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3度目の「遺言」でひらく新境地 田崎悦子の慈しみ深いピアノ芸術

2015/4/25

田崎悦子(1941年生まれ)は半世紀以上もの間、ピアニストとして一線の舞台に立ってきた。いつ、どこで聴いても絶えず芸風を前へ進め、鮮度を失わないのが素晴らしい。

■ブラームス、ベートーヴェン、シューベルトの三位一体

シェフのレシピ(調理法)に当たる、田崎独自のプログラミングは「三大作曲家の遺言」と名付けられた。ヨハネス・ブラームス(1833~97年)の「3つの間奏曲」作品117と「6つの小品」作品118、「4つの小品」作品119。ルートヴィヒ・ファン・ベートーヴェン(1770~1827年)の「ピアノソナタ第30番」作品109と「同第31番」作品110、「同第32番」作品111。フランツ・シューベルト(1797~1828年)の「ピアノソナタ第19番」D(ドイッチュ作品番号)958遺作、「同第20番」D959遺作、「同第21番」D960遺作。

若林工房が販売する4枚組のCD「三大作曲家の遺言vol.1~vol.3 田崎悦子」のジャケット

ドイツ=オーストリア音楽の最高峰に連なる作曲家3人、それぞれの最後3作のピアノ曲(計9作品)を3回に配分し、連続リサイタルとして弾く。毎回、ブラームスとベートーヴェンが前半で、シューベルトが後半。1960年から30年に及ぶニューヨーク暮らしを終え、山梨県の八ケ岳山麓に「寺子屋」を構えた田崎が10年近く想を練り97年に発表した。

97年はブラームスの没後100年、ベートーヴェンの没後170年、シューベルトの生誕200年が重なった。田崎が上野公園の東京文化会館小ホールで開いた3回の演奏会は、大きな反響を呼んだ。後日に武蔵野市民文化会館小ホールでセッションを組み、ドイツのエレクトローラ社(旧EMIグループ)で修業したレコーディングエンジニアの桜井卓氏に改めて、録音を委ねた。全9曲収録のCDはネット販売と会場直売の私家盤ながら、多くのピアノ音楽ファンに愛聴されてきた。

2014年。73歳になった田崎は大阪のザ・フェニックスホールで2度目の「三大作曲家の遺言」に挑むのと前後して、再び桜井氏を起用した再録音を3度に分け、千葉市若葉文化ホールで完成した。新盤は市販盤の4枚組CD「三大作曲家の遺言vol.1~vol.3」(若林工房、各巻の分売も行っている)として発売したところ、「レコード芸術」誌の特選盤に選ばれたのをはじめ、旧盤以上の評判を呼んでいる。

そして15年。東京文化会館小ホールでは18年ぶりの「三大作曲家の遺言」が始まった。

田崎は何も、この9曲だけ弾いてきたわけではない。帰国をはさむ1987~97年には10年を費やし、「ドイツロマンを求めて」と題した連続演奏会を続けた。最初の「三大作曲家の遺言」の後は様々なタイトルの下、ヨハン・セバスティアン・バッハから21世紀の新作までを縦横無尽に手がけた。「以前はあまり得意ではなかった」と自ら打ち明けるショパンとも改めて向き合い、10年に発表したCD「ショパン・ファンタジア」(若林工房)も「レコード芸術」誌特選盤になるなど、絶え間ない変化と深化を体現してきたのである。

ニューヨークのスタインウェー本社に今も飾られているアメリカ時代の田崎悦子の肖像写真

4月18日の初回はもちろん、ブラームスの作品117とベートーヴェンの作品109、シューベルトのD958。会場に足を踏み入れ、無人の舞台を見て驚いたのはピアノ。長くスタインウェー・アーティストと目され、ニューヨークの本社に今も肖像写真が飾られ、前回のシリーズも録音も一貫してスタインウェーを弾いてきた田崎を待つのは、ベーゼンドルファーだった。現在はヤマハの傘下に入ったが、元は1828年創業のウィーンのピアノメーカー。田崎は東京文化会館備え付けの楽器を入念に点検し「今回はベーゼンドルファーで弾く」と決めた。昨年録音したCDとの比較に限っても、また新しい音楽の響きと触れ合える楽しみがつのってきた。

