赤ちゃんを電車に乗せるな…だから、子どもが増えない
3歳の娘があんまりかわいくて、つい「ねー、愛してるって意味分かる?」
昨日うれしいことがあったので、最初にそのことを書きます。それは3歳の娘。寝る前に「ママ、トイレ行こうかな」と言ったら「ついてってあげる。ママ一人だと、こわいかもしれないから」と言って、子ども用のトイレに座って「お付き合い」してくれました。
あんまりかわいいので、週末この子に振り回されたことも、翌朝、寝起きが悪くて20分くらい蹴飛ばされることも忘れて「ねー、愛してるって意味分かる?」と聞いたら、真面目な顔でうなずいたので、ぎゅーをしました。たぶん、共働きで子育てしている皆さんも、同じような日常を送っていることと思います。
こんなふうに子どものかわいらしさに毎日触れていると、たとえ面倒臭いことがあっても子どもは素晴らしい…って思いますよね。だからネットでちょくちょく見かける「子どもの声がうるさい」系の話題を、私はあえて見ないようにしていました。だってつらいし、何より腹が立ちますから。
だいたい何なの、保育園ができるとうるさいって。電車で子どもが泣いたら、あやしてあげればいいのに。そもそもベビーカーが邪魔だって、せこいこと言わないでよ。あなたの年金、誰が払うと思ってるわけ?
こんな気持ちでうんざりしていた私をスッキリさせてくれた記事がありました。2014年1月末にハフィントンポストに掲載された「赤ちゃんにきびしい国で、赤ちゃんが増えるはずがない。」という記事です。
ベビーカーを電車に乗せるなとか言ってるから、子どもが増えない
この記事には「いいね!」がなんと、17万も集まっています。ちょっと引用します。
「赤ちゃんを飛行機に乗せるなとか、ベビーカーを通勤電車に乗せるなとか、何を言っているのだろうとぼくは思う」
「赤ちゃんを、飛行機に乗せるのはいかがなものか。周りに配慮して自分のクルマで移動すべきではないか。ベビーカーで満員電車に乗るべきではない。通勤時間に移動する時はタクシーに乗るのが正しいのでは。そんなこと言ってるから、子供が増えないのだ」
筆者は1962年生まれのコピーライターさん。いわゆる広告マンです。「子ども業界」の人ではないのに、ここまで子どもの大切さを理解して、しかも分かりやすい言葉で書いてくれているのを読んで、私は感動してしまいました。この記事の筆者・境治さんが本を出されて、このたびトークイベントの対談相手としてお声掛けいただきました。「やったー!」と思いました。会場は紀伊國屋書店新宿南店。ここから先は、境さんのお話のエッセンスをお伝えします。
『赤ちゃんにきびしい国で、赤ちゃんが増えるはずがない。』
何度読んでも「そうだ、そうだ!」と思うタイトルですよね。ハフィントンポストの記事にも、同じ気持ちの人たちから、たくさんの反応が寄せられたそうです。
「『よく言ってくれた!』とか、『海外と比較して日本では子育てがしにくい』という女性から、たくさんご意見を頂きました」と境さん。でも、実のところ、ここまでの反応は予想外だったと言います。
「たまたま、赤ちゃんについて記事を書いたら、ものすごい反響があって驚きました。僕の専門はメディアで、職種はコピーライターです。子育ては専門外なのに…といまだに戸惑っている、というのが本音です」(境さん)
その後、境さんは応援の声に押されるようにして、子育ての現場を取材し始めます。その一部はハフィントンポストに書かれ、本にも収録されています。
境さんが取材する保育現場は、「いいなー、それ。楽しそう」と思うようなストーリーに満ちています。例えば、共同保育や自主保育の取り組み。実は30年前からあった「保育園足りない問題」に直面した親たちが、自分で作ってしまった保育の仕組みです。それから子連れで働けるスペースなどなど。読んでいると楽しく明るい気持ちになってきます。
「誰も何もしてくれない」ではなく「私たちには何ができるか」
「赤ちゃんにきびしい国」を批判するだけでなく、子育ての面白さや、個人ができることを丁寧に紹介していくスタイルで、読むごとに「これなら、なんとかなるんじゃないか」と思えてくるから不思議です。「赤ちゃんが増えない」というのはいわゆる「少子化問題」ですが、境さんが描くのはあくまで、ひらがな中心で表せる、地に足の着いた世界。「誰も何もしてくれない」ではなく「私たちには何ができるか」を考えさせてくれます。私はそこにとても希望を感じるのです。
「取材するときは、ポジティブな題材を探すようにしました。それから、話すように書くように気を付けています。目の前に人がいて話をする、と考えると、漢字をあまり続けないとか、語尾を柔らかくしてみようとか、誤解されない表現にするにはどうしたらいいだろうかと、自然と考えることができるんです」(境さん)
コピーライターは、伝えることにかけてはプロ中のプロです。『赤ちゃんにきびしい国で、赤ちゃんが増えるはずがない。』というタイトルは刺激的でありながら、誰にでもその意味が伝わります。そうして問題提起をしておいて、具体的な解決策をなるべく前向きに出していく。読者の皆さんが、子育てについて誰かに何かを書いて伝えたいと思ったとき、そして、多くの人に分かってほしいと思うとき、この境さんのプロの技に倣ってみるとよさそうです。
「最初にハフィントンポストに書いたのは、『子育ては社会でやりましょう』ということ。それを読んで、そういう活動をしている方がメールをくれたので、会いに行って現場を見せていただきました。やっぱりこの本は僕が書いたというより、皆さんの声に押されて出来上がった感じです」(境さん)
