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「モーツァルト交響曲全45曲演奏会」 “アマデウス駅伝”の2日間、指揮者6人の個性光る

2015/3/25

 音楽愛好家によるNPO法人、日本モーツァルト協会が今年創立60周年を迎えた。これを記念して3月7.8日に開いたのが「モーツァルト交響曲全45曲演奏会」。8歳で作曲した「第1番」から最後の「第41番《ジュピター》」まで、番号無しを含め全45曲を2日で連続演奏するまれな試みだ。同協会理事長で作曲家の三枝成彰氏が企画立案した。曽我大介氏や三ツ橋敬子氏ら6人が作曲順に区切って指揮し、襷(たすき)をつなぐ“アマデウス駅伝”を聴いた。

 「世界初と言いたいが、いつかどこかで誰かがやっているかもしれない。だけど2日間というのは聞いたことないですね」。2010年から同協会理事長を務める三枝氏は1月22日の記者会見でこう話した。交響曲全45曲を6公演に分けて2日で完奏する試み。演奏時間は合計約18時間。三枝氏は昨年大みそかの「ベートーヴェンは凄い! 全交響曲連続演奏会2014」も企画した一人であり、いかにも同氏らしいアイデアだ。「ベートーベンとモーツァルトは14歳違い。その間にヘーゲルの哲学があり、音楽を芸術として聴く価値観が生まれた。モーツァルトは職人、ベートーベンは芸術家ということだが、今回、全交響曲を聴いて、(本当はどうなのか)自分の耳でじかに確かめたい」と三枝氏は語っていた。

 会場はサントリーホール(東京・港)。初日の7日は小ホールのブルーローズ、8日は大ホールを使った。7日はシアターオーケストラトーキョーを曽我大介氏、金聖響氏、湯浅卓雄氏が順に指揮し、第1番から第21番までを上演。8日は東京フィルハーモニー交響楽団を三ツ橋敬子氏、井上道義氏、大植英次氏が指揮し、第22~41番を演奏した。ともに午前11時から始めて夜までかかるモーツァルト漬けの2日間だ。同じ全曲連続演奏会でもベートーベンの交響曲が9曲なのに対し、モーツァルトは45曲と、短い曲も多いとはいえ、大変な量であり、1日では到底収まらない。

 モーツァルトの先輩格で「交響曲の父」と呼ばれるハイドンには番号無しを含めて108曲もの交響曲がある。それには及ばないものの、モーツァルトの交響曲も膨大な数である。ハイドンとモーツァルトの交響曲をごちゃ混ぜにして第何番かを当てるイントロクイズをやったら、よほどの通でも満点を採るのは難しいだろう。特にまだ子供のモーツァルトがお父さんのレオポルトの指導を受けながら作曲した初期の交響曲は、一般には未知の領域といえる。その最初の「第1~8番」を担当したのが、シアターオーケストラトーキョーを指揮した曽我氏だ。

 「とにかく楽譜が白いんですよ。ほら、真っ白」。1月22日の記者会見の席で曽我氏はモーツァルトの初期の交響曲の楽譜をかざして見せながら、音符の少なさと単純さを指摘した。「まあ何と単純なすがすがしい曲なのでしょう」と曽我氏。「初期の交響曲は一種のイベント音楽。何かの催しの序曲のようなものだった」とも。そんな曲ばかり集めての初日1発目の公演は大丈夫だろうか。サー・ネヴィル・マリナー指揮アカデミー室内管弦楽団の交響曲CD全集などには「第1番」も当然ながら収められている。しかし子供の作品だとの先入観でこれまで真剣に聴いてきたとは言い難い。どんな曲なのか口ずさめない。

 午前11時、いよいよ「第1番変ホ長調 K16」を曽我氏が指揮し始めた。確かに単純だが、いきなり印象に残るピュアな明るい旋律。CDでは大して印象に残らなかったが、生演奏を聴いて初めて、きびきびとした快調な走りの音楽であることが分かった。曽我氏の指揮は左右の弦楽器奏者を機敏に指さすなど、楽団員に極上の快走を続けさせるよう熱血のコーチぶりだ。アウトバーンを駆け抜けるような速さを持つ8歳の作品は驚きといえる。第2楽章では早くもモーツァルト独特のかなしみの曲調がハ短調で現れる。最後の「交響曲第41番《ジュピター》」で使われる「ドレファミ」の音型も登場する。明快で透き通った響きの第3楽章は、はつらつとした気分で終わる。「第1番からもうモーツァルトが出来上がっているんですよ。彼は最初から最後まで変わらなかった」と三枝氏は感心する。

