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睡眠

起きたい時間に目が覚める不思議なチカラ

2015/5/5

ナショナルジオグラフィック日本版

毎朝、子供を起こして学校に送り出すのに四苦八苦している親御さんも多いと思う。階下から子供部屋に向かって起きろ、と怒鳴っていた主婦がその声量を買われて町内の合唱団に誘われたとか、そんな笑い話がでるくらい寝た子を起こすには日々胆力と腹筋を要する。かく言う私の長男坊も寝起きが悪く、寝ている間に頭のどこかの歯車が外れているんじゃないかと心配になるほどエンジンがかからない。目覚まし時計よりも早く目を覚ます長女と、遺伝子の4分の1を共有しているとは思えない寝坊ぶりである。

(イラスト:三島由美子、以下同)

睡眠不足なんだろうなぁと同情したりもするが、早寝をした翌日でも寝坊は同じだったり、遊びに出かける朝にはちゃっかり早起きしてきたりするので、時々冷た~い視線で寝ぼけ顔を見てしまう。同じような疑問を持つ親は多いらしく、Yahoo!知恵袋などでも「遠足で起きられるのに普段寝坊なのはおかしい。やる気の問題なんじゃないか?」という趣旨の質問が複数寄せられている。今回はこの希望した時刻に目覚めるチカラについて興味深いデータをご紹介したい。

意思や意欲(やる気)が早起きを助けるのは確かである。「頑張らなくちゃ!」「明日が楽しみ」「早く朝にならないかな」などのハッピーな動機付けや期待があると、目覚まし時計なしでも希望時刻あたりで覚醒できる確率が高くなる。ある調査によれば健常成人の半数以上が必要に応じて自力で覚醒できると回答しており、その精度(予定時刻と実際の覚醒時刻の誤差)は±10分程度であるらしい。驚愕(きょうがく)の結果である。少なくともこの調査は私の周囲では行われなかったことは間違いない。だって早起きが得意そうな人間がさっぱり見当たらないから。

意思によって自力で覚醒することを専門用語では「自己覚醒 (self-awakening)」もしくは「予定された睡眠終結(anticipated sleep termination)」と呼ぶ。一般的に前者の方がよく用いられるが個人的にはterminationの方が好きで、自己覚醒の得意な人を睡眠のターミネーターと呼んでいる。早起きが思いのまま、朝からエンジン全開、朝礼で喝っ、というイメージにぴったりだからだ。こわっ。冗談はさておき、自己覚醒できる人は当然ながら睡眠慣性が少なく覚醒感がよい。睡眠をコントロールしている感じ、1日を制した感じで、きっと気持ちが良いのだと思う。実にうらやましい。

■興奮で眠りが浅くなっているわけではない

覚醒時刻は、体内時計で定められた寝付き時刻と疲労回復に何時間寝なくてはならないかという睡眠恒常性によって、ある程度自動的に決まってしまう。それを睡眠中にもかかわらず意思のチカラでターミネートするのだから、よほどのことが体内で生じているはずである。どのようなメカニズムで自己覚醒が可能になるのか興味のあるところだが、残念ながらいまだに謎に包まれている。しかし、これまでに幾つかの興味深い現象が確認されているのでご紹介したい。

自己覚醒について話すと「興奮で眠りが浅くなっているんじゃないの?」とよく問われるのだが、この自然な目覚めは眠りが浅くなるなど睡眠の質が低下して生じているのではない。我々が行った研究では、同じ人でも自己覚醒を試みた夜は普段の夜よりも入眠直後に深い睡眠で見られる脳波(δ波)が増加していた。効率よく脳を休めることで、睡眠後半の目覚めを楽にしているのかもしれない。さらに、自己覚醒に成功した人の右前頭葉の血流が、驚くべきことに覚醒の30分ほど前から増加することも分かった。目が覚める前から大脳の活動が高まるのだ。

ほかにも、起床予定時刻の少し前にレム睡眠が登場することが多いことがいくつかの研究で確認されている。レム睡眠時には大脳皮質の血流が増加するため、その直後に目が覚めると覚醒しやすいと思われる。しかし、なぜレム睡眠が予定時刻の近くで増加するのか、肝心の点が不明のままである。

なかなかブレークスルーが起こらない中、世界中の睡眠研究者や体内時計研究者を驚かせる研究が登場した。最も権威ある科学雑誌の1つである『ネイチャー』に掲載されたため、大変な話題になった。この研究では同じ被験者で日を変えて3回にわたり実験室で睡眠とホルモン測定を行ったのだが、それぞれ以下のような異なる説明をしてから消灯してもらったのである。

