「モヒカンの蛾」よりも心を奪われたハエ
コスタリカ昆虫中心生活
ひたすら昆虫と対峙するハードな日々が相変わらず続いている。虫たちの新鮮な刺激で毎日脳がパンパンだ。今回は、そんなパンパンな、ある日のお話。その日、ぼくは飼育中のカメノコハムシの餌を採るために家を出たのだが、ほんの7~8歩のところにあるサトイモ科の植物の大きな葉の上に、落ち葉のように見える蛾(が)がちょこんとのっかっているのを見つけた。
よく見ると「ヘアスタイル」が面白い。
ひょっとして、モヒカン?
まずは近寄って撮影、それからよく調べるために採集しようと思っていると、モヒカン蛾がいる葉の左下のほうで、何かが動いているのが見えた。ハエだ。それもどこかで見たことのあるような…。もしかしたら、7年前に逃げられたあの「謎となったミバエ」では。
7年前、ぼくはこのミバエを育てたことがある。うかつにも写真を撮影中、新種であろうこのハエに逃げられてしまった。オトハプスというキク科の植物の新芽に虫こぶをつくって育つ、ということまではわかったが、残念にも実物がないため、それ以上のことは謎のまま。新種かどうかさえ証明できないままになっていた。
以降、たびたび探しても見つからなかったあのミバエ(たぶん)が、目の前にいる。産卵場所を探しているようだ。
鼓動が高鳴るなか、じっと観察していると、ミバエはなんとオトパプスの新芽にたどり着き、産卵し始めた。「産卵が終わったら確保せな!」。
どこかへ飛んで行かないかとヒヤヒヤしながら、別のカメラと虫捕り網を持ってきて産卵の様子を撮影、観察し続けた。
と、こんどは背後の木々にノドジロオマキザルの群れがやって来た。近い…。
ノドジロオマキザルは、いつか紹介したいと思っていた動物なので、写真撮影の絶好のチャンス到来である。しかし、目の前のミバエの産卵行動はまだ続いている。後ろ髪をひかれつつも、ミバエを観察していると、さらに今度は視界の右斜め前にある3メートルほどの茂みの上を、青く輝くフタオチョウが飛び始めた。産卵しそうな雰囲気だ。
「これは卵を産みつける場所を確認しないと…」
卵を採集できれば、飼育してフタオチョウの生態をより詳しく調べられる。ミバエの観察を続けながら、横目でチョウの行方も追い続ける。脳はもう破裂寸前だ。
「産卵した。場所はだいたいあそこらへん。後で探して採集するべ」と心にとめる。
と、間もなくミバエのメスが産卵を終えて、歩き始めた。網をサッとかぶせ、確保。サルたちはすでにどこかへ行ってしまっていたけれど、さきほどめどをつけた場所でフタオチョウの卵を採集できた。
ほっと一安心。部屋に戻って採集した昆虫のことを調べていたとき、「モヒカンの蛾」のことをすっかり忘れていたことに気づいた。慌てて外へ飛び出してみたが、もうそこにはいなかった。
がぼん! わちゃ~。
お待ちかね、今月のピソちゃん
さて、みなさんお待ちかねのハナグマのピソちゃんは、垂直な壁も登ることができる。以前、森の中でぼくがオスのピソちゃんと鉢合わせしたとき、驚いたピソちゃんは木をすばやく垂直に登り、地面から2メートルほどのところで、凍ったように動かなくなった。
「この姿は写真に収めないと…」とカメラを向けた途端、ピソちゃんは木から飛び降りどこかへ行ってしまった。
またいつか撮影したいと思っていたら、先日食べ物のニオイに誘われてラボに来るオスのピソちゃんが木の壁を垂直に歩き始めた。
高さ50センチほどだったが、この写真のように垂直に登れるのは、欠かさず爪の手入れをしているおかげかもしれない。
1972年、大阪府生まれ。中学卒業後に米国へ渡り、大学で生物学を専攻する。1998年からコスタリカ大学でチョウやガの生態を主に研究。昆虫を見つける目のよさに定評があり、東南アジアやオーストラリア、中南米での調査も依頼される。現在は、コスタリカの大学や世界各国の研究機関から依頼を受けて、昆虫の調査やプロジェクトに携わっている。第5回「モンベル・チャレンジ・アワード」受賞。著書に『わっ! ヘンな虫 探検昆虫学者の珍虫ファイル』(徳間書店)など。
本人のホームページはhttp://www.kenjinishida.net/jp/indexjp.html
(日経ナショナル ジオグラフィック社)
[Webナショジオ 2014年6月3日付の記事を基に再構成]
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