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睡眠

花粉症が引き起こす「眠りの三重苦」

2015/3/24

ナショナルジオグラフィック日本版

3月と言えば、花粉症の季節である。アレルギー性鼻炎はその代表だろう。スギ、ヒノキなんて文字を見ただけで鼻水が…などという悲惨な人も含めて、この時期は老若男女を問わずマスク姿が激増する。日本人のマスク好きは海外でも有名らしく、この季節に来日する海外からの旅行客は市中に出てそのマスク姿の多さにギョッとするようだ。花粉症の患者は増加する一方なので、そのうちにインフルエンザ→スギ・ヒノキ→ざわちん→ヨモギ・ブタクサ→インフルエンザ、と1年中マスクピープルだらけになってしまうかもしれない。

アレルギー性鼻炎では、くしゃみ、鼻水、鼻詰まりが3症状と言われる。そのまま鼻炎薬のCMのうたい文句になっているほどだが、これら以外にもさまざまな症状に悩まされる。勉強や仕事に集中できない、思考力や記憶力が低下する、人付き合いが煩わしい、倦怠(けんたい)感、疲労感、いらいら、ゆううつ、などなど。そして忘れてはならないのが、これらの症状を直接間接に引き起こしているのが睡眠問題だということだ。

例えばアレルギー性鼻炎患者を対象にした睡眠調査がある。回答者の平均年齢は40歳だが75%以上が睡眠で困っており、同年代の一般人に比較して寝つきが悪い、夜中に目が覚める、熟眠できないなどさまざまな不眠症状が高率にみられた。また50%以上の回答者が日中の眠気に悩んでいたという。これはとんでもなく高い数値である。

アレルギー性鼻炎によってなぜこれほど多くの人が夜はウツラウツラ、昼はボーッとした春先を過ごさなくてはならないのだろうか。その理由は、彼らが眠りと目覚めを妨げる三重苦を抱えているからなのだ。

(イラスト:三島由美子、以下同)

■花粉のせいで睡眠時無呼吸症候群も

第1の苦難は、鼻づまり(鼻閉)によって眠りの質が悪くなってしまうことだ。鼻閉はとりわけ夜間に悪化する。鼻から息が吸い込みにくいため喉の奥(咽頭)に陰圧がかかってつぶれてしまい、ひどいときには息が止まってしまう。睡眠時無呼吸症候群は肥満だけではなくアレルギー性鼻炎でも起こるのである。苦しくなって口呼吸をすると口内や喉が乾燥して、これまた気道を塞ぎやすくなる。当然ながら息が止まれば血液中の酸素濃度が低下して、苦しさから睡眠がとても浅くなってしまう。たとえ中途覚醒がなくても、睡眠がそのような状態では疲れが取れず、朝からグッタリしてしまう。

第2の苦難は、アレルギー反応で産生される免疫物質によって慢性的な眠気が生じてしまうこと。スギ花粉などアレルギーの原因物質(抗原、アレルゲン)が体に入ってくると、免疫細胞から抗体(IgE)が放出され、その後、さまざまな細胞に作用してインターロイキン、ロイコトリエンなどの炎症性メディエイターと呼ばれる免疫物質が連鎖的に放出される。これらの免疫物質がくしゃみ、鼻水を引き起こすのだが、中には強い眠気を生じるものが幾つもあるのだ。

「体を温めてゆっくり休みなさい」という健康法が人気を集めているが、もともと人にはそのようなシステムが備わっている。風邪を引くと免疫物質によって体温が上昇し、ウイルスの活動を弱め、免疫細胞の活性が高まり、同時に睡眠がとりやすくなるのだ。しかし花粉症の時期にずっと日中にも眠気が続くのはかなわない。

ただでさえ眠いのにさらに追い打ちをかけるのが第3の苦難、治療薬による眠気である。最近でこそ眠気の少ない鼻炎治療薬が登場したが、アレルギー治療薬と言えば主流は抗ヒスタミン薬だ。抗ヒスタミン薬と言えば、眠くなるというイメージをお持ちの方も多いだろう。ヒスタミンはアレルギー性鼻炎のくしゃみ、鼻水の原因となるホルモンだが、同時に非常に強い覚醒効果を持つ脳内神経伝達物質としても働いている。それに抗するのだから眠くもなろうというもの。

花粉症が眠りの三重苦を引き起こす

■旧世代の抗ヒスタミン薬では記憶力、計算能力、反応時間が低下

眠気のない抗ヒスタミン薬の条件は、鼻に効いて脳内では働かないことだが、古いタイプの抗ヒスタミン薬は血液中から脳内に移行するため、大脳皮質にあるヒスタミン受容体に結合して強い眠気を生じてしまう。これを改良して脳内に移行しにくくしたのが第2世代の抗ヒスタミン薬である。今では第2世代が治療薬の主流になりつつあるが、いまだに旧世代の抗ヒスタミン薬を好んで処方するドクターもいる。

