企業統治改革、「株主利益」最優先に(安東泰志)ニューホライズン キャピタル会長兼社長

2015/3/8

カリスマの直言

「経済界の意識が根本から変わらない限り、日本のコーポレートガバナンスは真の意味で改善することはない」

企業統治(コーポレートガバナンス)の強化は、安倍政権の成長戦略の大きな柱の一つになっている。近く制定が予定されている「コーポレートガバナンス・コード」は、その総仕上げの意味合いを持つものだ。しかし、それを受け止める経済界の側に本気度がなければ「仏作って魂入れず」になってしまう。

企業統治の本質は「社長を解任できるか」

会社は、どういう目的で運営されているのだろうか。いわゆる「日本型経営」では、社員はとても大事にされてきたし、日本的な「メインバンクシステム」の中では債権者である銀行が強い発言力を持ってきた。しかし、法律的に言えば、会社のオーナーは株主だ。会社の取締役は様々な利害関係者に目配りしつつも、株主から経営を付託された者(エージェント)としての責任(受託者責任)を負っていることになる(エージェンシー理論)。

サラリーマンであれば、取締役は出世双六(すごろく)の「上がり」というイメージだろう。終身雇用が当たり前だった日本の会社には「会長にモノを言わない人間が社長になり、社長にモノを言わない人間が取締役になり、取締役にモノを言わない人間が部長になり……」という社内論理が優先される風土はないだろうか。

これに対して、先ほどのエージェンシー理論に基づけば、取締役は株主の利益を守るべき存在だ。社内論理で選ばれた取締役は、株主にとって最善の人物だろうか。ましてや、会社の舵(かじ)取りを担う社長は、単に前任者のお気に入りであればいいのだろうか。

実は、コーポレートガバナンスの要諦は、この点にある。象徴的に言えば、取締役会は、「株主利益の観点から社長を選解任する」という機能を持っていなければならない。この機能を、社内論理で選ばれる取締役だけに担わせるのは無理がある。

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機関設計の選択肢は活かされるか