
前回、眠ろうとしてもなかなか眠りにくい「睡眠禁止ゾーン」についてご紹介した。体内時計の指令で夕方過ぎに覚醒力が高まり、日中にたまった眠気を一時的に打ち消してくれることで生まれるゴールデンタイム。普段0時頃に寝つく人であれば20時~22時頃、まさにアフターファイブをエンジョイしている時間帯である。ところが、せっかくのゴールデンタイムに寝床に潜り込んだ結果、質の悪い眠りに陥って損をしている人々がいる。今回は代表的な3つのタイプをご紹介しよう。
まず1番手はおなじみの不眠症の人である。夕食が終わる頃にはまぶたが重い、テレビを見ても集中できない、だるくて横になりたいなど早寝の理由はさまざまである。「睡眠禁止ゾーン」ど真ん中の20時過ぎに、睡眠薬を服用して就床してしまう人も少なくない。
「睡眠禁止ゾーン」で就床するのは実に効率が悪い寝方である。寝つきに時間がかかり、睡眠薬も効きにくい。たとえ入眠できても睡眠の持続性が悪いので短時間で目が覚める。それも道理で、この時間帯ではまだ脳温も高く交感神経優位であるため、質の良い睡眠がとれるコンディションが仕上がっていないのである。まぶたが重い、横になりたいのは疲労感のためであり、自然な眠気とは異なるのだ。
実際、臨床研究からも早寝は不眠に対して効果がない、むしろ不眠を悪化させることが明らかになっている。睡眠薬を服用しても「ボーっとした感じ」はあっても眠りに入れない、3、4時間ほどもして薬の作用が薄れてきた頃になってようやく眠りに落ちるなどの訴えをよく聞くが、何のことはない「睡眠禁止ゾーン」のために睡眠薬の効果が打ち消され、生理的な睡眠のプレッシャーが高まる0時過ぎに眠りに入っただけなのだ。
仮に21時頃に寝ついたとしても、早ければ1時間、長くても数時間ほどで目を覚ましてしまう。その後は朝までの長い夜をウツラウツラして過ごすことになる。この毎晩経験する「辛い時間」こそが不眠恐怖、寝室恐怖を呼んで慢性不眠症に陥る最大の原因である。そのため、最新の不眠治療法である認知行動療法では「睡眠禁止ゾーン」辺りで早寝をするのを禁じ、むしろ生理的な眠気が十分高まる時刻まで就床を我慢する遅寝を勧めている。
入院患者は損な寝方をしている
損な寝方をしている2番手は入院患者さんである。多くの病院では否も応もなく21時に消灯されてしまう。特に若い世代だとそのような早い時間に眠れるわけがない。その上、起床時刻である朝6時までの9時間が実に長い。中高年ともなると1晩の実質的な(脳波上の)睡眠は6~7時間程度なので、ヘタをすると夜中に3時間近くも目を覚ましていることになる。自宅と違ってリビングで一服つけたり、読書をしたりすることもできないので苦しさは倍増である。
実際、入院中に不眠が悪化して睡眠薬の服用を始めてしまう患者さんはとても多い。ということで、入院患者さんは損な寝方をさせられている被害者と呼ぶ方が正しい。
少し高級な個人病院などでは個室が多く、消灯時刻もかなり融通がきくようだが、大学病院や公的病院などでは、消灯時間の変更は労務管理にも関わるためなかなか難しい。知り合いの医学部教授は私の講演を聴いた後に病院の消灯時刻を1時間遅くしてはどうかと病棟師長に交渉したものの、10分ほどお小言をいただいて早々に退散したと教えてくれた。患者さんのためにもう少し柔軟な発想を持ってもいいのにね。