人間と家畜による穀物争奪戦が起きる消費者だけが知らない農業工業化の暗部(4)

これまでの3回の記事で、米国を中心に現在主流となりつつある工場式農場が、地球環境や食料システムに負荷をかける非効率な方法であることを見てきた。では、それに代わる方法を『ファーマゲドン』の著者、フィリップ・リンベリー氏はどう考えているのだろうか。リンベリー氏は、農業の工業化が環境破壊、貧困の拡大、食料難、健康への悪影響を引き起こし、このまま放置すればファーマゲドン、つまりファーム(工業型農業)によって世界は大きな危機(ハルマゲドン)にさらされると警鐘を鳴らす。リンベリー氏の主張に耳を傾けてみよう。

工場式畜産は、狭い場所に家畜を押し込め、穀物を主とした高カロリーの特別な餌、薬、飼育環境を用いてさらに生産量を上げるようとするものだ。家畜は自由に動けないので無駄にエネルギーを消費することはない。屋内で飼えば天候の影響も受けにくくなる。労働者も、広大な敷地を動き回らなくていいので、労働時間も人手でも少なくて済む。

一見、いいことずくめのように思える。しかし、そこには重大な欠陥があるとリンベリー氏は指摘する。現在、世界で生産される穀物の3分の1が、家畜の餌になっているが、これらが人間用の食料として供給されれば、30億人を養うことができる計算になる。リンベリー氏は「工場式農場のせいで、家畜は人間と食べ物を取り合うようになった」と指摘する。

人間の食料になる穀物を、工場式農場で肉に変えるというのは、基本的に非効率的な方法である。肉、牛乳、卵の形で生産されるカロリーよりも、それを得るために家畜に投入されるカロリーのほうが多いからだ。人間が初めて牛や羊を家畜として飼うようになった頃、それらは人間には食べられない草を食べて、人間が食べられる物に変えてくれていた。食料をめぐって人間と競いあうわけではないので、転換効率は問題ではなかった。同様に、豚と家禽(かきん)は、残飯や飼葉を与えられていた。それらもまた、人間には食べられないものを食べて、人間の役に立ってくれていた。だが現在の工場式農場では、不健康な肉や卵を生産するために、人間の食料にもなる穀物が、大量に家畜に与えられている。(『ファーマゲドン』より抜粋)
ファーマゲドンを引き起こさないためには…

国が経済的に豊かになると、その国民の食肉の消費量は増えていく傾向にある。たとえば、経済的に急成長を遂げているアジアの30億人の所得水準が上がり、欧米並みの食生活が取り入れられるようになった場合のことを考えると、急速に数が増える家畜と人間との間で「食べ物を取り合う」ことの意味がわかってくる。

肉の需要が急速に拡大すれば、穀物をいくら増産しても家畜にどんどん食いつくされ、食料価格は高騰し、貧困層への食料供給はいっそう細っていく。そして、いずれ工業型農業を持続させていくことが不可能となり、世界の食料供給システムが崩壊してしまう──。この最悪のシナリオが、リンベリー氏の懸念する「ファーマゲドン(ファーム+ハルマゲドン)」だ。

2050年までに、世界の人口はさらに20億人増えると見込まれ、国際連合はそれまでに食料供給量を現状からさらに70~100パーセント増やす必要があると予測している。それを工業型農業なしで達成するためには、次の三つの原則を守る必要があるとリンベリー氏は、指摘する。

それは「人間の食を第一とする」「食品の廃棄を減らす」「未来を見据えた農業を行う」だ。 

◎人間の食を第一とする
・反芻(はんすう)動物は小屋ではなく牧草地で育てる。
牛や羊などの反芻動物は、ほかの動物も一緒に飼う輪換放牧の農場か、永年牧草地か、耕作限界地(耕作に向かない土地)で、草を餌にして育てるべきだ。そうすれば、人間には食べられない草が人間の食べ物に変わる。牛肉や牛乳を集約的に生産するために、牛を閉じ込めて穀物を与えるという無駄はもう終わりにしよう。
・魚は家畜にではなく人間に食べさせる。
世界で水揚げされた魚の3分の1は直接的には人間の口に入らない。それらは、養殖魚やほかの家畜の餌にされている。乱獲や、そのあげくに死んだ魚や死にそうな魚を海に捨てるという愚行は世間によく知られているが、家畜や養殖魚の餌にするために乱獲されていることは、あまり知られていない。これらをやめれば、海は過剰搾取という負荷から解放される。

◎食品廃棄物を減らす
・豚と家禽に残飯を与え、餌をあさらせる。
豚と家禽類は、餌をあさり、リサイクルする天性の能力に恵まれており、残飯の処理はお手のものだ。しかし、現在では、それらに穀類や大豆を与え、大量の食品を無駄にしている。これらの家畜を工場式畜産で飼育するのをやめ、混合農場で餌をあさらせ、残飯を卵や肉に変えさせるべきだ。
・ごみの減量に投資する。
政府、市民社会、企業は、農家から企業、そして消費者に至るあらゆる段階で、食品の廃棄を減らす努力をすべきだ。手段としては、奨励金、購買方針、研究と助言の提供などがある。
・肉の食べ過ぎをやめる。
安い肉を大量に食べるのではなく、高品質の肉を適量、食べるようにすれば、自分の体にとっても、地球にとっても、プラスになる。数々の研究が、肉と乳製品から飽和脂肪酸を過剰摂取するのは体に悪く、肥満、2型糖尿病、心臓疾患を招く恐れがあることを示している。(中略)消費者、政府、企業、市民社会が協力して、健康で持続可能なバランスの良い食事を促進すべきだ。欧米諸国においてそれは、食べ過ぎをやめて、健康と幸せに配慮した環境で育てられている動物の高品質の肉を食べることを意味する。人々の健康にとっていいことだし、環境負荷も減る。

◎未来を見据えた農業
・土壌の持続可能性を高めるために、作物と家畜を一緒に育てる混合農業に戻る。
輪換放牧と輪作を軸とする混合農業を促進するべきだ。現在、欧米の豚と家禽の大半は、工場式畜産場に閉じ込められている。家畜と土地の自然なつながりを取り戻すのに、広大なスペースが必要なわけではない。たとえば英国では、年間で8億羽以上の食肉用の鶏を育てているが、それらを平飼いで育てるのに必要な面積は、ワイト島(イングランド南東部の島。日本の種子島くらいの大きさ)の3分の1ほどにすぎない。英国の農地の1000分の1以下だ。混合農業で育てれば、動物福祉上、望ましく、土壌の保全と持続可能性の推進にもつながる。(『ファーマゲドン』より抜粋)

一見、効率的で安く食料を供給できる画期的な仕組みに思える工場式農業だが、中長期的に見れば、持続可能性に大きな疑問が残るシステムといえそうだ。もちろん、前述した三つの原則を実効あるものにするには、消費者の行動が鍵を握っている。肉を食べ過ぎず、「平飼い」「牧草育ち」「屋外飼育」「有機」のラベルのついた、工場式ではない食品を選ぶことあたりから、未来の食卓を守る取り組みを始めることができそうだ。

(日経BP 沖本健二)

ファーマゲドン 安い肉の本当のコスト

著者:フィリップ・リンベリー, イザベル・オークショット
出版:日経BP社
価格:2,160円(税込み)