 曽我氏の指揮のパフォーマンスがコミカルで屈託がないのも初期の交響曲の演奏に合っていた。途中で休憩を1回入れただけで、「第8番」まで次々に指揮し、合計10曲に及んだ。「交響曲ト長調《旧ランバッハ》」など番号無しが4曲、欠番が2曲分あるためだ。ユーモラスなトークも交えて指揮を続けた。「一丁上がり」といった雰囲気は否めないが、逆に深みや哲学的意味などを求めたら間違いだろう。イベント音楽だったのだろうから、このくらいの軽みがちょうどよいはずだ。しかし、これが天才少年モーツァルトの職人技だとしても、やはり美しい工芸品も芸術ではなかろうか。全10曲を演奏し終わって楽屋に引き上げる時の曽我氏の「ふう~っ」というため息のパフォーマンスもウケた。大変な重労働だったろうが、全曲演奏会はまだ始まったばかりだ。

 次に午後3時からの2公演目。2人目の指揮者は金聖響氏。照れ笑いなのか、苦笑いなのか、尋常ではないイベントに参加して「また9曲も続けてやっちゃいますけど、よろしいですか」とお伺いを立てたい風情だ。彼はトークを交えず、「第9番ハ長調 K73」から次々に指揮していく。10代にしてもう「第九」だ。管弦楽は同じシアターオーケストラトーキョーだが、指揮者が変わると演奏も変わる。曽我氏の指揮と比べて落ち着きがあり、躍動感はやや犠牲にしても、端正に曲をまとめているといった感じだ。余計なことを考えず、楽譜を淡々と読み解いていく。職人芸に徹した指揮ともいえる。

 だが、さすがに朝から累計で10曲を超えると、どの曲も似た感じに聞こえてくる。終わった端から忘れていく気もする。それでも金氏の指揮では1曲ごと始まる際にどれも新鮮に鳴る。ただ、すぐに思い出せなくなる。どれも似通った古典交響曲であるせいだろう。「第14番イ長調 K114」まで指揮した金氏。平たんな道ながら最初の正念場ともいえる区間を、聴衆を飽きさせることなく快調に飛ばした。

 ここまできてモーツァルトとは縁もゆかりもない「箱根駅伝」が頭に浮かんだ。毎年正月2日にわたって繰り広げられるあの「東京箱根間往復大学駅伝競走」だ。これって駅伝じゃないか。アマデウス駅伝。次の指揮者は湯浅卓雄氏。金氏から襷を渡されて「第15~21番」の7曲を指揮する。やはり飛び抜けた人気曲や有名曲が見当たらない演目であり、これで聴衆を感動させられたらすごい。初日最大の難所、山登りの区間かもしれない。それにしても日本を代表するそうそうたる指揮者が惜しげもなく6人も登場する。各氏の個性が光る。区間賞は問うまい。

 実は初日は湯浅氏の指揮の回だけ聴けなかった。すべてを通しで聴けた客がどれだけいるだろうか。土日の演奏会でも、所用が入れば通しでは聴けない。生演奏を丸2日聴き続けるのはかくも難しいことか。駅伝を沿道ですべて応援し続けるのが無理なのと同じだ。疾走するモーツァルトを聴き続けるには、18世紀の優雅な聴衆並みに時間の余裕が必要なようだ。

 夜が明けた。2日目。また午前11時に、今度はサントリーホールの大ホールに入った。管弦楽も東京フィルに替わる。ここで昨日から数えて4人目の指揮者、三ツ橋敬子氏が登板する。「今回は三ツ橋さんが最大の発見だった」と同協会副理事長の日和崎一郎氏が言うなど、モーツァルト通の多くの協会員が賛辞を口にした。「彼女の指揮の動きが曲のイメージにぴったり合っている」と三枝氏も称賛した。それほどモーツァルトの軽快で明敏な音楽に合致した指揮ぶりだった。

