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遺伝子組み換えは世界を飢餓から救うのか? 消費者だけが知らない農業工業化の暗部(3)

2015/3/17

遺伝子組み換え(GM)には、将来の食料需要増加への対応や飢餓対策の切り札になるとの期待もある。しかし、『ファーマゲドン』の著者、フィリップ・リンベリー氏は「それは詭弁(きべん)にすぎない」と断じ、遺伝子組み換え作物の栽培は、生態系に大きな打撃を与え、食料供給において必ずしも効率向上には結びつかず、さらに農業の持続性も脅かしかねないと指摘する。リンベリー氏は、農業の工業化が環境破壊、貧困の拡大、食料難、健康への悪影響を引き起こし、このまま放置すればファーマゲドン、つまりファーム(工業型農業)によって世界は大きな危機(ハルマゲドン)にさらされると警鐘を鳴らす。リンベリー氏の主張に耳を傾けてみよう。

遺伝子組み換えという言葉に、常について回るのが、作物の遺伝子をいじると予期せぬことが起きるのではないかという「不安」だ。内閣府の食品安全委員会が実施している食品の安全性などに関するアンケートでも、遺伝子組み換えに対し「とても不安である」(11.6%)、「不安である」(36.5%)と約5割が何らかの不安を感じている。

しかし、そうした不安をよそに、遺伝子組み換え食品は、世界でも日本でも着々と定着しつつある。

たとえば、日本はトウモロコシをほぼ100%、大豆を9割以上、海外から輸入しており、いずれも輸入先のトップは米国だ。米国では、トウモロコシも大豆も約9割が遺伝子組み換え作物であり、それらが日本に輸入され、農産物として販売されるだけでなく、家畜の飼料やさまざまな加工食品に利用されている。

スーパーの食品売り場に行くと「遺伝子組み換え大豆を使用していません」との表示を見かけるが、油やしょうゆなどは「遺伝子組み換え農産物を原材料として使っていても、組み込まれた遺伝子やその遺伝子が作るタンパク質が製品中に残っていない」との理由で、表示義務はない。それと気づかずに遺伝子組み換え食品を摂取している消費者も少なくないかもしれない。農業物の自給率が低く輸入に頼っている日本は、遺伝子組み換え作物の一大消費国となっている。

遺伝子組み換え作物の最も一般的な特徴は、除草剤耐性や害虫抵抗性である。つまり遺伝子を操作して、強力な除草剤や殺虫剤をたくさん浴びても平気で育つようにしている。農作物の栽培に強い薬剤を使用すれば確かに除草や害虫駆除の効果は高まるが、一方で大きな問題も生じる。

薬効範囲の広い殺虫剤は、害虫を食べてくれていた益虫も殺してしまうことだ。言い換えると、それらは障害を防ぐために非常に有効に機能していた自然界の生物によるコントロールを破壊する。
遺伝子組み換え作物は、農民が何千年も悩まされてきた問題を即座に解決する優れた作物のように思えるかもしれないが、新たな問題を、農民にではなくほかのすべての人にもたらす。英国の環境・食料・農村地域省は2003~2005年にかけて、殺虫剤耐性作物が環境に及ぼす影響を調査し、公表した。それによると、遺伝子組み換え作物を導入すると、従来の除草剤や殺虫剤を用いる伝統的な集約農業に比べて、チョウ、ハチ、草、種子が劇的に減ったそうだ。(『ファーマゲドン』より抜粋)

1990年代以降、世界各地でミツバチの大量死が報告されるようになり、2007年春までに北半球の約4分の1が消えたという調査結果もある。日本でも夏場になると、北海道など北日本でミツバチの大量死が起きており、害虫用殺虫剤との関連が取りざたされている。

ご存じの通り、果物や野菜の大半は受粉をハチに頼っており、「このままハチが減り続けると全世界の農産物の3分の1の先行きが危うくなる」と著者は警鐘を鳴らす。

野生のマルハナバチも飼いならされたミツバチも、深刻な危機に直面している。英国には24種ほどのマルハナバチがいたが、この70年の間に、2種が絶滅した。6種は絶滅の危機に瀕しており、残り半分も危険な状態にある。英国養蜂家協会は、今後10年以内に英国は自国のハチをすべて失うのではないかと恐れている。米国では、1990年代には一般的だった数種が姿を消した。世界のほかの地域でも同様のことが起きている。(『ファーマゲドン』より抜粋)

米国では、ハチによる“無料の受粉サービス”が消滅しつつあるため、受粉用に飼育されたハチを有料で農家に貸すビジネスが急成長している。しかも、ハチのレンタル料は急騰しており、この10年ほどで3倍になったという。

