アスリートがトレーニングウエアのインナーとして愛用するコンプレッションウエア。タイプはいろいろだが、多くは着圧で筋肉の無駄な動きを抑え、疲労を軽減したり、全身を適度に加圧して血行促進するなど、競技やトレーニングのパフォーマンス向上が目的のスポーツ用品だ。アンダーアーマー、アディダス、ナイキ、ミズノ、ワコールなど、スポーツ用品メーカーや下着メーカーなどからさまざまな特徴を持った商品が投入されている。
この分野でスポーツ用を「ON」とすれば、普段用の「OFF」の用途開発がただいま進行中だ。東京・ヨドバシカメラ秋葉原店では、オーストラリア製のSKINSブランドの製品がPCアクセサリー売り場に並んでいる。これは、もともと運動後の負担を軽減するために開発されたウエアを、発売元のデサントが「PCスーツ」と名付けて、デスクワーク用として打ち出したもの。パソコン用めがねのJINS PCのように、用途を限定して販売した商品といえる。福利厚生のために、まとめ買いする企業も出てきているという。
デサント セールスプロモーション統括部の加勇田雄介氏によれば、自社で行ったビジネスマン向けのマーケット調査から9割近くが普段から「疲労」を感じ、6割近くが疲労軽減のために「適度な運動」が有効と認識していることがわかったという。しかし、「なかなか運動する時間や機会が作れないのが現状。血流を高めることで、デスクワークの疲労を軽減できるウエアの着用を提案した」(加勇田氏)と話す。
男性の「隠れむくみ」対策にも期待
実は、デスクワークの多い私も、夕方の足のむくみに悩まされる一人。加勇田氏によれば、私だけでなく、男性の「隠れむくみ」は少なくないという。そこで、試しに同社のSKINSのメンズロングタイツ(RY400)を1週間ほど試用させてもらった。
最初、着用したときには締め付け感があって、1日持つかどうか、心配になったが、人は慣れるもので、数時間で苦にならなくなった。もっとも、脱いだ後に解放感を感じたのは、やはりかなり締め付けられていたためだろう。
むくみのほうは、夕方、靴ひもをゆるめなくても済んだので、多少緩和されたように思えた。また、筋肉をしっかり締め付けてサポートしているので、いつもよりも足取りが軽く感じられた。
と、そんな気がしたが、これは個人差がありそう。効果が目に見えないのが、なんといってもコンプレッションウエアの弱み。SKINSのメンズロングタイツ(RY400)で店頭価格1万4000円前後と、安い買い物ではないが、実際に自分で試してみるか、使ったことのある人の口コミを参考にするほかない。
リクルートが福利厚生で導入
企業でいち早く、このPCスーツを福利厚生用に採用したのが、リクルートライフスタイルだ。2014年11月の導入時には、同社のAirレジの開発チームの数十人に支給している。
導入を決めた同社ネットビジネス本部執行役員の大宮英紀氏は、「当社はIT(情報技術)企業で、エンジニアたちがストレスをためずにいい仕事ができるように、立席スペースを各所に設けたり、バランスボールに座って仕事ができたりと、働きやすい施策を行ってきた。PCスーツもその一環で、おおむね好評のため、支給をさらに拡大していきたい」とその効果にまずまずの様子だ。

実はこのリクルートの採用が、先のヨドバシカメラへの納入の決め手になったとデサントの加勇田氏は話す。「PCスーツが疲れを軽減する理屈はわかっても、リアリティーがないと、販売店は扱ってくれない」(加勇田氏)。大手IT企業採用という“実績”が、流通、さらには消費者への説得力となるという考え方だ。
デサントではすでにIT企業以外にもアプローチしており、商社や劇団、テーマパーク、運輸会社など大手企業への導入を進め、旅行用品、運動用品、自動車用品などの流通にも販路を広げていく計画。PCスーツならぬ、「トラベルスーツ」や「ドライブスーツ」としての横展開も視野に入れている。
リカバリーウエアとして新ジャンルになる可能性も
PCスーツ以外にも、ゴールドウインC3fit(シースリーフィット)や、体幹をサポートするReebok TAIKAN(タイカン)なども、スポーツ以外での利用者が増えている。そのほか、ベネクスのように休養・睡眠時専用の「リカバリー(疲労回復)ウエア」として、すでに25万着を販売した企業もある。
ベネクスの商品ではウエアの繊維に鉱物を練り込み、微弱な電磁波で自律神経を刺激する方式を採用。「現在では7割がスポーツ選手ではない一般購入者」(ベネクス)。2015年5月には、ポロシャツのようなアウターを展開する予定だという。
2015年、スポーツ目的に開発されたコンプレッションウエアが、PC利用時の体への負担軽減や疲労回復用のウエアとして、新たな用途を切り開く年となるか。ビジネスマンの疲れた体を癒やすために、オフィスや家庭でこうした“ウエア”を着込む姿を見かけるようになるかもしれない。

日経BPヒット総合研究所 研究員。コンシューマー局プロデューサー。『日経トレンディ』『日経ゼロワン』『日経キッズプラス』の副編集長、『日経おとなのOFF』の編集委員などを経て現職。キッズからシニアまで各世代のライフスタイルをウォッチ。共著に『ものづくりの未来が見える 3Dプリンター完全マスター』(日経BP社)がある。