映画『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』の原作「フィフティ・シェイズ」シリーズが、全世界で累計1億部(電子書籍を含む)を突破した。『ハリー・ポッター』シリーズが4億5000万部なことからも、そのすごさがうかがえる。現在、日本でも尻上がりに数字を伸ばし、累計で発行部数35万部を記録している。

SMプレーなどきわどい描写も多いが、基本的にはラブストーリーである本作は、従来のロマンス小説と官能小説の中間に位置付けされており、海外では「マミー・ポルノ」と呼ばれている。同種の小説の作者に家庭を持つ母親が多かったことと、メーンの読者が主婦層であったことが主な理由だ。
近年、このマミー・ポルノが出版市場を席巻している。アメリカではしばしば有力紙のベストセラーリストにランクインしている。ブームの火付け役が、この「フィフティ・シェイズ」シリーズなのだ。
原作者は元テレビ局役員
原作者のE.L.ジェイムズは、元は英国の公共放送BBCに勤務するキャリアウーマンだった。その後、2人の子どもを育てる傍ら小説を書き始めたのは45歳のとき。きっかけは、世界中にヴァンパイア・ブームを巻き起こしたベストセラー小説の映画化第1弾『トワイライト~初恋~』だった。
実は本作は、「トワイライト」シリーズの設定などを用いた二次創作(ファンフィクション)から始まった。日本ではこうした同人誌的な作品がここまで大きなビジネスとなるまでには至っていないが、海外では「フィフティ・シェイズ」の成功以来、ロマンス小説の大御所らがファンフィクションやマミー・ポルノに進出し、ヒットを連発。トレンドを作った彼女は、この分野のパイオニアといえそうだ。
一方でジェイムズは、ビジネスの手腕も発揮している。主人公の大富豪の美形、クリスチャン・グレイと小説の世界観をイメージした商品のマーチャンダイジングでも大成功を収めているのだ。そのノウハウはテレビ局員時代に培われたものだと言う。
「物流や予算といったビジネスのバックグラウンドはあるから、商品化も自分が関わってきちんとやったほうがいいと思った。ワインやランジェリー、大人のおもちゃまで、良質で作品世界に合ったものは何でもありだし、ダメと思えば断ってきた」(ジェイムズ)
映画化に際しても、ユニバーサルとの契約時から自身の要求はほぼ通した。「脚本から関わり、現場にも毎日通い、編集の段階に至るまで、原作の世界観を損なわないようアイデアや意見を出した」と言う。映画の出来には、「非常に満足している。ファンが喜んでくれることが全て」(ジェイムズ)。
「フィフティ・シェイズ」シリーズの人気は、とりわけ南米での盛り上がりがすさまじい。一方、日本では、じわじわとブームが来ているといった印象で、これはジャンルへの抵抗感や、セックスをオープンに語ることがまだまだ少ない国民性によるところが大きいだろう。そのことに対して、ジェイムズは“マミー・ポルノ”という表現は「失礼で侮辱的」であり、本作は圧倒的に「女性のために書かれた物語」であることを強調した。だからこそ、映画の監督はサム・テイラー=ジョンソン、脚本はケリー・マーセルと女性の目線にこだわっているのだろう。
2015年2月に世界各国でほぼ同時公開された映画が、さらなる熱狂の渦を巻き起こすことは必至。小説の世界的ヒットの背景についてジェイムズは、「女性は本来、セックスについての物語を読むのが好きだし、“いいセックス”に対しては積極的。そうした潜在的な需要に、本作が娯楽としてハマったのではないか」と分析。日本でも映画を機に、これまでこのジャンルに縁のなかった女性たちの心を動かし、ファン層を広げることができるかどうかに注目したい。
(ライター 今祥枝)
[日経エンタテインメント! 2015年3月号の記事を基に再構成]