 三ツ橋氏の指揮では「第23番ニ長調 K181」が特に印象に残った。別に有名でも人気でもない10分程度の全3楽章が切れ目なく続く単一楽章風の小品だ。「スピリトーソ(元気に、生き生きと)」と指示された第1楽章が特に輝きに満ちて、みずみずしい疾走感を聴き手に与えた。全45曲を詳細に解説した同協会作成のパンフレットの冊子を見ると、直前の「第22番 K162」がハ長調だった。「第23番」はニ長調だから、音程が長2度上がっているのだ。モーツァルトが意図したことではないが、連続演奏会だけにハ長調に続けてニ長調の交響曲がすぐ登場した結果、高い音程に移調したような効果も生まれた気がした。そんな偶然の耳の錯覚を別にしても、きちんとしたテンポ管理で研ぎ澄まされた響きの造形を生み出していた。

 三ツ橋氏は超有名曲「第25番ト短調 K183」も指揮した。冒頭から短調で始まる交響曲がここで初めて出現した。演奏が機知に富むだけに、短調で疾走する曲調が新鮮に聞こえるのは言うまでもない。疾風怒濤(どとう)の小ト短調交響曲は、彼女の機敏で無駄のない指揮の下、荒々しいむき出しの感情というよりは理知的なすがすがしさを感じさせた。

 次の午後3時からの井上道義氏の指揮による「第31番《パリ》」から「第36番《リンツ》」までの6曲連続公演はたいへんな集客だったようだ。実はこの時間帯も痛恨の極みながら所用で聴けなかった。指揮者も曲も有名で人気となれば、モーツァルト通を超えて広くお客さんが集まったことだろう。しかしリスクが高まるともいえる。いよいよ誰でも知っている有名曲ばかりの区間に足を踏み入れたからだ。

 有名な大通りを走る最終ランナーが最も困難な状況に直面する可能性はある。8日午後6時半。最終公演が開演した。指揮者は大植英次氏。演目は「第38番ニ長調 K504《プラハ》」、それに“後期三大交響曲”と呼ばれる「第39番変ホ長調 K543」「第40番ト短調 K550」「第41番ハ長調 K551《ジュピター》」。いずれも「超」の付く傑作交響曲ぞろい。この4曲のうちのどれが「交響曲史上ベストテン」入りしても文句は出ない。それだけ聴き手も耳が肥えている。

 大植氏は昨年3月、東京フィルと「創立100周年記念ワールド・ツアー2014」と称してアジア・欧米6カ国で公演し、高い評価を受けた。息の合ったコンビによる「第38番《プラハ》」が始まった。大植氏のモーツァルトは聴いたことがなかったが、絶対的な自信を持っているのだろう、暗譜で指揮している。気になるのは緩急の付け方が激しいことだ。それによって本来は快調にアウトバーンを飛ばしてほしい第1楽章がつっかえがちで、モーツァルト特有の胸のすくようなスピード感が出ない。

 孤高の気品と優美さを備える「第39番」では、緩急の付け方が一段と極端になった。第1楽章でテンポを思い切り遅くしてアクセントを付ける箇所を設けたため、高く澄み切った青空を走る飛行機雲のような高音域の弦楽器の旋律が生きてこない。淡々とした軽快なテンポを好むモーツァルトファンには厳しい解釈だろう。時間を節約するためか、リピートも省略している。第1楽章の速い「アレグロ」が良くないとモーツァルトはかなり厳しい。

 それでも大植氏の指揮には最後にサプライズがあった。大詰めの「第41番《ジュピター》」だけは、原典に忠実に、すべてのリピートを含め、完全に再現したのだ。モダン楽器による大掛かりで大時代的な「ジュピター」ではあったが、東京フィルが最後の力を振り絞って楽譜の隅々までも鳴らし切ったのには、その前の演奏の不満を帳消しにするだけの感動があった。

 こうして2日間、約18時間に渡る全曲演奏会は終わった。耐久レースやカタログ的演奏に陥ることなく、好き嫌いは別にして各指揮者の個性がよく出て、聴き手がそれぞれに新たなモーツァルトを発見した公演だったといえる。オーストリアから来日して全公演を聴いた国際モーツァルテウム財団調査研究部門ディレクターのウルリヒ・ライジンガー氏は「日本のモーツァルト演奏のレベルは極めて高い」と語った。同協会は7月4.5日にも長野県軽井沢町の軽井沢大賀ホールで記念公演として「ピアノ・ソナタ全曲演奏会」を催す。仲道郁代氏と横山幸雄氏が交代で全ソナタを弾く。さらにはピアノ協奏曲や弦楽四重奏曲などの全曲演奏会があってもいい。人生を楽しく豊かにするモーツァルトの魅力あふれる音楽が、明るく、しなやかに、また走り出す。

(編集委員 池上輝彦)

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