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 職場に音楽を流す会社がじわり増えている。仕事中にけしからんと思うなかれ。今どきの静かすぎる職場は「同僚と話がしづらい」「パソコンのキーボードの音だけが響いていたたまれない」と不評で、会社も職場の冷たい雰囲気が社員の力をそいでいるという危機感を持ち始めた。音楽をリラックスのためではなく、仕事の生産性を上げるために活用する各社の事情と働き手の思いを探った。

3月2日、東京・銀座にあるアパレル大手のクロスカンパニー(岡山市)東京本部では「春の始まり」をテーマにした音楽が流れ始めた。就業前の朝8時から1時間、昼休みの12時から1時間、就業後の夕方6時から2時間の計4時間で、音楽は毎月変更する。選曲は専門家を交えて社員有志らが決める。

「これまでは朝出社して皆が無言でパソコンを立ち上げて黙々とメールのチェックを始めるような、隣に話しかけにくい雰囲気があった。今は心地よい音楽のおかげで自然に会話が生まれ、9時から気持ちよく仕事を始められる」。店舗開発部の坂本愛さん(30)は昨年6月の本部移転を機に始まった取り組みを気に入っている。

東京総務部の福島広恵さん(29)は時間への意識が高くなった。「夕方6時に音楽が流れ出すと『残業に入った』と身構えるようになった。ノー残業デーでも集中していると時計が目に入らないので」。音楽が止まる午後8時にかけて次第にテンポのいい曲に切り替わる仕組みなので「あの曲が聞こえてくる前に帰ろう」と促され、残業が減ったという。

音楽を導入した部署の反応は上々だ(東京・目黒のサトーホールディングス本社)

音楽を導入した部署の反応は上々だ(東京・目黒のサトーホールディングス本社)

音楽導入を提案した黄倩兒さん(30)は、ファッション企業として社員の感性を刺激する環境をつくりたいとの思いがあった。今月の選曲は春物商戦が活発化する時期に合わせたもの。メリハリの効いたボーカル曲なども交え、社員が季節感や異なる世界に触れる機会を増やそうとするなかで、コミュニケーション面での副次的な効果も生まれた形だ。今後は「来期のデザインのアイデア出しが活発に進むような、会議室限定の音楽を流したい」と考えている。

基本となる就業時間外に音楽を流すクロスカンパニーに対して、自動認識技術や業務用システムを手がけるサトーホールディングスは一部の部署で終日音楽を流す取り組みを始めた。

「音楽が止まると驚くほど静かで、キーボードの音や隣の電話の声が耳に入ってくる。今では違和感を覚えるほど」。総務グループの寺瀬哲さん(60)は、小さな音量で流れ続ける音楽は業務にプラスだと考えている。

昨年夏に職場の一角にCDコンポと、十数枚のクラシックやヒーリングのCDを用意した。1時間ほどで再生が終わると、12人いる部署の誰かが連続再生のボタンを押すかCDを入れ替える。「目に見えて仕事の効率が上がるわけではないが、小さなイライラが少しでも減ることで気持ちが落ち着き、集中できる」と周囲の評判も上々だ。

同社は仕事の生産性向上を主要な経営課題に掲げ、職場環境の見直しにも取り組んでいる。そのなかでコーヒーマシンの設置など「オン(仕事)の中にちょっとしたオフ」をつくることは意外なほど有効と判断。音楽もその一環だ。約760人が働く東京・目黒の本社では固定の席を持たないフリーアドレス制を導入しており、今後は社員の大半が業務をするフロア全体に音楽を流すことを検討する。

職場向けに特化した音楽配信を手がけるUSENが20~59歳の会社員らを対象にした調査では、69%が「自分の職場は静かだと思う」と回答。「シーンとした職場は居心地が悪い」人は53%に達した。職場向け音楽サービスの開始から2年で問い合わせは5千件を超え、最近はメンタルヘルス対策として導入を検討する会社も多いという。

音楽により明確な機能性を求める会社もある。13年秋からUSENの音楽配信サービスを利用する精密機器大手、セイコーエプソンの一番の狙いは情報セキュリティーの強化だ。

東京・新宿の本店は長野県の本社からの出張者や都内の取引先が多く出入りする。「出張者用の執務室や、取引先を迎える受付や応接室が静かすぎて、隣で話している内容が漏れる恐れがぬぐえなかった」。対策を任された新川剛さん(48)は、聞こえるか聞こえないかの音楽を終日流すことで耳に入ってしまう隣の会話を打ち消すことを考えた。音楽で「会話を守る」発想だ。

試行錯誤もある。昼休みにその他のフロアでボーカル曲を流してみたが「休憩時間でも好き嫌いがある曲はちょっと……」という声が上がったのですぐに取りやめた。すべての社員に心地よい音量はどのくらいか、日々意見を聞いたうえで見極めた。「仕事を手助けするための音楽が社員のストレスになってはいけない」(新川さん)のを原則とする。

これまで職場に音楽を流すのは一部のクリエイティブな業種に限られるイメージがあった。社員のコミュニケーション活性化という古くて新しい課題に取り組む企業にとって、職場環境を整える道具の一つとして今後も注目を集めそうだ。

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