ごみ・税金… 東京23区は境界またげばこんなに違う
世田谷区VS狛江市 マンション所属巡り争い
小田急小田原線の喜多見駅から歩いて15分。川沿いに広がる緑地のそばに、低層のマンションが連なっている。8棟からなるこのマンション、実は3つの行政区にまたがっている。東京都世田谷区と狛江市、そして調布市だ。
かつてこのマンションを巡って、世田谷区と狛江市が激しい火花を散らした。何があったのか。当時の新聞を振り返ってみよう。
「境界上マンション争奪戦」。2002年7月29日付の日本経済新聞は、両者の争いを伝えている。両者の主張は真っ向から対立した。
事の発端は不動産会社が世田谷区に住居表示申請を行ったこと。「世田谷区成城」のブランドで売り出すためだ。収まらないのは狛江市。2棟の住民が支払う予定の住民税が年間5000万円になることなどから強く反発した。
8棟のうち2棟は大半が狛江市側にある。狛江市はこれを基に、帰属権を主張した。一方の世田谷区は玄関の位置が同区にあることを理由に世田谷区と認定した。それぞれ住民基本台帳法、住居表示法が根拠だ。
両者の話し合いは紛糾したが、最終的には世田谷区とすることで決着した。住民税は世田谷区に入るものの、両市区にまたがる緑地の管理を世田谷区が行うことや不動産会社が周辺整備に協力することなどで狛江市が折れた。調布市は含まれる面積がわずかなため、特段問題視していなかった。
マンション周辺を歩いてみると、そこかしこに境界を示すものがあった。緑地や道路には「狛江市」「世田谷区」と書かれた石が埋め込んである。境界標などと呼ぶらしい。矢印で境界を主張していた。川辺にも「河川管理境界」と書かれた看板があった。ちょうどこのあたりが境界のようだ。
ごみの出し方、区で違う
世田谷区と狛江市。境界をまたぐことで変わるのは住所だけではない。行政サービスも違ってくる。
典型がごみ収集だ。この地域の世田谷区側では現在、可燃ごみが火曜日と金曜日だが、狛江市側は月曜日と木曜日だ。狛江市ではごみは有料で、市が指定する袋に入れなければ回収されない。家庭ごみの場合、いずれも10枚で5リットル入りが100円、10リットルが200円などとなっている。
ごみ出しルールが違うのは、区と市にとどまらない。東京23区内であっても、ごみの出し方は微妙に違う。中でも違いが出るのがプラスチックごみ(廃プラ)の出し方だ。
23区ではプラスチックごみの扱いは大きく3つに分かれる。(1)原則可燃ごみ(2)原則資源ごみ(3)プラマーク付きは資源、ほかは可燃ごみ――だ。
(1)の可燃ごみ派は文京区や世田谷区、渋谷区など。(2)の資源ごみ派は千代田区と港区だけ。(3)は中央区や新宿区、目黒区などとなっている。
かつて23区ではプラスチックは不燃ごみだった。しかし最終処分場の容量不足を背景に、東京都が10年までに廃プラの埋め立てをゼロにする計画を策定し、各区に対応を迫った。そこで世田谷区など11区は焼却処分して熱を発電などに利用する「サーマルリサイクル」にかじをきった。
一方、中央区など10区はプラマークのついた容器や包装などは資源として再利用している。ただしCDケースやハンガーなどは可燃ごみに分類した。
これに対して港区と千代田区では原則的にプラスチックを回収してリサイクルしている。ハンガーやCDケースも回収している。千代田区では当初はプラマークのみ回収していたが、「12年から範囲を拡大した」(千代田清掃事務所)。こうした対応の違いは、各区の財政力などが背景にあるようだ。
ちなみに、ペットボトルや食品トレーは大半の区が資源として回収している。
公園多い練馬区、広さでは千代田区
暮らしにまつわる施設やサービスは区によって大きく違う。例えば公園。最も数が多いのは練馬区で663カ所。大田区、世田谷区が続く。1人当たりの広さでみると、日比谷公園がある千代田区が断トツで33平方メートル。江戸川区と江東区が続いている。