欧州連合(EU)では、2013年12月より、ミツバチの消滅と関連が疑われているネオニコチノイド系の農薬3種の使用が一時的に禁止された(一部例外あり)。今後2年間でさらに科学的な分析や議論を進め、禁止を継続するかどうかを決めるという。

この問題に厳しい立場を取るEUだけでなく、米国の一部の州でも、受粉を媒介してくれる昆虫を保護するため、農薬の使用規制が実施されている。ちなみに、日本ではこうした規制は行われていない。

さて、話を遺伝子組み換えに戻そう。遺伝子組み換え作物の推進派は、これこそ世界の飢餓を解消する切り札だと主張するが、その見解をリンベリー氏は次のように一蹴する。

遺伝子組み換え作物が世界の飢餓をなくすという宣伝文句は詭弁にすぎない。工場式畜産が、遺伝子組み換えであれ従来型であれ、作物を浪費している現実を見れば、その思いはますます強くなる。カロリーで考えれば、檻(おり)に閉じ込められている家畜のエサになるトウモロコシと大豆のうち、肉や畜産物になるのは、30パーセントほどだ。「世界の飢餓」という言葉は、怪しげなビジネスにとって便利な隠れみのになっている。そのビジネスでは、実のところ、人間のための食料生産よりも利益が優先されているのである。(『ファーマゲドン』より抜粋)

直接、人類が食べることのできるトウモロコシと大豆の大半を家畜にエサとして与え、そのエサが家畜を通して食品に変換された場合、カロリー的に7割を失うとしたら、飢餓対策としてはかなり無駄なことをしているといえるだろう。

『ファーマゲドン』では、遺伝子組み換え作物に関して、ほかにもいくつかの懸念材料を提示している。その一つが、「ターミネーター種子」である。種をまいた後、一度しか収穫できないようにした種子で、2代目の種子は発芽しても生育しないように遺伝子が操作されている。

かつて農家は、収穫後に種を保存するのが当たり前だったが、農業の基本ともいえるその持続可能モデルは米国では過去のものになろうとしている。種子を開発するバイオテクノロジー会社は、なぜそのような自爆装置を遺伝子操作によって、種子に仕込むのか。その理由は、自社の権利を守るためだ。大量の資金を投じて開発した高性能な遺伝子組み換え種子を、みすみす「複製」するのは許さないというわけだ。

かつては、「無断複製」を防止するため、農村に大量の調査員を送り込み、証拠をつかんで摘発するという非常にコストと手間のかかることを企業防衛のために行っていたが、実効がまったく上がらなかったという。その問題解決の切り札として編み出されたのが、「ターミネーター種子」だった。

当然のことながら、いったんこの種子を使った農家は、翌年以降、毎年新たに種子を買わなければならなくなる。これを種子会社による農業支配と批判する向きもある。

また、リンベリー氏は、「ターミネーター種子」をまいた畑の隣地に、遺伝子組み換えではない種子をまいて育てている別の農家があった場合、その農家が自家採種したときに影響が及ぶことを心配している。

さらに、遺伝子組み換えで実現したはずの害虫抵抗性の効果が、薄れてきているとの報告が出始めているという。

長い間、目覚ましい成果をあげた。ところがその後、根元から倒れたトウモロコシが目につくようになった。根切り虫が戻ってきたのだ。それが初めて科学的に確認されたのは、2011年8月、アイオワ州立大学の研究者が調査結果を発表したときだった。その報告は、根切り虫の復活は非常に深刻な問題であるとし、一部の地域でたまたま被害が出ただけだとする見方を一蹴した。そして今では、イリノイからサウスダコタまでの6つの州で、この害虫は白衣の研究者たちの手からまんまと逃げおおせた。イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校の農業昆虫学者マイケル・グレイは、遺伝子組み換え作物を毎年植え続けると、それが防ぐはずの害虫が抵抗力を持つようになると説明する。(『ファーマゲドン』より抜粋)

なにせ相手は自然である。人間が最先端の科学を使ってねじ伏せようとしても、簡単には屈服してくれない。その意味で、害虫や病原菌が耐性を持つことは、予想通りの結果だったのかもしれない。

これまで3回にわたって工業型農業の弊害を見てきたが、次回はリンベリー氏が思い描くファーマゲドンの回避策を見ていくことにする。

(日経BP 沖本健二)

ファーマゲドン 安い肉の本当のコスト

著者:フィリップ・リンベリー, イザベル・オークショット
出版:日経BP社
価格:2,160円(税込み)

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