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法廷ものがたり

熱血校長の通じなかったジョーク 不登校の理由は…

2015/4/1

 裁判記録をとじた厚いファイルを開き、埋もれた事案に目を向けてみれば、当事者たちの人生や複雑な現代社会の断片が浮かび上がってくる。裁判担当記者の心のアンテナに触れた無名の物語を伝える。

 本人は気の利いたジョークのつもりでも、相手方の受け取りによっては思わぬトラブルの元になりかねない。公立中学校に通っていた女子生徒が「校長のせいで不登校になり明るい未来を奪われた」と慰謝料を求めた訴訟。女子生徒側が訴えの矛先を向けたのは、校長が冗談を交えて女子生徒に注意をした1枚の貼り紙だった。

 生徒一人ひとりと向き合う。それが校長の教育方針だった。生徒全員の名前を頭に入れ、授業中も各教室を回っては授業に身が入らない生徒に声をかける。生徒が気軽に入ってこれるよう、校長室のドアは常に開け放っていた。

 そんな「熱血校長」が特に気にかけている2年生の女子生徒がいた。1年生のときの欠席が20日。遅刻や早退も多い。授業中の居眠りも目に付いた。実は女子生徒には食物アレルギーやぜんそくの持病があり、眠気は毎日飲んでいた薬の副作用だったが、校長はそれを知らなかった。

 校長は1年生の2学期以降、授業中も女子生徒の教室に足を運んでは「ノートを取ろうね」などと話しかけるようにしていた。女子生徒は2年生になると、友人と共に校長室に頻繁に出入りするするようになった。敬語を使えなくてもソファに勝手に座り込んでも、校長は人間関係作りを優先して見てみないふりをした。廊下ですれ違う際に女子生徒のほうから声をかけられたとき、一歩前進した手応えを感じた。

■校長室に姿を見せなくなった女子生徒

 ところが6月ごろ、女子生徒と一緒に校長室に出入りしていた友人の振る舞いを注意したのを機に、2人はパッタリと校長室に姿を見せなくなった。女子生徒はやがて学校も休みがちになった。担任教諭が毎朝電話をして登校を呼びかけたが欠席日数は増えていき、休む理由もわからなかった。

 2年生の3学期になって、女子生徒の母親から校長に抗議の電話がかかってきた。「1学期に職員室の電子レンジの使用を禁止した校長の貼り紙に傷付き、学校に行けなくなった」として、強く謝罪を求められた。食物アレルギーで給食が食べられない女子生徒は学校側の了承の下、持参した弁当を毎日職員室の電子レンジで温めていた。

 校長は意外に思った。確かに4月中旬に「授業中に眠る子に使わせる電子レンジはない」という貼り紙をしたことがある。「築けた」と思っていた人間関係をベースに、当時流行していたお笑いコンビのギャグ「おまえに食わせるタンメンはねぇ」をまねて授業中の居眠りを注意したつもりだった。

 女子生徒が貼り紙を見て「やめてよー」と笑っているのを他の教諭が目撃していた。下敷きにしたギャグに気付いた様子はなかったが、嫌がっているようには感じられなかった。その後も女子生徒は電子レンジを使っていたし、校長が友人の素行を怒るまで相変わらず2日に1回は校長室に遊びに来ていた。

 校長が謝罪を拒むと、母親は「こんな学校には行かせられない」とたたきつけるように電話を切った。女子生徒はその日を境に学校にほとんど姿を見せなくなり、代わりに両親が依頼した弁護士が説明を求めに学校に現れた。

 その後、女子生徒は不登校のまま卒業。「希望する都立高校への進学を断念することになり、明るい未来を奪われた」として、自治体を相手に500万円の慰謝料の支払いを求める訴訟を起こした。

 原告になった女子生徒は法廷でこう証言した。「薬の副作用で授業中に眠気に襲われることがあったけど、貼り紙を見て『どうして私がこんなことされなきゃいけないんだろう』と思いました」。

 続いて校長の証人尋問も行われた。校長は貼り紙について「居眠りを改善するための積極的な動機づけが目的だった」と釈明。電子レンジに貼ったのは「日々そのことが頭に残るように」との狙いからで、「周りからは目に付かない場所だった」として他の一般生徒に気付かれないように配慮していたと主張した。

■「貼り紙と不登校の因果関係なし」、判決が確定

 裁判所は判決で「不登校の原因となるほど校長に嫌悪感を抱いていたとすれば、貼り紙後も校長室を頻繁に訪れていたのは不自然だ」と指摘した。不登校が本格化したのは貼り紙から10カ月近くたち、母親が校長に「明日から娘は通わせない」と電話で告げた翌日からだった。判決は「貼り紙と不登校との間に因果関係が認められない」として、女子生徒側の訴えを退けた。

 校長は証人尋問で問題の貼り紙のジョークについて「(下敷きにした)ギャグが話題にならず、私としては『すべったな』と思いました」と語った。判決文は女子生徒の持病に触れ「このような貼り紙をすること自体、配慮を欠くものと言わざるを得ない」とクギを刺しつつも、日ごろの熱心さに理解も示し、「貼り紙の意図や経緯には相応の理由がある」と認めた。女子生徒側は控訴せず、判決は確定した。

 女子生徒は不登校になってからも担任教諭だけは信頼していた。その担任教諭が母親の校長への抗議電話の後に女子生徒から聞き取ったメモが、法廷に証拠として提出されていた。「貼り紙は少し嫌だったけど、それで欠席しているわけではないのに母に『校長のせい』と言ってしまった」。メモには続けて「校長先生が私を励ましてくれていたことは何となく分かっているけど母の怒りとの間で困っています」と書かれていた。

(社会部 山田薫)

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