増えるシニア社員、「かわいい先輩」になれますか
シニア社員の活性化策を議論する企業の人事担当者(東京都新宿区、中央職業能力開発協会の人事担当者セミナー)
「同期には辞めた人も多いが、自分はこの会社が好き。勤め上げたい」。キリンビールマーケティング(東京・中野)の国光誠二さん(57)は、65歳まで今の会社で働くと、心に決めている。
支社長や部長を歴任したやり手の営業マン。昨年3月に役職定年を迎え、今は4年下の上司のもとで、企業向け営業部隊の一員として働く。「管理職当時、それぞれの得意なことで助け合って組織力を高めようと部下に訴えていた。立場が変わった今は、自分がそれを実践するだけ」
イベントで率先してビールサーバーの取り扱いを同僚に助言するなど、後輩との関係も良好。「妻にも優しくなったと言われた」とはにかむ。
60歳以降も同じ会社で働き続ける人は増えている。厚生労働省の2013年の調査によると、60歳定年企業で直近1年間に60歳になった社員の77%が継続雇用された。希望する正社員のため65歳までの雇用確保措置をとることが企業に義務付けられたことから、今後も増える見通し。国光さんのように職場の支え役として活躍する人も多い。
とはいえ、陰で「企業からのトラブル報告も目立ち始めている」と日本人材マネジメント協会(東京・渋谷)の山崎京子執行役員はみる。例えば、継続雇用されたものの新しい仕事を覚えず、力が発揮できないケース。年下の部下になって働くことに不満を感じ、意欲を失ったり、やめたりする人もいる。
同僚たちの視線も厳しい。日本能率協会が昨年12月に実施したアンケート調査では、60歳以上の同僚と働いている会社員の16%が「気を遣わないといけないことが増える」、同9%が「フォローのために仕事が増える」とマイナス面を指摘した。
もちろん、シニア社員の気持ちの変化は配慮する必要がある。企業の担当者も悩む。
「継続雇用されても、賃金カットや肩書を失ったもやもやは残るだろう」「翻弄されるのはつらいかも」……。
2月中旬に中央職業能力開発協会(東京・新宿)が人事担当者向けに開いたセミナーには、食品大手や官公庁の担当者約20人が参加。シニア世代に意欲的に働いてもらう方策を話し合っていた。同協会の講師、泉田洋一さんは「シニア世代の社員は、プライドから年下を『○○さん』と呼ぶことすら出来ないこともある」と指摘。気持ちを切り替えてもらうための配慮と施策が必要と訴える。
早めの対策に乗り出した企業もある。サントリーは2年前から、53歳と58歳の社員を対象にキャリア研修を実施。その際、対象者の上司と同僚から「見習いたいところ」と「期待する役割や業務」についてコメントを贈っている。
「職場の雰囲気を良くして下さることに感謝」「人の嫌がることを率先して引き受ける姿を尊敬しています」。以前、こんなコメントを受けた60歳代の社員は「頼られる存在であり続けなければという気持ちが高まった」と話す。60歳以降も働き続ける力になっているようだ。
「シニア社員に元気に働いてもらわなければ、業務が回らなくなる」と危惧するのは、歯科医療機器販売のモリタ(大阪府吹田市)の吉田恵一・人事総務部MDBS部長。3年後には社員の3%が一気に60歳を迎え、再雇用の対象になるためだ。
対策として昨年から50歳代の社員らを対象にセミナーを開始。再雇用後は年収が6~7割減ること、部下だった人が上司になること、会社が求めていることなどを意識させるほか、現場能力を判定するテストも行い、自らの能力も再認識してもらう狙いだ。参加した社員からは「定年後は変わらないといけない」「もう一度勉強しないと」などの感想が出たという。
企業の高齢者活用に詳しい学習院大学の今野浩一郎教授はこうした対策を前向きに評価。その上で「今後シニア社員が職場で生き抜くには自らの能力を自覚し、愛されるかわいい先輩になれるかが問われる」と指摘する。それはどういうことなのか。
「定年で退職金をもらったら、会社を離れたということ。再雇用後は仕事で何を職場に与えられるかだけを考えることが大切」。そう話すのは、クレディセゾンのアドバイザリースタッフ、久保寺利夫さん(65)。60歳から5年間、再雇用制度で働き、2月半ばからはアルバイト契約になった。それでも働く意欲に変わりはない。
「年下に使われるのを不満に感じるなんて無意味。今の上司は子どもほど年の離れた40代だよ」
必要なのはこうした年を重ねた人間らしい心の余裕。それが60歳を過ぎてからの仕事の満足感を左右するのは確かだろう。