高関健指揮東京シティフィル、スメタナ「わが祖国」綿密な設計で「モルダウ」に新鮮な響き

東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団の常任指揮者に4月1日付で高関健氏が就任した。11日の「就任披露演奏会」の演目はチェコ国民楽派の創始者ベドルジハ・スメタナ(1824~84年)の連作交響詩「わが祖国」全6曲。クラシック音楽の入門編扱いされがちな名曲「モルダウ(ヴルタヴァ)」を含むが、深い楽譜研究と綿密な時間設計によって初演のような新鮮さで上演した。玄人受けしそうな、質実剛健で渋いコンビの誕生だ。

スメタナの「わが祖国」はチェコ人が誇る国民的作品である。ロマン派が隆盛の19世紀において、民族意識の高まりとともに出現した国民楽派の最たる作品だ。第2次大戦後の1946年以降チェコの首都プラハで続く国際音楽祭「プラハの春」では、スメタナの命日である5月12日の開幕公演で「わが祖国」が毎年演奏される。しかし彼がこの連作交響詩を作曲した19世紀後半、チェコはまだオーストリア帝国領のボヘミアであり、チェコ人はドイツ系貴族の支配を受けていた。スメタナはいにしえのチェコ民族の栄光の歴史に思いをはせて一連の交響詩を作曲したのであり、音楽に染み渡る郷愁や叙情、憧憬の念、自然への愛が聴く者の胸を打つ。きわめてロマンチックな作品群であり、「モルダウ」に代表される美しい旋律と相まってそのロマン性が人気の理由と思われる。

しかし日本で頻繁に演奏されるのは「モルダウ」だけで、他の5曲はほとんど知られていないのが実情だろう。“俗謡名曲”と誤解されがちな「モルダウ」を含む70分を超える大作を新鮮な緊張感で上演するには、先入観なく楽曲の原典を綿密に精査する学究心が必要だ。そんなアプローチに適任なのが今年60歳になる高関氏。彼の指揮による演奏はこれまでも何度となく聴いている。東京芸術大学が毎週木曜日に校内の奏楽堂で開く「モーニングコンサート」では、芸大フィルハーモニアを指揮する常連だ。昨年6月のNHK交響楽団による現代音楽の公演「ミュージック・トゥモロー2014」も指揮し、この「音楽レビュー」でも紹介した。古典も現代音楽も問わず、どんな難曲でも見事に楽譜を読み解いて分かりやすく聴かせる印象がある。

桐朋学園在学中にカラヤン指揮者コンクールジャパンにて優勝し、レナード・バーンスタインや小澤征爾氏の指導も受けた。ウィーン交響楽団やベルリン・ドイツ交響楽団など欧州の管弦楽団も指揮してきた。大家の域に入れば、大きな演奏会しか指揮しなくなるものだ。しかし高関氏はアマチュアの楽団も頻繁に指揮する。仲間とともに楽譜を解読し、再現する喜びを知っているからこそできる柔軟で気さくな仕事ぶりだ。2月15日に高関氏の指揮でブルックナーの「交響曲第8番」を演奏したアマチュア楽団「ザ・シンフォニカ」のバイオリン奏者兼演奏委員長の小川敦生氏(多摩美術大学教授)は「高関さんは曲の研究に熱心。何をやりたいかがタクトを見るだけで分かる」と語る。

1曲目は郷愁と叙情があふれ出る「高い城」。プラハ市内を流れるモルダウ河畔の丘の上に建っていたボヘミア国王の居城「ヴィシェフラド」に思いをはせた交響詩だ。今は城跡。観光名所のプラハ城の対岸の外れにひっそりとたたずむ。出だしのハープ2台による「高い城」のテーマと分散和音の調べの場面では、高関氏は指揮棒を振らず、奏者の自主性に任せている。丘の上で吟遊詩人が自由気ままに竪琴をボロンと弾く気分だ。ハープの伴奏に乗っての金管がややもたついたが、続く弦楽合奏による「高い城」のテーマの伸びやかな響きは、強弱の抑揚を大きくかつ緩やかに付けて、徐々に気分を高揚させていく。強奏に達したところで登場するシンバルの音が控えめで弱いのが良い。栄光は過去のものであり、古い時代のおぼろげな輝きを思わせるくすんだ金色のシンバル音だ。

抑制を効かせた緩やかな導入部だっただけに、続く速いテンポの中間部がドライブ感あふれる印象を強める。弦が流線形のしなやかさで疾走する。金管が鳴らす軍隊行進曲風の合いの手は古風で重々しく、威厳を感じさせる。その一方で何度も打ち鳴らされるシンバルがここでも控えめだ。華やかな凱旋は幻のごとし。一転、弦のシーケンス(同音反復進行)に導かれて再び緩やかな場面に戻り、弱音の繊細な響きが追想のイメージをもたらす。つわものどもがゆめのあと。

アタッカ(切れ目無し)ですぐに2曲目「モルダウ」が始まった。突出した人気曲。しかし出だしからして早くも新鮮だ。弦のピツィカートに乗って繰り広げられる木管アンサンブルが鮮やかな響きを出す。フルートやクラリネットがここまで複雑な音の絡みを繰り広げていたとは。あまりにクリアな音響だったので、木管群だけの独立した現代音楽作品に一瞬聞こえた。続いて弦による有名すぎるあの美しいメロディーが登場するわけだが、高関氏の指揮ではこの美メロの部分だけが突出することはない。続く田園風の長調の中間部を速めのテンポで進め、中だるみを避けている。それによって弦による次の伸びやかな別の旋律がくっきりと浮かび上がってくる。再現部でのモルダウのメロディーがより深みを増す。背景に鳴り響くトライアングルの音色がはかなくもいじらしい。すべての音価を平等に扱う周到な構成力を印象づけた。