育児を女性だけのものにしていると、男性は関わりにくい
みんなが関心のある「赤ちゃん」や「子育て」と「社会」の問題を、子育て世代にとどまらず、たくさんの人に届く言葉で考えてみせたところに、境さんの記事や本の価値があると私は思いました。ご自身、大学生のお子さんを持つお父さん。ご自身の経験から、こんな提案をします。
「やっぱり、育児を女性だけのものにしていると、男性が関わりにくいです。私の妻は専業主婦だったのですが、子どもが幼稚園に入園した1990年代のシーンをよく覚えています。都内のある幼稚園では、入園式に園児と保護者1人分の椅子しかなかったのです。当然のように母親と子どもが座って、父親は壁際にずらっと並んで立ち、ビデオ係を務めていました」(境さん)
確かにこれでは、お父さんは「子どもにあまり関わらないで」と言われているようで、寂しくなってしまうでしょう。そこで私が思い出したのは、同じころの日本企業の様子です。当時はまだ、産後に働き続ける女性は少数でした。子育て現場はお父さんを仲間外れにし、仕事現場はお母さんを仲間外れにする――。いわゆる性別役割分業の押し付けが、女性だけでなく男性をも居心地悪くしていたのではないでしょうか。
紀伊國屋書店のトークでは現役のお母さん、お父さんから、実感のこもったご質問やコメントを頂きました。例えば「3年間、主婦をしていて、仕事に復帰したいと思ったら『ブランクなんだよね』と言われてしまいました。ワークとライフが分断している感じがしています」「僕も会社員時代に、育児休業を取得したら『キミには期待していたんだけどな』と言われてしまいました」といった声。育児経験が仕事にとってマイナスのように思われている現状が見えてきました。
それに対して境さんは、「『少子化はみんなで考えないとホント、ヤバいよ!』という状況なのに、分かっていない人がまだ多いんでしょうか。僕だったら、『育休頑張れ!』と言うんですけど」とコメントした後、こんなふうに続けました。
「『会社と家庭、どっちが大事?』と聞かれたら、これまでは『どっちも大事です』と答えたと思うんです。でも、本音では家庭のほうが大事に決まっていますよね。これからは、その当たり前の本音を言えるようになってほしい。本当はそう思っているけど言えない人が、僕と同年代の部長級の人には多いですよね」(境さん)
このトークイベントには、私の高校時代の親友が来てくれたのですが「こういう人が増えてくれたらいいねえ」と言っていました。本当に、すべての部長が境さんみたいだったら、社員は生き生き働けるし、子どもも増えると思います。
最後に、「赤ちゃんが増える社会にするために、どうしたらいいでしょう?」という問いに対し、境さんはこんなふうにアドバイスします。
女性は夫にもっと「あれやれ、これやれ」と言っていい
「口に出して言ってください。女性は、夫にも、『あれをやって』『これをやって』と言ってください。妻が全部一人でやっていると、夫は『一人でやりたいのかな?』と思って手を出しにくいです。そして、男女ともに会社でも、どうしてほしいか、言ってください。意外と要求って通ることも多いです。一人で言うのが怖ければ、たくさんで言ってください」(境さん)
制度や文化の問題は確かにたくさんあるけれど、それを作っているのは人間だから、変えたい、こうしたい、と思った人がそれを言うようになれば、ちょっとずつ良くなるはず。ちょうど、境さんの記事に励まされて「いいね!」を押した人が17万も集まったように、あなたがちょっと勇気を持って一言言えば、変わることがあるはずです。
今の50代は一昔前の上司世代とは実は違ってきている
最後に、境さんから共働き世代の方へのメッセージを紹介します。
「現役パパ・ママの皆さんにお伝えしたいのは、今の50代は一昔前の上司世代と実はかなり違ってきている、ということです。会社漬け人生に実は疑問を持っているし、家庭を大事にすべきだったかなと反省もしている。育休のことなど真摯に相談すれば、きっと前向きに受け止めてくれるはずです。一度でダメでも二度三度と話してみてください!」(境さん)
「今の50代は一昔前の上司とは違う」…。すごく希望が持てるコメントだと思いませんか。「赤ちゃんが増えるために」何をすればいいか、皆さんご自身でも一度考えてみてはいかがでしょうか。
昭和女子大学現代ビジネス研究所研究員。1997年一橋大学法学部卒業後、日経BP社入社。経済誌の記者・編集者を務める。その間、2006~07年フルブライト・ジャーナリストプログラムで米国留学。ミシガン大学客員研究員としてアメリカの共働き子育て先進事例を調査。2013年4月から現職。社会人教育を手掛ける企業で編集者として働きながら、国内外の共働き子育て事情について調査、執筆、講演などを行う。著書『稼ぐ妻・育てる夫―夫婦の戦略的役割交換』(勁草書房)、『ふたりの子育てルール』(PHP研究所)。家族は大学時代の同級生で経済学者の夫と、5歳の息子、2歳の娘。家事・育児を夫婦で半々に分担しながら、核家族の共働き子育て6年目。考え方の基本は「大人に市場主義、子どもに社会主義」。Twitter:@rengejibu
[日経DUAL 2015年3月17日付の掲載記事を基に再構成]
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