「へんだけど、いとしいお笑いの世界描く」又吉直樹氏小説「火花」刊行

お笑いコンビ、ピースの又吉直樹(またよし・なおき、34)さんの小説「火花」(文芸春秋)が話題を集めている。3月11日の発売と同時に3刷となり、発行部数は純文学としては異例の25万部に達している。「火花」は師弟関係を結んだ2人の漫才師の関係を中心に、お笑いの世界の愉快さ・厳しさを描いた作品。実質的な小説デビュー作に込めた思いを又吉さんに聞いた。

――「火花」を書いたきっかけは。

小説「火花」を執筆したピースの又吉直樹さん

3年ぐらい前、(隔月刊の小説誌)「別冊文芸春秋」向けに自分の幼少期のことを短編小説として書いた。そのときは自分の子どものころの記憶を忠実にたどったのですが、小説を書いているなあと意識がありすぎて、書く行為が表現としてなじんでなかった。小説は難しいですね、簡単ではないですね。別の何かを書きませんかというお話をいただき、ちょっと止まっていたのですが、今回書き上げることができました。

――「火花」は売れない漫才師の徳永が熱海の花火大会で先輩漫才師の神谷と出会い、弟子入りするところから始まります。

お笑い芸人の世界で先輩・後輩の上下関係というのはすごく重要ですし、面白い関係やなと思っています。この世界では先輩が後輩に食事などをおごるのは決まりみたいになっていて。終身雇用の会社では先輩のほうが普通は給料が上じゃないですか。でも芸人って始めてから5年ぐらいは全員いっしょで(収入が)ない。後輩の方が売れたら収入も上になるのに先輩がおごる。へんなシステム、だけど、いとしいシステム。なんでお金を持ってないやつが払うのかと、経済学者は鼻で笑うでしょう。でも無駄な努力に見えると思いますが、(先輩は)腹が減っているのに食わないとか、そこで頑張る。意味はないんですけど、実はあるんです。そこからお笑いやコントにつながっていきますから。

――(デビューしてまもなく売れたお笑いコンビ)オリエンタルラジオは後輩です。

オリラジのあっちゃん(中田敦彦さん)はぼくのことを慕ってくれていて、「又吉さん、大喜利について教えてください」とか聞いてくる。「そんな詳しくないけど知ってることは全部教えたる」といって一緒にファミリーレストランに行きました。相方(綾部祐二さん)とネタ合わせをするときはドリンクバーだけ頼んで朝まで粘る。でも、あっちゃんは気を利かせて空揚げなどつまみを頼むんです。僕は「それやったら定食が食べられるやろ」と内心で思いながら、慌ててトイレに行って財布の中身を確認する。あっちゃんは悪くないんです。まさか、そんなにお金がないとは思ってないですから。お笑いではお金の話だけじゃなく、ぶち当たる壁が共通していて、(小説では)そうした世界を先輩・後輩の関係を通じて描きたいと思いました。

――神谷や徳永にモデルはいますか。

ああいうタイプの芸人はいるにはいますが、2人はぼくが作ったものです。神谷と徳永のやりとりも、いつも似たようなことは話していますが、具体的な中身は小説のために考えました。当初、展開はあまり考えませんでした。2人の関係性を書こうと思った。神谷や徳永のキャラクターを考えているうちに筋みたいなものが思い浮かび、物語が動いていった。結末も書いていく途中で見えてきた。

――執筆を始めてから脱稿までにどれぐらいの時間がかかりましたか。

3カ月ですね。夜中に書きました。仕事を終えて帰るのが午後9時とか10時。そこから朝まで書いて、昼間、仕事の間に仮眠をとった。仮眠がとれず、めちゃくちゃ眠かった日は書くのをやめた。できるだけ頭はクリーンにしておきたかったからです。書き上げたときは面白そうやなと思った。もっとも、漫才にしろ、コントにしろ、自分で面白そうやなと思わないものは出せない。だって絶対にすべるでしょ。

実質的な小説デビュー作に込めた思いを語る、ピースの又吉直樹さん

――会話の妙に加えて、風景描写も読みどころだと感じました。

自分のこだわりはあまりないですが、風景の描写がわりと多く、改行は少ない、そして漢字が多いといった指摘は受けました。でもいまの現代の小説に比較したらそうかもしれませんが、ぼくの好きな近代文学はむっちゃ改行が少なくて漢字が多い。そして風景描写ばかりしているんですよ。ぼくはそれが好きなんです。やっぱり風景はほしいですね。ページ開いたときに改行が少ないとワクワクする。改行が多いと、言葉を読解するスピードより文字を目で追うスピードの方が遅いから余裕で理解できる。でも、文字が詰まっていると情報量が多いので、言葉が入ってきて理解しようとするときに次の言葉が来るので、前と後ろの文章が混ざる。それが面白い。時間はかかるんですけどね。ぼくはそういうのが好きです。

――太宰(治)好きで知られますが、ほかに好きな作家は。

芥川(龍之介)、(夏目)漱石、谷崎(潤一郎)、あと全部は読んでいませんが、三島(由紀夫)も好きです。現代だと古井(由吉)さん、中村(文則)さん、西(加奈子)さん。古井さんはまさにさっき言った面白さを持った作家だと思います。

――小説の魅力とは何ですか。

ぼくは面白さしか求めません。物語が動いていく面白さもありますし、普段漠然と感じている感情を言葉でばんと提示してもらったときの「そうや」という感覚、「人間はこんなことをするのや」といったことを発見できたときの喜びもある。笑えるもの、怒れるものなど複合的な要素ですね。

――単行本「火花」の発行部数は、発売と同時に25万部に達しました。

単純にすごくうれしい。驚きも喜びもあるが、これはぼくだけの力だけではありません。ぼくが芸人として単独ライブをやるとしても、何万人も集められない。ということは、小説をいつか読みたいなと思っていた人がそれだけいたわけです。多くの人が小説に対する幻想を失っておらず、芸人のあいつが書いた小説ならわかるかもしれないと思った人が手にとってくれたんだと思います。今は出版不況といわれていますが、小説は絶対になくならないなという自信を得ました。ぼくの想定やと国民の3分の1か、もしかしたら半分は本を読みたいと思っている。ただ読むきっかけがないだけ。すごい作家さんはたくさんいるので、死ぬまで小説を読めると思って安心しました。

――純文学についての考えは。

複雑な感情、葛藤に真剣に向き合っているものが多いように思います。言葉の新しい表現を、笑うことなく考えている人がいることを確認できる場所です。もっとも言葉としての新しい表現はお笑いの世界でもできる。文学だけで担っているものではないとも思います。(純文学を)今後も読み続けていくことは確かです。

――純文学を書き続けるとは言わないのですか。

まだ書き続けるとは言えません。ただ、書きたくなったら絶対に書きます。

――芥川賞は意識していますか。

全く意識していません。何も考えずに純粋に自分の小説を書き上げただけです。

(聞き手は編集委員 中野稔)