3曲目「シャルカ」は全6曲中、最も完成度の高い演奏だったのではないか。恋人に裏切られた女性騎士シャルカが男たちの騎士団を壊滅させる復讐(ふくしゅう)劇。ワーグナー風のライトモチーフ(示導動機)が人物や行動を表現する標題音楽といえる。高関氏は綿密な活写で物語の細部まで浮き彫りにするとともに、全体の構成も分かりやすく示した。恋人の裏切りに怒る冒頭の場面で弦の切れ味鋭い響きを強調する。続く弦による緩やかな旋律はリヒャルト・シュトラウスを思わせるほどのロマンチックで滑らかな表情を出した。男たちを酒に酔わせる宴会の場面では、おどけた牧歌風に加えてどこか陰険な響きがそこはかとなく漂う。そして眠り込んだ男たちのいびきを表すというファゴットの音をたっぷり滑稽に響かせる。怒とうのごとく攻め入る女性騎士たちの戦いは冒頭以上にシャープに描かれる。ほんの10分間の楽劇。無駄のない引き締まった演奏だった。

ここで休憩が入った。半分終わった時点で「ブラボー」が出ている。コンサートが目白押しの4月の土曜日だけに、会場は満席とは言い難い。だが「まさかこんなすごいものを聴けるなんて」と口にする来場者が何人もいた。高関氏は素朴で真面目な人柄で、派手なはったりはない。東京都江東区のコンサートホール「ティアラこうとう」を主な拠点とする自主運営の東京シティフィルも地味な印象だが、地道に努力する若手奏者が多く、伸び代が大きい楽団だ。しかも今月は同フィルの創立40周年でもあるのだ。記念すべき公演での「わが祖国」の後半が始まる。

4曲目「ボヘミアの森と草原から」は、後のフィンランドのシベリウスの登場をも予感させるほど、自然と心象風景を重ね合わせたような楽曲だ。勇壮さと悲劇性が入り交じったような序奏部に続き、チェロやビオラの分散和音に乗っての木管のさえずりが美しい。フーガ風の場面での高音域の弦の響きが細やかで澄み切っている。スラブ舞曲風の中間部ではリズムの変化にメリハリを付けて、次々と変わる曲の表情をうまく捉えていた。終結部の短調のサウンドの盛り上げ方が強弱を十分に効かせて感動的だった。

次の「ターボル」まで来ると、聴き手もいよいよボヘミアの森の奥深くまで分け入った気分だ。演奏頻度も高くない。テーマもチェコの民族性を強める。ボヘミアの宗教改革者ヤン・フスの火刑と、それに続く信者の蜂起によるフス戦争を描く音絵巻。フス教徒の信仰心の強さを表すという重厚な短い主題が繰り返される。ベートーベンの「交響曲第5番」の運命の主題のように、ほとんどこのテーマだけで構築された音の建造物だ。同じ音程を中心とした主題が重々しい歩みを続ける中で、ピッコロやフルートが鋭い高音を発する。メロディーも乏しい曲が、重層的な響きの1音たりとも無駄にしない厳格な指揮ぶり。全6曲中、最も現代音楽風の演奏といえる。

「ターボル」の続編である最後の「ブラニーク」も、アタッカで切れ目無く始まる。チェコ中部のブラニーク山に眠るフス教徒の戦士たちは、祖国が危機にひんした時によみがえるという。シーケンスと同音程の楽想が多用され、後のシベリウスの管弦楽曲を思わせる。貴族趣味の美しい旋律を安易に使わず、内に秘めた戦闘的気分を武骨で重厚なサウンドによって維持する。現代のハードロックをも想起させる。しかし後半には民族舞踊風の牧歌的な旋律も登場する。終結部に至るぎりぎりまで抑制を効かせて、最後に1曲目「高い城」のテーマが再帰するところで一気に強奏の火花を散らせた。全6曲を締めくくるための説得力のある盛り上げ方だ。緻密な計算を積み上げての指揮が大きな感動を生む好例だろう。

カレル・アンチェル指揮チェコ・フィルハーモニー管弦楽団によるスメタナ「連作交響詩《わが祖国》(全曲」のCD。1963年プラハでの録音。ナチスの強制収容所から生還し、戦後68年のチェコ事件後に亡命、カナダで没した名指揮者の代表的名盤(日本コロムビア)
ヴァーツラフ・ノイマン指揮チェコ・フィルハーモニー管弦楽団によるスメタナ「連作交響詩《わが祖国》(全曲)」のCD。カレル・アンチェルが去った1968年以降、20年余りにわたり同フィル首席指揮者を務めたノイマンの定盤。75年プラハでの録音(日本コロムビア)

金管の鳴らし方のほか、管弦楽のセクションごとの微妙なテンポのズレなど不満な点も部分的にはややあった。しかし高関氏の解釈が全楽団員に浸透し、曲の構成がくっきり浮かび上がる演奏は、緊張感を終始絶やさないものだった。桂冠名誉指揮者の飯守泰次郎氏によるワーグナーの楽劇や、前音楽監督の宮本文昭氏の指揮によるムソルグスキーの「展覧会の絵」など、東京シティフィルにはこれまでも多くの秀演がある。オーケストラの演奏会が集中する東京において、「モルダウ」のような耳にタコの名曲にも真正面から取り組み、正統かつ新鮮に演奏できることこそ、聴衆を引き寄せるポイントだろう。高関氏の常任指揮者就任で同フィルがより楽曲の核心に迫り、引き締まった演奏を繰り広げる可能性はある。

(文化部 池上輝彦)

スメタナ:わが祖国(全曲)

演奏者:アンチェル(カレル)
販売元:日本コロムビア

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