小津的な「時間」描く是枝 平明なドラマにも河瀬らしさ
カンヌ映画祭リポート(2)
開会式から一夜明けた14日、日本メディアにとってはいきなり忙しい1日となった。午後4時からコンペティション部門のトップを切って是枝裕和監督「海街diary」が上映。続いて午後7時半からは、ある視点部門のオープニング作品として河瀬直美監督「あん」が上映されたのだ。
「海街diary」のレッドカーペットは華やかだった。映画の中で4姉妹を演じた綾瀬はるか、長沢まさみ、夏帆、広瀬すずがそろって登場。是枝監督と5人が横一列に並んで大階段を上がった。上映後にスタンディングオベーションを浴びた是枝は「この4人に映画祭を体験してもらいたいという思いが実現できてうれしい」と語った。
鎌倉に住む3姉妹が、母親の違う妹と出会い、共に暮らし始める。過去のしがらみを越えて、4姉妹が家族となっていく物語だ。鎌倉を舞台にしていること、家族の日常の物語であること、嫁入り前の女性たちが登場すること、葬式が3度も出てくること。そうくれば、外国人も含めてだれもが小津安二郎の映画を連想する。
公式上映前の記者会見でも小津の影響を指摘する質問が出た。是枝はこう答えた。
「ヨーロッパに作品をもってくるとよく『小津の孫』だと言われた。それが最高の褒め言葉だということはわかるが、こそばゆい感じが続いていた。ただ今回は原作(吉田秋生の漫画)がたたえる世界観が小津を思わせた。単なる人間ドラマというより、人間を取り巻く時間を描いている。過ぎ去るというより、積み重なっていく時間。それが小津的だなと感じたのは事実だ。何本かの小津作品を参考のため見直した。今までより身近なものとして小津をとらえられたかもしれない」
過去にとらわれた人々の物語である。父、祖母、四女の母など、亡くなった人物は重要な存在だ。にもかかわらず、彼らは一度も姿を見せない。この映画には回想シーンが一切ないからだ。
「登場しないけど存在する人が、この映画にはたくさんいる。死んだ人間や離れていった人間。それらを回想シーンで登場させるのでなく、生きている人々のしぐさやちょっとした言い方で存在させる。見えていないものを掘り下げていく。それが、僕にとってのチャレンジだった」
それは人間中心の物語を描くのでなく、人間を取り巻く時間を描くことに通じるという。例えば四女は自分の母親が姉たちから父親を奪ったことに引け目を感じている。だから姉たちの前で父親の話ができない。父との思い出がある「しらす丼」を食べても、「初めて食べた」と嘘をつく。
「しらす丼を食べる場面でも、すずだけには言えない気持ちがある。そんな過去の描写が、共に暮らすことによって、次第に書き換えられていく。そういう時間の流れを意識した。時間が直線的に進むのではなく、繰り返し反復することで、世界の見え方が変わっていくのではないか」
長女役の綾瀬は「古き良き日本の暮らし、そこに生きる人の強さと美しさ、移り変わる四季の美しさを見てほしい」と語り、三女役の夏帆は「4人で食事をするシーンがたくさんあるが、どのシーンも印象に残っている」と語った。
女優たちは是枝演出の一端も披露した。次女役の長沢は「鎌倉の家での撮影に入る前の1日、一緒に掃除をしたり、ご飯を作ったりして、家族になる準備をした。撮影の中で、家族になっていくなと感じた」という。四女役の広瀬は「私は台本をもらわずに撮影したので、何も考えず、フラットな状態で現場に入れた」と話していた。
「あん」は元ハンセン病患者の老女(樹木希林)が、小さなどら焼き屋を営む中年男(永瀬正敏)に、あんの作り方を伝授する物語。原作はドリアン助川の小説だ。河瀬にとって小説の映画化は初めてであり、樹木、永瀬といったキャリアも実力もある俳優を主役に据えるのも初めてだ。そのせいもあっていつになく平明な人間ドラマに仕上がっている。それでも、木漏れ日、川のせせらぎ、風に揺れる葉といった自然をとらえたショットが、人物の心情と時間の流れを豊かに表現しているのは、いかにも河瀬らしい。
河瀬にとってはチャレンジングな作品だが、その資質はよく表れている。原作ものではあるが、ドリアン助川は4年前にカンヌに出品した「朱花の月」の出演者であり、河瀬の共感は深い。上映後、記者たちにこんなふうに語った。
「ドリアンさんが20年もあたため、完成した原稿は、大手出版社に様々な理由で断られたという。それを一人の心ある編集者がすくい上げた。捨てられたものをすくい上げて、ここまで来た。そしてそれ以上に、ハンセン病を患って逝ってしまった名もなき魂がたくさんあると思う。一人の人間がどれだけ世界を変えられるかわからない。でも希望を捨てずに、誰かと誰かが出会えば、ここまで来れるんだということを強く伝えたい」
「あん」で主演した樹木は「海街diary」にも3姉妹の大叔母役で出演している。「岸辺の旅」「極道大戦争」を加えた日本映画4本は「見届けたいと思っている」という樹木は「今回は4本の日本映画がカンヌで目にしてもらえる。どういう評価であろうと、来年、再来年と後の人の活躍につなげていければいいと思う」と語った。(=一部敬称略)
(編集委員 古賀重樹)
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