その理由の1つがアレルギー治療と不眠対策の「合わせ技一本!」狙いである。鼻閉がある、息苦しい、眠れない…。そこで眠気があって鼻炎にも効くなら「寝る前に」服用すれば一石二鳥ではないかと、そのように考えるのは自然である。しかしこれは2つの理由から誤りであることが分かっている。

第1の理由は副作用としての過剰な眠気である。確かに旧世代の抗ヒスタミン薬を服用すると寝つきは良くなる。ところがその眠気は朝になっても取れないことが多い。それはなぜかというと、抗ヒスタミン薬はいったん脳内ヒスタミン受容体に結合するとなかなか離れにくいからである。ある脳画像研究によれば、旧世代の抗ヒスタミン薬を服用してから12時間以上経過しても、その半分は脳内ヒスタミン受容体に結合したままであったという。血液中からは大部分が排出された後でも、である。旧世代の抗ヒスタミン薬はなかなかしぶといのである。

その結果何が起こるのか。私たちは以前にある旧世代の抗ヒスタミン薬と、睡眠薬、プラセボ(偽薬)を健康な若者に就寝前に服用してもらい、翌日に記憶力、計算能力、特定の刺激に対する反応時間など高次脳機能に及ぼす悪影響を比較したことがある。結果は旧世代抗ヒスタミン薬の惨敗であった。眠いだけではなく、仕事の能率が低下すること間違いなしの結果であった。

■眠くなるだけでは不眠症は治療できない

旧世代の抗ヒスタミン薬を鼻炎+不眠対策に使ってほしくない第2の理由は、そもそも不眠症の治療効果があるか確認されていないからである。眠気をもたらす物質は山ほどあるが、イコール、慢性不眠症の治療効果がある物質とは言えないのである。旧世代の抗ヒスタミン薬は、慢性不眠症患者を対象にして長期処方したときの効能も安全性も確認されていない。したがって慢性不眠症の治療効果があるとうたってはいけないことになっている。

にもかかわらず、くだんの旧世代の抗ヒスタミン薬、実は市販の睡眠薬としてドラッグストアの店頭で販売されている。「ナゼ…? 効果が確認されていないんでしょ?」という疑問を持った方は機会があれば「使用上の注意」をご覧いただきたい。そこにはこのように書いてある(太字は筆者が記入)。

こんなとき、こんな方の一時的な不眠

○ストレスが多く眠れない

○疲れているのに、神経が高ぶって寝つけない

○心配ごとがあって、夜中に目が覚める

○不規則な生活で、睡眠リズムが狂い、寝つけない

「次の人は服用しないでください。」

1.妊婦又は妊娠していると思われる人

2.15歳未満の小児

3.日常的に不眠の人

4.不眠症の診断を受けた人

専門家の私でも、すぐには判別できない注意書きなのである。服用の際にはご留意を。

花粉症患者は増加する一方で、今や日本人の5人に1人、2000万人以上いると言われている。この4分の3が花粉症による眠りで困っているのだから社会に対する影響も甚大である。花粉症が車の運転にどの程度影響するか調べたある研究では、8割以上のドライバーが何らかの影響があると答えている。学校や職場で眠気が出るだけならまだしも、居眠り運転や作業中のけがなどには十分お気をつけください。

   三島和夫氏
三島和夫(みしま・かずお)
1963年、秋田県生まれ。医学博士。国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所精神生理研究部部長。1987年、秋田大学医学部医学科卒業。同大精神科学講座講師、同助教授、2002年米国バージニア大学時間生物学研究センター研究員、米国スタンフォード大学医学部睡眠研究センター客員准教授を経て、2006年6月より現職。日本睡眠学会理事、日本時間生物学会理事、日本生物学的精神医学会評議員、JAXAの宇宙医学研究シナリオワーキンググループ委員なども務めている。これまで睡眠薬の臨床試験ガイドライン、同適正使用と休薬ガイドライン、睡眠障害の病態研究などに関する厚生労働省研究班の主任研究者を歴任。『8時間睡眠のウソ。日本人の眠り、8つの新常識』(川端裕人氏と共著、日経BP社)、『睡眠薬の適正使用・休薬ガイドライン』(編著、じほう)などの著書がある。

(日経ナショナル ジオグラフィック社)

[Webナショジオ 2015年3月19日付の記事を基に再構成]

8時間睡眠のウソ。 日本人の眠り、8つの新常識

著者:川端 裕人, 三島 和夫
出版:日経BP社
価格:1,512円(税込み)

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