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 統合失調症やそううつ病といった、精神障害を抱えた人を雇う会社が増え始めた。3年後に企業が満たすべき法定雇用率の算定基準に精神障害者も含まれることが背景にある。ただ働く気持ちに好不調の波が出がちな精神障害者には、身体・知的障害者とは違う職場の工夫が必要だ。先進的な企業からノウハウを探った。
取引先の情報を整理する富士ソフト企画秋葉原営業所の堀越さん(右)と大塚さん(東京都千代田区の富士ソフト)

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金子美和さん(32)が自殺をはかったのは、20歳を過ぎたころだった。

中学1年で統合失調症を発症。幻聴に悩まされ、学校に行けなくなった。家庭で暴力をふるい、入院。退院して福祉作業所に通っていた際、「お前は悪い子だ、死ね」という声が聞こえ、自宅近くの団地の5階から飛び降りた。幸い複雑骨折だけで済み、その後障害を隠してファストフード店やドラッグストアで働いたが、うまくいかない。

人生変わった

転機となったのが、ダイキンサンライズ摂津(大阪府摂津市)に入社したことだ。1993年設立の同社は、ダイキン工業の障害者雇用のための特例子会社。金子さんは2006年、精神障害者従業員第1号として働き始めた。「人生が変わった。親にも迷惑をかけなくなった」

今は親会社から受注した電動ポンプの組み立て作業をしている。幻聴はまだあるし、2年前には調子を崩したけれど、「みんなで仲良く働けるのが楽しい」と金子さん。結婚もした。

同社の障害者111人のうち、26人が心の病を持つ。入社3年後の職場定着率は65%と聴覚障害者とほぼ同じで、渋谷栄作社長は「精神障害者の雇用は継続が難しいといわれるが、そんなことはないと断言したい」と語る。

特徴の一つは、最初からフルタイムでの勤務を促すこと。経済的な自立を目指す目標を明確にするためだ。生活リズムができて「やれるやないの、と自信をつける」(顧問の後藤金丸さん)という。不調の時は早退してもいいし、休んでもいい。うつ病を患い、09年に入社した松田仁さん(46)は「最初は不安だったがやってみたら良かった。途中で帰ってみんなの輪に入れなくなるのも嫌でした」と話す。

障害種別で配属を決めず、その人の特徴にあった職場を決め、うまくいかなければすぐ配置換えする工夫もしている。最近も、フォークリフトの免許があるので部品の運搬を任せたが、社外の人との意思疎通がうまくいかず、2カ月で異動した例がある。

きめ細かな対応をするのは、一度体調を崩すと復帰するまでに時間がかかるという現実がある。心の病に陥る人はまじめで仕事を抱え込みがちなので、同社は毎日業務日誌を提出してもらい、上司がチェック。「『絶好調です』と書くときが一番危ない」(田村元・工場長)と調子を見抜く術もわかってきた。

一つの作業をひとり任せにせず、縦割りに細分化、複数の担当者をつけて働きやすくしているのが、ベネッセグループの特例子会社ベネッセビジネスメイト(東京都多摩市)だ。28人の精神障害者が、主に説明資料のコピー製本や、社内便の仕分け配送などの業務をしている。

例えばコピー製本ならばひとりでコピー、チェック、製本まですべて請け負うのではなく、コピーに2人、チェックに2人と複数の担当者を置く。すると1人が抜けても仕事が回る。「コピー製本は納期があって生産性が大事だが、自分がいなくても大丈夫だと思うと、プレッシャーも軽減される」と瀬戸基貴課長。同社は2年前にグループ雇用推進室を作り、こうしたノウハウをグループ会社にも伝え、精神障害者の雇用を増やす後押しをしている。

親会社の日本生命保険から受託した、保険契約者の住所照会などの仕事をするニッセイ・ニュークリエーション(大阪市)では、身体、知的、精神と様々な障害を持った人を1つのチームにして働く形で成果を上げる。

精神障害者にとって大事なことは「職場で孤立しないこと」(佐藤修業務部長)。他の障害者と組んで働くと「お互いの障害を理解し合い、足りないところを補って支え合う。本人もわかってもらえる安心感がある」という。

受け入れ整備を

そううつ病を抱える河野俊一郎さん(41)は「自分だけじゃないと思えるし、みんな対等で、私にもできることがあるとわかる」と笑顔。これまで入社した25人の精神障害者は一人も辞めていない。

責任ある役職に登用する企業も出てきた。富士ソフトの特例子会社、富士ソフト企画(神奈川県鎌倉市)の大塚経さん(46)は3年前にサブリーダーに昇格。「いい経験をさせてもらっていて、自分の自信につながる」と話す。精神障害を持つ人は、過去に管理職をしていた人も多い。人材開発部長の遠田千穂さんは「認められたいという気持ちがあるので、それを昇格で満たしてあげれば責任感を持って働ける」と解説する。

14年の障害者雇用数は前年比5.4%増の約43万千人。うち精神障害は約2万8千人とまだ少ないが、同24.7%増と大きく伸びた。2018年4月から法定雇用率の算定に精神障害者も入り、現在2.0%の雇用率の上昇が見込まれるので、採用に乗り出した企業が増えたからだ。

だがNPO法人障がい者就業・雇用支援センター(東京・中央)の三浦真事務局長は「受け入れ体制が整わずに雇っている会社もあると思う。そこで失敗してトラウマになり、やはり精神障害者の雇用はやめようとなるのが怖い」と警告する。まずは成功している先進事例から、しっかり学ぶ姿勢が必要なのだろう。

(編集委員 摂待卓)

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