サクラダイ 成長に従いメスからオスに性転換

春になると、日本列島を北上する桜前線が話題になる。魚にもサクラマスやサクラエビなど、桜と名付けられた種類があり、サクラダイもその一つだ。一般に、桜の季節に獲れるタイ科のマダイを指すことが多いが、ここで紹介するのは、それとは別。標準和名をサクラダイという。相模湾から南九州までに分布する日本沿岸特産種で、成長しても15センチほどの美しいハタ科の小魚である。

水槽に展示されたサクラダイの群(東海大学海洋科学博物館提供)

伊豆半島では、水深20~50メートルの海底近くに数千尾もの大きな群れを作って生活している。群れといっても、イワシやサバのように整然とした群れでない。互いに50センチから1メートルくらいの間隔で群がり、ゆっくりした動きで流れに頭を向けて水中で定位し、流れてくる動物プランクトンを捕らえて餌にしている。

サクラダイはメスとオスで斑紋が異なっている。体が赤に近いオレンジ一色で、背びれの中ほどに黒い斑紋があるのがメス、背びれの黒斑がなく、深紅の体にきれいな白い斑点のあるのがオスだ。単に雌雄で斑紋が違うだけでなく、実は成長に従って同じ個体がメスからオスに性を変える魚なのだ。

サクラダイのメスは背びれの黒斑が特徴だ(東海大学海洋科学博物館提供)

サクラダイは食用にならないうえ、漁網を引きにくい岩礁の周りにすむので、ほかの魚に混じってとれることも少なく、かつては一般にはなじみのない魚だった。しかし、わりと近年になってスキューバダイビングが普及すると、あでやかな体色のサクラダイが格好の被写体となり、本や雑誌で紹介され、注目を集めた。

東海大学海洋科学博物館では1970年の開館当初から重要な展示生物の一つだった。水族館で飼って見せるだけではなく、繁殖生態を解明するための潜水調査も行われ、東海大学海洋研究所の鈴木克美先生をリーダーとして、伊豆半島沿岸で月1回潜水観察するとともに、群れの一部を採集して生殖腺の変化が調べられた。

その結果、サクラダイの群れは多数の小形のメスと少数の大形のオスで成り立っていること、8~11月の産卵期にオス1尾とメス3~10尾ずつの群がりになること、オスはジグザグに泳いでメスに求愛し、メスがそれに応じると一緒に上方に短くダッシュして放卵放精することなどが分かってきた。

はっきりメスまたはオスと分かる魚のほかに、12~4月には、背びれの黒斑がうすれた中間型の体色の個体が少数現れる。こういう個体は卵巣が縮小し、精巣が発達し始めた間性状態の生殖腺を持っていることが解剖して確かめられた。つまり、サクラダイは産卵期が過ぎた12月ごろから、メスのうちでは大形の個体がオスへ変わりはじめ、4月にはオスの体になり、8月にはオスとして繁殖に加わるということも分かった。

サクラダイのオス。体の白い斑紋が特徴だ(東海大学海洋科学博物館提供)

魚類の中にはベラ類、ハゼ類など生涯の間に性を変える魚がかなりいて、1000種を超えると言われている。性を変えるのにはどのような利点があるのだろう。サクラダイのように、まずメスとして産卵し、成長してからオスに変わる種類は、体の大きな1尾のオスが多数のメスを独占して繁殖することが多い。この場合、仮に小さいオスがいても繁殖のチャンスはほとんどない。小さい時にはメスでいて卵を産み、大きくなってからオスとして複数のメスを相手にできれば、さらに沢山の自分の子を残すことができる、つまり、生涯の途中で性を変えるのは自分の子孫をたくさん残すのに有利な繁殖戦略と考えられている。

性転換する魚は卵も精子も水中に放出して水中で受精させる種類にみられる。自分の体の中では精子か卵子を作るだけで、体の中には子宮のような生殖器官がないので、体の構造をメスからオスに変えるのが比較的容易にできるのだ。

足高くバトンガールやサクラダイ 和子

(葛西臨海水族園前園長 西 源二郎)

西 源二郎(にし・げんじろう) 1943年生まれ。専門は水族館学、魚類行動生態学。70年、東海大学の海洋科学博物館水族課学芸員となり、2004~09年に同博物館館長。同大学教授として全国の水族館で活躍する人材を育成した。11年4月から14年3月、葛西臨海水族園園長。著書に「水族館の仕事」など

※「生きものがたり」では日本経済新聞土曜夕刊の連載「野のしらべ」(社会面)と連動し、様々な生きものの四季折々の表情や人の暮らしとのかかわりを紹介します。