(1)寝る前に「朝9時に起こします」と伝えて9時起こす(平常夜)
(2)寝る前に「朝6時に起こします」と伝えて6時に起こす(自己覚醒夜)
(3)寝る前に「朝9時に起こします」と伝えて実際には6時に「脳波計の故障で実験終了です」と言って起こす(サプライズ夜)

被験者はランダムな順番で3回の検査を受けたのだが、サプライズ夜のことはアクシデントだと思い込ませるのがポイントである。「6時に起こされる(起きなくてはいけない)」という自己覚醒の影響をみるためには「6時に起きなくても良い」と言われた晩のデータではなく「9時まで寝るのだ」と思い込ませて突然6時に起こした時のデータと比較する必要があるのだ。なぜなら、「6時に起きなくても良い」と言われた時点ですでに何らかの暗示効果が生じるからである。

■体内時計とは異なる「タイマー時計」がある…

さて、研究の結果、睡眠中のあるホルモンの分泌パターンが実にユニークな挙動を見せたのだった。そのホルモンとは副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)である。ACTHの生理作用の1つが強力な覚醒効果で、通常は深睡眠が多い午前3時頃まではACTHが低く抑えられ、その後明け方に向けて徐々に分泌が増加する(図の平常夜)。ところが驚いたことに、「6時に起きなきゃ」と考えた自己覚醒夜では起床予定時刻の1時間以上前の午前4時過ぎからACTHが急に高まったのだ。その一方で、同じ6時に起こされたにもかかわらず「9時でいいんだ」と信じて寝たサプライズ夜では普段と同じ分泌レベルに留まっていたのである。

「ACTHが早く分泌するのが驚きなのか?」と問われれば、「もうビックリ!」と答えざるを得ない。ACTHの分泌リズムは体内時計に強固にコントロールされていて、自分の意思で分泌時刻を変えることなど不可能と考えられていたからである。その頑固なはずのACTHが、簡単な暗示で、こともあろうに寝ている間に普段と違う挙動をするなどということは簡単に信じられない、というのが一般的な研究者の反応である。

この研究結果は非常に有名になったのだが、まだ世界のどの研究機関においても追試(再現)されていない。実はこのようなことはよくあるのだ。手間がかかって容易に追試できない研究などは、そのまま舞台裏に消えていくことも少なくない。ただし、このネイチャー論文はそれまでの常識を覆す内容を含み、さまざまな論議を巻き起こしたため、いずれ白黒つけなくてはならないだろう。

仮にこの研究結果が正しいとすれば、体内時計(24時間時計)とは異なる別の強力な時計(タイマー型もしくは砂時計型とも言う)が我々の体内に存在していることを意味している。現在もそのタイマーのメカニズム研究が続けられている。強力なタイマーを持っていれば自己覚醒もお茶の子さいさい。先回話題になった睡眠慣性の悩みも一発解消である。一方で、このタイマーが悪さをする可能性もささやかれている。たとえば、毎晩判で押したように同じ時刻に目が覚めてしまう不眠症患者や認知症の高齢者ではタイマーが暴走しているのではないかというのだ。

自由自在にオンオフ切り替えられるタイマー調整剤の新薬治験が始まるときには、被験者第1号は私の長男坊を推薦したい。その頃には私の方は、認知症の夜間徘徊(はいかい)で服薬させられる側になっているかもしれないが…。

   三島和夫氏
三島和夫(みしま・かずお)
1963年、秋田県生まれ。医学博士。国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所精神生理研究部部長。1987年、秋田大学医学部医学科卒業。同大精神科学講座講師、同助教授、2002年米国バージニア大学時間生物学研究センター研究員、米国スタンフォード大学医学部睡眠研究センター客員准教授を経て、2006年6月より現職。日本睡眠学会理事、日本時間生物学会理事、日本生物学的精神医学会評議員、JAXAの宇宙医学研究シナリオワーキンググループ委員なども務めている。これまで睡眠薬の臨床試験ガイドライン、同適正使用と休薬ガイドライン、睡眠障害の病態研究などに関する厚生労働省研究班の主任研究者を歴任。『8時間睡眠のウソ。日本人の眠り、8つの新常識』(川端裕人氏と共著、日経BP社)、『睡眠薬の適正使用・休薬ガイドライン』(編著、じほう)などの著書がある。

(日経ナショナル ジオグラフィック社)

[Webナショジオ 2015年3月5日付の記事を基に再構成]

8時間睡眠のウソ。 日本人の眠り、8つの新常識

著者:川端 裕人, 三島 和夫
出版:日経BP社
価格:1,512円(税込み)

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