。カヤックのオリンピック選手でもいずれは疲れ果ててしまうだろう。

朝型勤務の問題点をまとめると、(1)睡眠リズムを朝型にする(前倒しする)のは体内時計のメカニズムからみてハードルが高い、(2)結果的に現状でも限界に近い睡眠不足をさらに悪化させる可能性がある、(3)朝型勤務に適応しにくい労働者が少なからず存在する、(4)特に体質的な夜型傾向の強い人では適応しきれず心身の不調を引き起こしかねない、などが挙げられる。不眠や生活習慣病など持病のある人はさらに健康管理が難しくなるだろう。

労働者の勤務時間にも多様性を

朝型勤務が徹底され、かつ残業が減れば、確かに会社の電力消費量を抑える効果は期待できるだろう。ある大手企業では、朝型勤務に夜間残業と同じ割増賃金を乗せるというインセンティブを付けても、総人件費を減らすこともできたそうである。短期的な経費節減にはつながりそうである。しかし、会社の近くのスタバが残業持ち帰りの社員で満席になったなどという話もある。本当に仕事を早めに切り上げて、充実ライフを過ごすことのできる労働者がどれだけ増えるだろうか。

労働者の長時間労働問題は総業務量や生産性の問題であり、勤務時間の時間的な分配調整でお茶を濁せる類いのものではないと思うのだが。朝型勤務を推進する企業が掲げる「夜型の残業体質の転換」というスローガンは聞こえは良いものの、その効果についてはかなり眉唾であり、リスクについては論議を尽くしていない。拙速の印象が拭いきれない。

一方で、朝型勤務推進派の主張にも傾聴すべきものがある。残業イコール仕事を頑張っている人というステレオタイプな考え方からの脱却である。終業時間を設定するという考え方は、とかく長時間労働や寝不足自慢をする傾向がある日本人にとっては一石を投じる効果がある。だからといって、終業を早くした分早起きして仕事を始めろという発想は楽観的に過ぎる。その理由は今回ご説明した通りである。

最近流行のビジネス用語「ダイバーシティ」とは、多様な人材を積極的に活用しようという考え方らしいが、労働者のパフォーマンスを最適化する勤務時間についてもぜひ多様性を認めてほしい。睡眠やクロノタイプも個性の1つなのだから。

   三島和夫氏
三島和夫(みしま・かずお)
1963年、秋田県生まれ。医学博士。国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所精神生理研究部部長。1987年、秋田大学医学部医学科卒業。同大精神科学講座講師、同助教授、2002年米国バージニア大学時間生物学研究センター研究員、米国スタンフォード大学医学部睡眠研究センター客員准教授を経て、2006年6月より現職。日本睡眠学会理事、日本時間生物学会理事、日本生物学的精神医学会評議員、JAXAの宇宙医学研究シナリオワーキンググループ委員なども務めている。これまで睡眠薬の臨床試験ガイドライン、同適正使用と休薬ガイドライン、睡眠障害の病態研究などに関する厚生労働省研究班の主任研究者を歴任。『8時間睡眠のウソ。日本人の眠り、8つの新常識』(川端裕人氏と共著、日経BP社)、『睡眠薬の適正使用・休薬ガイドライン』(編著、じほう)などの著書がある。

(日経ナショナル ジオグラフィック社)

[Webナショジオ 2015年5月14日付の記事を基に再構成]

8時間睡眠のウソ。 日本人の眠り、8つの新常識

著者:川端 裕人, 三島 和夫
出版:日経BP社
価格:1,512円(税込み)

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