■優しく、温かく、慈しみ深い精神世界

果たして、ブラームスの作品117冒頭の「間奏曲変ホ長調」の第1音を聴いた瞬間、18年前とも新盤CDとも全く異なる音の感触を実感した。昨年の録音にも予兆はあったのだが、40年ほど前の私たちを圧倒した強靱(きょうじん)な打鍵と凄絶な解釈は影に回り、すべてを優しく、温かく、慈しみ深く包み込むような精神世界がただひたすら、広がっていく。「いったい、どうしたことだろう」と驚き、休憩時間に、田崎自身が執筆した演奏会プログラムの文章に目を通した。最初の「遺言」は「私にとってマッターホルンの頂上めがけて登るような険しい挑戦だった」と振り返った上で、田崎は今の心境をこうつづる。

「3年ほど前のある冬の日、家の前に厳しくも美しく聳(そび)える南アルプスの山々を見ていたらふとこの3人の『晩年』の年をとっくに越えてしまった自分に気付いた。そしたら急に、言い知れぬいとおしさと熱っぽさが同時に体内に静かにうごめき始めるのを感じ、いいじゃない、登らなくたって。見ているだけで美しいのだから、と思った。ただ共存していたい。今私の心はその気持ちでいっぱいだ」

東京では18年ぶりとなった「三大作曲家の遺言」第1回(2015年4月18日、東京文化会館小ホール。撮影=八木光裕)

ブラームス晩年の孤独と、長年の苦闘から解放されたベートーヴェンに訪れた静かな心境、死と隣り合わせのシューベルトの絶望と柔らかい光明との奇妙な同居。田崎は3人それぞれの個性はもちろん、少しずつ年代や作曲当時の楽器の性能を異にする3曲の様式、必要とされる音色や和声をしっかりと描き分けつつ、ひとつの大きな愛の翼のような母性で抱きしめ、味わい深い対話を繰り広げていった。「命とひきかえに残していったこの3人のかけがえのない遺品」の息は少しずつ吹き返し、客席に重く大きな感銘を刻んだ。

初めて聴いた1970年代、田崎は黄金時代にあったゲオルク・ショルティ指揮シカゴ交響楽団に2度もピアノ協奏曲のソリストに招かれ、プロコフィエフの第3番とバルトークの第2番を弾き、全米の注目を集めていた。今も残る放送録音は日本人ピアニストとして、ひとつの頂点を極めたヴィルトゥオーゾ(名人)の輝かしい痕跡である。第2次世界大戦の終わった直後の東京・吉祥寺でピアノを習い始めた少女が桐朋学園大学音楽学部の前身に当たる「子供のための音楽教室」でめきめき腕を上げ、フルブライト奨学金でニューヨークへ渡ってから、10数年の歳月が流れていた。97年の「三大作曲家の遺言」には、「合衆国の未来を担う」とまで評されたヴィルトゥオーゾの片りんがまだ、多く残っていた。

■技よりも心で感動を伝える

今回は明らかに技よりも心で、9つの作品を究めようとする。まだバリバリ弾くことは可能だが、音楽の再現や感動に対する関心のポイントが変わったのだ。田崎はここ数年、「アメリカ時代、マールボロの室内楽音楽祭などでチェロのパブロ・カザルスやピアノのルドルフ・ゼルキンらの演奏に触れた時に受けた大きな感動を日本の若い世代に伝えたい」との思いを強め、若手奏者との室内楽のワークショップにも取り組んでいる。「三大作曲家の遺言」においてもピアノを奏でることの意味、音楽を聴くことの感動を全く新たな視点から自他へと問い直す。

7月18日の第2回、11月14日の第3回とも第1回と同じく、土曜日午後2時開演のマチネー(昼公演)。高齢化社会の進行とともに「明るい時間のうちに出かけ、帰りたい」と望む聴衆が増えている実態も踏まえての措置と思われるが、これだけのピアノ芸術(クラヴィーアクンスト)をシニア世代だけに独占させるのは、もったいない。むしろ田崎を知らない若い世代に、慈愛に満ちたピアノとともに輝く「かっこいい悦ちゃん」を発見し、すごく驚いて欲しい。絶対に「はまる」感動が用意されているのだから。

(電子編集部 池田卓夫)

『三大作曲家の遺言~ベートーヴェン、シューベルト、ブラームス』全巻セット 田崎悦子(4CD)

演奏者:田崎悦子
販売元:若林工房

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演奏者:田崎悦子
販売元:若林工房

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