人気列車「ななつ星」 地方創生のヒントを見つけた
安倍晋三内閣の重要政策のひとつが「地方創生」。ななつ星は地域活性化の成功例とも言われる。BSジャパンの日経プラス10特別編「ななつ星in九州の旅―車窓から見えたニッポンの底力」(5月16日21:00から放送)の取材に同行し、地方創生のヒントを探った。
午前9時59分、濃いえんじに似た古代漆色の車体に金色のエンブレムをつけた列車がゆっくりと博多駅を出発した。1泊2日約32時間をかけ福岡、佐賀、長崎、熊本、大分の5県をめぐる旅の始まりだ。ゴットンゴットンの懐かしい音と列車の揺れに身をまかせ、車窓の景色を眺める。
今回の取材は、BSジャパン「日経プラス10」の小谷真生子キャスターが、ななつ星を舞台に鉄道ファンで「乗り鉄」の石破茂地方創生担当相や、人気のゆるキャラ「くまモン」をプロデュースした放送作家の小山薫堂さんなどと対談する趣向だ。
佐賀駅から石破大臣が乗り込んできた。「ななつ星にはデザインとストーリー、驚きと感動がある。地方創生にもこれが必要」。まず強調したのが、補助金による活性化からの脱皮だった。今の地方は「どうせだめ」「何もない」と自信をなくしている。だが、強力なリーダーとそれについていく人がいれば、補助金などに頼らずとも自力で変われる、と。
確かにこれまでの補助金は目先の利益を地方に与えたが、長期的に自立していく力にはつながらなかった。立派な建物ができ、道路が整備されても暮らす人がいなくなっては意味がない。必要とされるのは人材であり地域を元気にする仕掛けや知恵だ。
内・外装を担当したデザイナーの水戸岡鋭治さんは、ななつ星成功の背景に九州人の気質があるとみる。「アジアに近く、古くから外の文化を取り入れてきた。新しいことを面白がる伝統があり、私のような外から来た人間にも自由にやらせてくれる」
車内には14代酒井田柿右衛門が手掛けた洗面鉢や、福岡県大川市の職人の手になる伝統の組子細工などがある。椅子に張られた布は、長崎県の天草更紗(さらさ)をアレンジした模様。水戸岡さんの呼びかけに地元がこたえた。
日本の多くの地域は閉鎖的で変化を好まず、IターンやUターン組が定着しにくいとの話も耳にする。「日本人はよそ者、若者、ばか者が大嫌いだけど、企業や社会を変えるのはそういう人」と石破大臣。小山薫堂さんは「ななつ星の特徴は乗客と住民がつながっていること」と言い、「住む人が夢中になれることが大切。面白いものがあれば外から人がやってくる」と語った。
石破大臣と小山さんが途中下車し、外はいつの間にか闇に包まれている。小雨の中をヘッドライトをつけた車が列車と並走する。
ななつ星の生みの親であるJR九州の唐池恒二会長は「地元の人を喜ばせたい、元気にしたいと思って始めたが、ななつ星に乗れるのは生活にゆとりのある一握りの人。金持ちの道楽とそっぽをむかれるのではとの不安もあった」と打ち明ける。
だが、それは杞憂(きゆう)だった。この日も停車駅には地元の人の笑顔があり、沿線にはそこここで手を振る人の姿があった。車内で供される料理には地元の食材がふんだんに使われ、生産者の自信と誇りにつながっている。2日目の朝、阿蘇を案内してくれた現地ガイドの男性は情熱をこめて地元の魅力を語っていた。
唐池会長は「地方創生で最も大事なのは地域が自信と誇りを持つこと」と強調する。江戸時代の藩は自主独立の精神が根付き、独自の文化圏を築いていた。だが明治以降の中央集権国家は優秀な人材を中央に吸い寄せた。戦後の高度成長期には地方から都会へ労働力の流出が続き、地方は空洞化していった。その流れは今も続いている。
湯布院を経由し、日本の原風景を思わせる田園地帯を抜けて列車は夕刻の博多駅に近づいていく。石破大臣は「地方が自立していた時代に戻す。地方が国を支える時代が来る」と話したが、地方から中央へ向かったベクトルを逆転させるのはそれほど容易ではない。どの地方にも素晴らしい文化や伝統、物産がある。地方で暮らしたいと願う若者も増えている。よそ者を受け入れ、自信と誇りを取り戻し、自分たちが楽しみながら暮らす姿を示していく。ななつ星が見せてくれたのは人々のつながりと文化的な力の大切さだった。
(ライター 岩田三代)
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