23区では、公園でのキャッチボールを規制している区が多い。多くは一部の公園に「キャッチボール場」を設置し、日時を区切って開放している。中央区や新宿区などがこの方式を採用している。
12年まで全面禁止だった千代田区では13年春、「子どもの遊び場に関する基本条例」が施行された。各公園で週1日、2時間程度だが、キャッチボールだけでなくサッカーもできるようになった。区によって公園の使い方も違う。
交通事故最多は世田谷区 図書館蔵書は杉並区
図書館はどうだろう。東京都公立図書館調査(14年)によると、公立図書館の蔵書が最も多いのが杉並区で228万冊。千代田区や墨田区の実に4倍以上だ。千代田区は人口が少ないため人口比ではそれほど少なくないが、墨田区は人口比でみても杉並区の半分以下となっている。
安全面は? 警視庁の統計によると、14年に交通事故が最も多かったのは世田谷区で2308件。足立区、大田区が続く。荒川区の400件などと比べると桁違いに多い。幹線道路の有無なども影響しているようだ。
ちなみに世田谷区は歩行者の事故、子どもの事故、自転車の事故がいずれも23区内で最多。高齢者の事故、二輪車の事故は足立区がトップだった。
自転車返還費用、5000円から無料まで
普段あまり意識しない23区の境界線。それを逆手にとった場所がある。JR飯田橋駅のすぐそばにある複合ビル、飯田橋セントラルプラザ1階。吹き抜けのホールだ。
その名も「区境ホール」。床には「CHIYODA」「SHINJUKU」と書かれた金色のプレートが埋め込まれていた。ここは千代田区と新宿区の境界線なのだ。イベントなどに使われている。
ビルの管理会社に聞いたところ、竣工当時からこの名前だったという。堀を埋め立てた場所に建てたこのビルは、ちょうど境界線上に位置していた。なんとも遊び心のあるネーミングだ。
境界をまたぐことで不便はないのだろうか。管理会社によると、駅寄りの住居棟が千代田区、事務棟が新宿区に属している。境界線上には住居や店舗はなく、問題はないとのことだった。
ただ、ビルを出たところで思わぬ「境界」に出合った。ビルの周囲には駐輪場があるのだが、千代田区が管理する場所と新宿区が管理する場所に分かれていた。いずれも登録制で、未登録の自転車は定期的に撤去される。このときの返還費用が区によって違うのだ。
新宿区の場合は3000円。千代田区は2000円だ。もちろん、取りに行く場所も違う。迷惑駐輪はもってのほかだが、値段が違うとは知らなかった。
気になるので23区の返還費用を調べてみた。3月27日時点で最も高いのは荒川区・北区・台東区・豊島区・中野区・杉並区の5000円。最も安いのは中央区でなんと無料だ。ただし中央区は4月から有料化に踏み切り、3000円を徴収する予定だ。
15→35→22→23→? 変遷する区割り
東京は初めから23区だったわけではない。
東京に区ができたのは1878年(明治11年)。東京府の市街地にまず15区が生まれた。神田区、日本橋区などだ。1888年(明治21年)には東京市となり、1932年(昭和7年)、周辺の町村を編入して35区となった。渋谷区や淀橋区、世田谷区などが加わった。
1947年(昭和22年)にはこれを22区に再編。同じ年に練馬区が板橋区から分離独立して今の23区になった。
落ち着いたようにも見える区の姿だが、2000年前後からたびたび再編論議が持ち上がっている。
森記念財団は99年に23区を6つの特別市に再編する案を打ち出した。例えば「千代田市」は千代田区に文京区、台東区、荒川区、北区、足立区を加えた範囲を設定。広域化を促した。06年には東京都と特別区長会が再編検討で合意するなど、機運が高まった。ただ、最近では再編論議は盛り上がってはいない。
暮らしと密接に関わる行政区の違い。隣の区と何が違うのか。改めて調べてみると、区政への関心も高まるかもしれない。
(河尻定)
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