毎日がキャンプみたい
「電気が使える。洗濯をしよう」。2月初旬、下野智子さん(38)は青空を仰ぐと、150ワットの洗濯機(脱水時は300ワット)のスイッチを入れた。一家の暮らしで使う電気は、すべて太陽の恵み。自宅屋根に並ぶ計870ワットの太陽光パネルと容量約10キロワット時の鉛蓄電池だけでまかなう。薪(まき)をくべて風呂を沸かし、食事は薪ストーブの天板やオーブンで調理をする。ご飯は「ぬかくど」と呼ばれる手作りのコンロで炊く。量を調整したもみ殻に火をつけるだけの“全自動”だ。「毎日家でキャンプしてるみたいです」
昨年11月末、この家に移り住んだのは、下野雄司さん(44)、智子さん夫妻と2人の子供(7歳と5歳)の4人家族。実際の生活に必要な電力消費のデータをとり、ライフスタイルの可能性を探る名古屋大学の高野雅夫教授らの「実験」でもある。今のところ夫の雄司さんは仕事の都合で、元の自宅がある同県知立市に残り、週末に家族の元へ通うという生活。こちらも「実験中」だ。
電気、余ってます
下野さん宅の暮らしで電気を使っているものは、洗濯機、精米機(300ワット)、ノートパソコン(30ワット)、プリンター(65ワット)、モバイルルーター、タブレット端末、携帯電話への充電(8ワット)、薪ストーブのファン(14ワット)、3~30ワットのLED照明が16個。高野教授が今月調べた結果、今のところ1日当たり510ワット時(1時間平均約20ワット)程度しか使っておらず、電力は余っているのだ。
冬の今は外気温が低いため、勝手口の外に作った棚を冷蔵庫代わりに使っている。春になったら30ワット程度で稼働する省エネタイプの冷蔵庫を購入する予定だ。夏も比較的涼しく、熱に電気を使わない暮らしができる田舎は、都会に比べてオフグリッド生活に有利。毎月の電気代は0円だ。
正念場は梅雨時か
太陽光パネルの発電能力は晴れた日以外は極端に落ち、雨や雪が続くとほぼゼロになる。蓄電池容量から3日ぐらいはしのげるが「梅雨時の停電はおそらく避けられない」と高野教授。実際1月に雪が降り続いた時は、家族そろって一時近くのお寺に避難した。夏は冷蔵庫が必要だが、薪ストーブのファンは回さなくていい。日照が長くなるのでLED照明をつける時間は短縮できる。工夫して乗り切るしかない。一家の実験生活はこれからが正念場だ。
家電の中で電力消費が大きいのは、電気を熱に変えて利用するエアコン、ドライヤー、炊飯器、電気ポットなど。冷蔵庫のように24時間稼働しているものもトータルの負担は大きくなるが、今のところ下野さん宅にはこれらの家電製品がない。智子さんは「特に節約を意識しているわけではありません。なければないで何とかなるので、慣れてしまえば不自由は感じません」。
都市では「部分オフグリッド」を
電力消費の少ない下野さん宅のシステム導入費用は約80万円。都市部で不自由のないオフグリッド生活を実現しようとすると、200万~400万円程度の出費は免れない。「節電のコツは、太陽光パネルの前に太陽熱温水器を導入するなど、できるだけ熱に電気を使わないこと。まずは家庭菜園で野菜を作るように、少量でも作った電気を自分で使ってみては」と高野教授は提案する。テレビだけ、居間だけなど、一部の電力だけを自給する「部分オフグリッド」なら都市部でも可能だ。東日本大震災の直後には東京でも計画停電を経験した。「電気を自分で作る暮らし」は災害にも強く、どこか安心感がある。
また再生エネルギーの固定買い取り価格は、来年度も引き下げられる方向だ。昨年9月には九州電力が設備の調整能力が不足しているとして、太陽光発電の買い取りを一時保留する混乱もあった。今後の売電の有効性は不透明だ。
コストより生き方
どれぐらいの電気が必要なのか、それはコストの問題というより「生き方の問題」と高野教授は話す。下野さん宅では、余った電気を有効活用するため、電気自動車に改造した軽トラックを導入することも検討している。名古屋大学は3年間データを取りながら今後の可能性を探る。
オフグリッド生活には薪が必需品だ。お風呂もご飯も暖房も。「お金を使わない日はあるけど、薪を使わない日はありません。バッテリーより残量が気になります」と智子さん。雄司さんも「この家に帰ってくるたびに、薪集めや薪割りが欠かせません」。
最近、油圧式の手動薪割り機を購入した。力が要らないので、子供たちも手伝ってくれる。不便だからこそ楽しめることもある。
(名古屋編集部 小園雅之)